第三十一話 成徳の本性

 柚月と綾姫は、成徳に会うために、屋敷へと足を運ばせる。

 早く、早く……一刻も早くと……。心が焦り、足早に屋敷へと進む。

 だが、屋敷に入る前に、成徳が屋敷から出てきた。まるで、柚月達を待ち受けていたかのように……。


「ようこそ、来てくれると思ったよ」


 成徳は勝ち誇ったような顔つきを柚月達に見せつける。

 穏やかな口調ではあるが、悪意がこもっているようだ。


「成徳……」


 柚月は眉をひそめ、成徳をにらむ。まるで激しい憎悪を燃やすかのように……。

 柚月に、呼び捨てにされた成徳は一瞬顔をゆがめるが、ため息をついて、余裕の顔を見せた。


「おやおや、しつけがなってないようだね。成徳皇子か、成徳様、だろ?」


 成徳は柚月たちに近づく。

 綾姫も、成徳に近づき、前に立った。


「成徳……なぜ、朧君を処刑するよう命じたの?あなた、私たちを騙したの?」


「まさか、面会を許可したのは本当さ。けど、やっぱり、彼を生かすべきではないと判断したまでだよ」


 成徳は綾姫に髪に触れようとするが、綾姫は成徳の手をつかみ、払いのける。

 払いのけられた成徳は、嫌悪感を現し、手をさすった。

 それでも、綾姫は恐れることはしなかった。


「処刑を即刻中止なさい」


「へぇ、今度はお得意の交渉はしないんだ。まぁ、それほど、事態は深刻といったところかな」


 綾姫に命じられても、顔色一つ変えやしない。

 動じることも動揺することも……。

 成徳は余裕の笑みを浮かべたまま、処刑台の方へと視線を向けた。


「けど、もうすでに処刑は始まってる。僕が命じたところで手遅れさ」


「いいえ、夏乃が助けに行ってくれてるわ」


「無理だね」


「なぜ、そう思う?」


「あそこには、影付きがいるんだ。夏乃が、助けに行ったところで殺されるだけさ」


「影付き?なぜ、お前がそれを……」


 成徳は、信じられない言葉を発した。成徳は、千城家の敷地内に、影付きがいることを知っているようだ。

 柚月が成徳に問い詰めると、突然、成徳は下を向く。

 震え始めた体は、まるで何かをこらえているようだ。


「ふふ。ふははははははは!」


 成徳は高笑いをし始めた。

 その気味の悪い笑い声は、静かな屋敷に響き渡る。

 成徳は高笑いをやめられず、天を仰ぎ始める。

 彼の不気味は様子をうかがっていた柚月と綾姫はあることに気付いたようにはっとしたような顔つきになっていた。


「まさか、影付きを手引きしたのは……お前なのか?」


「そう、この僕さ!僕が、妖を引き入れ、琴姫の影に憑りつかせたのさ!」


 成徳は、とうとう正体を現したかのように、柚月達に笑みを浮かべる。

 その笑みは、まるで妖のようだ。いや、妖そのものと言ってもいいだろう。

 醜悪じみた顔は、柚月と綾姫に怒りを抱かせることとなった。


「なぜ、そのような事をしたの!」


「わからないかい?全ては、千城家を僕のものにするためさ!」


「どういう意味だ!」


 柚月は、成徳の前に立つ。

 激しい怒りを燃やす柚月を目の当たりにしても、成徳は、柚月に狂気の笑みを見せる。

 その笑みは天鬼と同じように狂ったように見えた。


「だって、綾との婚約までたどり着いたんだ。これは絶好の機会だろう?千城家の次期当主となるために、邪魔な存在を排除しようとしただけだ」


「お母様があなたにとって邪魔だというの!」


「そうだよ?君の母親は、千城家の中でも絶大な力を持っている。だから、真っ先に妖の力で殺す必要があったんだ。まぁ、結界がほころぶことはわかっていたけど、多少は仕方がないさ」


「……そんなことのために、琴姫様を妖に操らせたというのか!」


 柚月の怒りは頂点に達した。

 身勝手な理由で、琴姫を操ったこと、そして、結界をほころばせたことに。

 そのせいで、琴姫や朧、鳳城家の人間、他の一族の人間が被害にあったのだ。

 この男の醜い願望のせいで……。


「そう怒るなよ。これも千城家のためだ。僕が千城家の当主になれば、聖印一族の頂点となることができる」


「聖印一族の頂点?」


「そう。千城家は、皇族の血を引く者。誰かの命令に従うなんて、屈辱的じゃないか」


 確かに、千城家の一族は皇族の血を引くことで有名だ。だからこそ、聖印一族は、彼らを皇族扱いしてきた。

 だが、成徳はそれだけで満足しなかった。

 千城家が鳳城家の命令に従うなど、あってはならないことだと考えたのだろう。


「けど、君たちはそんなこと許すはずがない。そうだろ?綾」


「当たり前よ!千城家が一族をのっとるなんて、言語道断だわ!」


 綾姫が言うことは、もっともだ。

 いくら千城家が皇族の血を引いていようが、一族をのっとるなどあってはならない事。

 自分たちが、聖印の力を授かったのは、神を召喚したある男のおかげである。

 それゆえに、千城家は、従うことを決めたのだ。

 戦う力を授けてくれたことに感謝の意を込めて……。


「そういうと思ったよ。だから、君の母上、父上、そして、君には死んでもらう予定だった。けど、そうも言ってられなくなった。なぜなら、お前達が乗りこんできたからだ!」


 今度は、成徳は激しい憎悪を燃やしたような顔つきを露わにし、柚月に向かって指をさす。

 柚月は、動揺することはしなかった。琴姫たちだけではなく、許嫁である綾姫も殺害対象にされていた事に怒りを覚えていたからだ。

 何も反応がなかったことがつまらなかったのか、成徳は、ため息をつき、手を下げた。


「正直焦ったよ。影付きのことがばれれば、僕の計画もつぶれると思ってね。けど、神は僕に味方した。君の弟君が、ご丁寧に開かずの間の結界を解いてくれたからだ。彼をとらえれば、きっと、君を排除できると思ってたんだよ!」


「でも、それも私が食い止めた。だから、あなたは、朧君を殺すことでお母様を殺そうとした犯人に仕立て上げようとしたのね」


 綾姫は今でも覚えている。自分が得意の交渉術を使って成徳と取引をしたことを……。

 あの成徳の悔しそうな顔は目に焼き付いている。

 しかし、そこで、成徳がひるむことはなかった。柚月達が朧と会う前に、次なる一手を使ったのだ。

 朧を密偵隊に処刑させることで、計画を強引に進めようとしたのだろう。


「そうすれば、鳳城家を落とすことができる。僕の計画も修正すると思ったんだ!まぁ、彼が、無実だとわかったところで、密偵隊に罪をなすりつけてしまえば、僕は処罰されないとわかってはいたんだけどね。でも……やはり、そうはいかないみたいだ。君たちがいる限りね」


 成徳は宝刀を鞘から抜く。

 もはや、彼は正気ではない。自分の目的のために、柚月と綾姫を殺しにかかるようだ。


「悪いけど、君たちには死んでもらうよ。礎になってもらうためにね」


 成徳は、構える。

 彼を止めることは不可能のようだ。

 柚月と綾姫も覚悟を決意したようで、武器を取り出し、構えた。

 成徳は、狂気に満ちた顔で綾姫に斬りかかる。

 だが、柚月は綾姫の前に出て、成徳の攻撃から守った。


「貴様、本当に殺す気か?綾姫は、許嫁だろう?」


「はっ!許嫁ってのは、利用することに意味があるんだ。利用する価値がなかったら邪魔なだけなんだよ」


 突如、成徳の宝刀は、柚月の銀月をはじく。柚月は、体がのけぞってしまい、その隙を成徳が逃すはずもなく、宝刀から硝子の刃が出現し、柚月の体に迫る。

 柚月は、銀月で弾き飛ばすが、手を斬られ、血に染まっていた。

 柚月は、一度後退し、綾姫は柚月の元へ駆け寄った。


「柚月!」


「大丈夫だ。だが、これは……明硝子あけがらす!」


「宝刀は、人に使用するものじゃないわ!」


 成徳が手に持っている宝刀は明硝子と呼ばれている。

 硝子を出現させ、自由自在に操ることができる宝刀だ。

 成徳は、自分の聖印能力と明硝子の特性を組み合わせた技であり、結界を自分の前に発動して、硝子を出現させる結界・硝子の刃がらすのじんを柚月達に向けて容赦なく発動したのだ。


「明硝子は僕の宝刀だ!僕がどう使おうが勝手だろ?さあ、もう一回だ!」


 成徳は、再び、結界・硝子の刃を発動した。


「この下衆が!」


 綾姫も札を取り出し、技を発動する。

 綾姫が持つ札は宝器であり、名は、水札みずふだ

 綾姫もまた成徳同様、自分の聖印能力と水札の特性を組み合わせた技を発動させる。その技は、水札が舞うように結界を発動し、さらに結界にふれたものを攻撃する。その名は、結界・水錬の舞すいれんのまいと呼ばれている。

 柚月の前に、結界が発動され、硝子は水の結界にはじかれ、さらに、水の刃が硝子を砕いた。

 硝子が全て砕かれ、柚月は、光を纏って成徳に迫る。

 成徳は結界・硝子の刃を発動するが、柚月は、光の力で全ての硝子を砕き、成徳に斬りかかる。

 成徳は、追い詰められ、明硝子で銀月を食い止めた。


「ちっ。異能・光刀か」


「そうだ。こうでもしなければ、対抗することはできないようだからな。観念しろ!成徳!」


 柚月は、明硝子をはじき、突きを放つ。

 だが、成徳は柚月の手をつかんだ。


「!」


 柚月は驚愕する。光の刃を纏っているにも関わらず、成徳は柚月の手をつかんだからだ。

 しかも、成徳の手からは血が出ていない。それどころか、成徳の手から妖気があふれ始めた。

 柚月は、成徳の手を振り払い、後退した。


「これは、妖気!?」


「どういうこと!?」


 柚月も綾姫も同様を隠せない。

 成徳は、狂ったように笑いながら、答えを柚月達にぶつけた。


「ああ、そうそう、言い忘れてた。影付きって分身することができるみたいだよ。弟君をとらえたのは、影付きの一部さ。本体は……ここだ」


 成徳は自分の影に向かって指をさす。なんと、自らを影付きに操らせ、柚月達に戦いを挑んだのであった。


「しかも、こいつは、影を通して僕に妖気を与えてくれている。つまり、僕は聖印能力、宝刀、妖気の三つの武器を持っているってわけだ」


「……」


 柚月は、歯を食いしばらせる。

 彼の様子をうかがった成徳は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「さあ、楽しませてくれよ」


 成徳は狂気に満ちた顔で妖気を放っていた。

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