第六十話 息の合った柚子と九十九
柚子、九十九がそれぞれ塔の中で妖と戦っている中、おかまの妖は、なぜか鏡の前に立ち、自分の姿に見とれていた。
言っておくが、美しいわけではない。誰が見てもおっさん姿の妖である。
「はぁん。今日も美しいわ。もっともっと、美しくならなきゃ」
おかまの妖は鏡を見ながら、丁寧にくしで髪をとかしている。
こんな時であるにもかかわらず、いや、余裕でいるのか、口紅をつけ、身だしなみを整えていた。
「さて、そろそろかしら?あの男が捕まえられるのは。あいつの生気を天鬼様にささげたら、あたしの事、褒めてくれるかしら……。」
おかまの妖が呟いた途端、妄想をし始める。相当余裕なのか、相当危機感がないかのどっちかであろう。このおかまの妖も九十九同様馬鹿のようである。
おかまの妖の頭の中は、天鬼が自分をほめる場面でいっぱいであった。
ちなみに、おかまの妖の妄想は、柚子の生気を天鬼に渡している場面であった。
「いい生気だな。お前が、捕らえたのか?」
「はい。正直、死ぬかと思いましたわ……」
「お前が無事ならそれでいい。俺の……嫁にならないか?」
絶対に、絶対にありえないが、天鬼がおかまの妖の頬に手を振れ、口づけを交わそうとしている場面を妄想しているのであった。
「なーんちゃって!もう、妄想が止まらないったら……」
妄想を暴走させたおかまの妖は、恥じらいを気にせずに、くねくねと体をよじらせる。
なんとも、幸せな頭なのであろう。
だが、その幸せのひと時も一瞬でぶち壊されてしまう。
ぶち壊されたのはそれだけではなく、壁もであった。
壁を蹴破られ、大きな物音と地響きが響き渡る。
「え?」
隙を見せ放題であったおかまの妖は、あっけにとられたように振り返る。
そこにいたのは、なんと柚子であった。
柚子が豪快に、足蹴りで壁を破壊したのであった。九十九のように……。
「……お前、本当、気持ち悪いな」
「あ、あんた……どうやって……」
「俺は、聖印一族だ。武器がなくとも妖は倒せる。お前もな」
おかまの妖は、柚子を確実にとらえるために、大量の妖を塔の中へばらまき、妖達が柚子を連れてくるのを待っていた。
柚子の眼の前で生気を吸い取ってやるために。
だが、大量の妖をたった一人で倒した柚子。
そんなこと、あり得るはずがない。たった一人で倒せる数ではないはずだ。
おかまの妖は、驚愕して、目を見開いていた。
今、目の前の現実を受け止められずに。
「ふ、ふざけてんじゃないわよ!見てなさい!あたしがぶちのめしてあげるわ!」
おかまの妖は、刀を手にし、柚子に斬りかかる。
柚子は、短刀で防ぎ、追い詰めようとするが、中々おかまの妖を追い詰めることができない。一応部下をしたがえるだけのことはあり、一筋縄ではいかないようだ。
普段、身に着けるはずのない女物の装束を着ていることも、原因の一つであろう。
柚子は次第に追い詰められていった。
「ちっ」
「ほらほら。どうしたのよ!威勢がいいこと言っておいて、結局は弱虫なんじゃないの?」
「そうか、なら」
おかまの妖に挑発させられ、柚子は、異能・光刀を発動した。
おかまの妖は、斬りかかるが、光の刃を身にまとった柚子は素手で刀を防ぐ。これにはおかまの妖も驚いたようだ。
さらに、柚子は、薙ぎ払うかのように刀をはじく。おかまの妖の持っていた刀にひびが入り、あっという間に、折れてしまった。
驚愕したおかまの妖の隙を逃すはずもなく、柚子は、手刀でおかまの妖の腕を切り裂いた。
「ひっ!」
腕を斬られたおかまの妖は、後退して距離を取り、腕を押さえた。
「こ、この力って……。あの異能・光刀?てことは、天鬼様を追い詰めた聖印一族って……あんたのこと!?」
柚子の正体に気付いたおかまの妖は、おびえるように体を震わせる。
柚子は、構え、おかまの妖をにらんだ。
「そうだ。怖気づいたか?」
「ま、まさか……」
強がるが、おかまの妖の震えは止まっていない。おかまの妖はうつむいてしまった。
柚子は、完全に、怖気づいているように見えた。
だったはずなのだが……。
「素敵じゃな~い!」
「……は?」
おかまの妖は目を輝かせ、嬉しそうに柚子を見つめたのであった。
予想外の出来事に、柚子はあっけにとられ、硬直してしまった。
一体、何が素敵だというのであろうか。普通だったら、怯えてもいいはずなのだが、目の前にいるおかまの妖はなぜか嬉しそうだ。
なぜ、嬉しそうなのか柚子には全く理解できなかった。誰も理解できるはずないが……。
「正直、聖印一族の男なんて、弱いくせに貴族って感じ出して嫌な奴と思ってたけど。あんたみたいに強い男、だ~い好きなのよ!これって運命なのかしら~」
――気持ち悪……。
柚子は完全に引いている。
柚子は、男から好かれることなど一生ないと思っていた。いや、考えたこともなかったであろう。
それなのに、なぜか男に好かれてしまっている。しかも、人間ではなく、妖だ。見た目はおっさんの。
柚子が引いているにもかかわらず、おかまの妖は、うっとりして体をくねくねとねじよせていた。
柚子が引くのは当然であろう。
「よし、決めたわ!天鬼様に生気を差し出すつもりだったけど、やめたわ。あたし、あんたを手に入れる!あたしの夫になりなさい!」
「な、なにー!」
今までにない突飛な発言だ。
柚子は、驚愕している。人生で一番驚いているだろう。
妖から夫になれと言われるなど誰が思っていただろうか。しかも、おっさんに。
こんな求婚があるはずがない。だったら、死んだほうが断然いい。と柚子は、心の中で強く強く否定したのであった。
「冗談じゃない!誰がお前みたいなおかま野郎の夫になるか!」
「言ったわね……。また、言ったわね!あたしのことおかま野郎って!」
「どこからどう見ても、おかま野郎だろ!」
「また、言った!もう、許さないわ!無理やりあたしのものにしてやる!」
おかまの妖は、妖気を放った。
柚子は、構え、警戒するが、突然、眠気が襲い始めた。
そのせいで、聖印能力も強制的に解除されてしまった。
――また、眠気が……。
「あたしの催眠術は強力なのよ?と言っても、そのまま眠ったら困るから、意識だけは残るように加減してあげたの」
柚子は、踏ん張ろうとするが、足に力が入らない。立ちくらみがするかのように、ふらつく。
とうとう、柚子は立つことができなくなり、その場であおむけになって倒れ込んでしまった。
起き上がろうとするが、起き上がることすらも不可能なほどに。
抵抗ができなくなった柚子に覆いかぶさるようにおかまの妖が迫ってきていた。
――くそっ。力が……。
「本当は、男姿のあんたもみてみたかったのよ。でも、残念。このまま、奪ってあげる。何もかも」
おかまの妖は柚子の唇を奪おうと顔を近づける。
柚子は抵抗できず、なすがままにされそうであった。
その時だった。
壁が破壊されるほどの大きな物音と地響きが響いたのは。
壁を蹴破って入ってきたのは、明枇を担いだ九十九であった。
危機的状況に陥ろうとしていた柚子であったが、九十九の登場により、なんとか、助けられた。
おかまの妖も九十九の登場に驚き、信じられないと言った表情になっていた。
九十九は、二人を見下ろすようににらんでいた。
「う、うそ……」
「つ……くも……」
柚子もおかまの妖も九十九を見る。
だが、九十九は呆然と立ち尽くしていた。
なぜなら、おかまの妖が抵抗できない柚子に覆いかぶさっている状態だ。
予想できない光景を見てしまった九十九は、ただただ黙っていた。
「……わりぃ、取り込み中だったか」
「違うわ!」
「ひゃん!」
九十九に勘違いされ、柚子は眠気が吹っ飛び、全力で否定して、おかまの妖をけり飛ばした。
再び、おかまの妖は気持ち悪い声を出すが、柚子はおかまの妖を完全無視し、九十九に突っかかり始めた。
「どっからどう見ても違うだろ!見て分からないのか!?」
「そうなのか?てっきり、そういう仲になったのかと思ったぜ。接吻しようとしてたし」
「ふざけんな!誰が、こんなおかま野郎と接吻しないといけないんだ!気づけよ、馬鹿!」
「あぁ!?それが、助けに来てやった奴に対する態度か!?少しは、感謝しろよ!」
「感謝する気にもならん!てか、助けるなら早く来いよ!」
「なんだとぉ!?」
喧嘩が勃発し、二人は言い争いになる。
残念なことに、誰も止める者がいない。
そのため、二人は火花を散らしたままの状態で目をぎろりと光らせていた。
「ちょうどいい。あの時、笑われた恨みをこの場で晴らしてやる!」
「上等だ!俺に喧嘩売ろうなんて百年はえぇってこと、思い知らせてやるよ!」
なぜか、互いに武器を向け合った二人。
このままでは殺し合いになりかねない。だが、二人はやる気満々だ。
そんな二人を止めたのは、意外にもおかまの妖であった。
柚子にふっ飛ばされた妖は起き上がり、無視した二人の間に立ちはだかった。
「ちょっと、あたしを無視しないでよ!」
「「邪魔だ」」
冷静になれない大人げない二人は、そのまま同時におかまの妖をけり飛ばす。
本当に、息の合った二人だ。こんな最中でも。
蹴り飛ばされたおかまの妖は体を震わせた。
今度は怒りに満ちているようだ。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!」
怒りを露わにしたおかまの妖は、おっさんのような声で叫び、本性を現す。
姿は見る見るうちに大きくなり、がたいのいい百足のような姿になった。
さらに、美しさからかけ離れたような姿だ。
妖の姿を見た柚子はさらに引いていた。
「とうとう、本性を現しやがったな」
「おいおい、こんな醜い奴だったのか?」
「そうだ。だから、女の生気を吸い取ってたんだろ?」
おかまの妖は雄たけびを上げる。
雄たけびから発せられた風圧で二人は吹き飛ばされそうだが、なんとか耐えしのぐ。
おかまの妖は、二人をにらみつけ、今に襲い掛かろうとしているようであった。
「……九十九、とりあえず、手を組むぞ」
「ああ、俺も同じこと考えてたんだ。んじゃ、こいつは渡しておくぜ」
おかまの妖が本性を現した途端、ようやく冷静さを取り戻した二人であった。
九十九は懐からあるものを取り出した。
それは、柚子がなくしたと思っていた天月だ。
柚子は、九十九から天月を渡され、受け取った。
「ありがとう」
「おう」
「行くぞ、九十九!」
「おう!柚子!」
柚子と九十九は構えた。
「「こいつは、ぶっ殺す!」」
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