第二章 大胆不敵な水の舞姫
第二十一話 天鬼の瞳に映るのは
天鬼は、塔の屋根の上に腰かける。
そこから見えるのは聖印京だ。だが、天鬼は、あの日から、九十九と再会したあの時から聖印京が別のように見える。
天鬼は、再生が完了した右腕を眺めた。
「ここにおられましたか。天鬼様」
男性の声が聞こえたが、天鬼は振り向くことはない。ただ、聖印京を見下ろしていた。
「天鬼様、おけがの具合は?」
「問題ない。右腕も元に戻った」
「そうでしたか。……しかし、九十九が、我々を裏切っていたとは」
男は声を震わせる。天鬼の右腕を燃やした九十九に対して憎悪を抱いていた。
天鬼が聖印京から戻ってきた時、男は愕然とした。あの最強の妖王・天鬼の右腕が引きちぎられ、血が無残にも流れていたからだ。
聞けば九十九が人間を守り、天鬼に刃を向け、さらには天鬼の右腕と血霞を灰にしたという。
男は、九十九に対して殺意が芽生えたのであった。
「……天鬼様、やはり、九十九を殺しましょう!裏切り者には処罰を……」
「必要ない」
「しかし……」
「必要ないと言っている」
天鬼が低い声で男に命じ、振り向く。怒りが込められた妖気に充てられた男はびくっと体を震わせた。天鬼は、男の姿を見てはいないが、男はおびえているようだ。見えなくても妖気が伝わってきた。震えるような妖気が……。
「も、申し訳ございません」
「よい。……確かに、九十九は、私の右腕と血霞を灰にした。だが、九十九を見つけられただけで十分だ。また、あいつと殺し合いができる」
天鬼は、狂気の笑みを浮かべた。彼の狂気じみた妖気が男に伝わり、男は身震いした。
「それに、面白い奴にも会えたしな」
天鬼は、笑みを浮かべて語る。
天鬼がいう面白い奴と言うのは男にはわからなかった。
天鬼は、思い出す。九十九が姿を現す前に戦った青年のことを。怖気づくことなく、刃を向け、さらに、己が光の刃となって、自分と戦いを繰り広げたあの青年に興味を持ち始めた。
鳳城柚月。彼の顔と名前は天鬼の頭から消えようとしない。
天鬼は、柚月と九十九が聖印京にいると思うと体が喜びで満ちているように感じた。
天鬼は、立ち上がり、歩き始める。男を見向きもせずに、素通りした。
「天鬼様、どちらへ?」
「……新しい妖刀を手に入れてくる。白銀の炎を打ち消す妖刀をな」
「つ、つまりは、あそこへ向かわれるというのですか!?」
男は驚愕した様子で天鬼に語りかける。
天鬼が行こうとしている場所がどこなのか男は知っているようだ。
「そうだ。お前も行くか?」
「い、いえ、私はここで……」
「だろうな。ここを任せるぞ」
「はっ」
男は頭を下げる。
天鬼は、数歩歩いたところでいきなり飛び降りた。
男は屋根から見下ろすが、天鬼の姿は見えなかった。
「ふぅ、あの方は、何を考えているのやら……」
男は、深呼吸して天を見上げる。
天鬼に逆らえる妖などいない。逆らえば、命は消え失せているだろう。
だが、九十九は、天鬼に逆らった。それは、許しがたいことだ。
それなのに、天鬼は九十九に会えたことを喜んでいるようだ。なぜなのか、男には見当もつかなかった。
「だが、あのお方がいないということは、九十九を殺す絶好の機会。あのお方が戻る前に手を打っておくか」
男は不敵な笑みを浮かべていた。
九十九と共同生活を始めてから一週間がたった。
柚月は、朧、九十九と共に朝食を食べ始めていた。
作法を知らない九十九ががっつくように料理を食べていた。
「お前、よく食べるな……」
柚月はあきれたように、九十九を見やるが九十九は気にしない。朧は九十九がおいしそうに食べてるのを見て、微笑んでいた。
「そりゃあ、うまいからな。にしても、もう少し量があるといいんだがな」
「そうだね。九十九の分も作ってもらえたらいいんだけど」
「無理な話だな。この離れには俺と朧しか住んでないことになっている。なのに、一人分増えたら違和感ありまくりだ。すぐばれるぞ」
「わかってるよ……」
柚月は九十九や朧と何気ない会話をするようになった。これもまた九十九を利用するための芝居に過ぎない。九十九も、気付いているが、朧に気付かれないように話を合わしている。
そんな二人の気持ちを朧は知る由もなかった。
「にしても、昨日の任務すごかったね!兄さんも九十九もかっこよかったよ!」
あれから、柚月達は、潜伏した妖の討伐をしてきた。
九十九が提案した作戦と柚月の誘導作戦により、見事潜伏していた妖を全滅させたのであった。
「まぁ、当然だ。けど、毎回、狐に化けて妖を誘導するってのもめんどくせぇな。明枇も持っていけねぇし」
「仕方がないだろ?その姿で街中は歩けるわけがない。まぁ、正直、俺はそれでもいいんだけどな。聖印一族に見つかって斬られてもらった方が」
「てめぇ、言うようになったじゃねぇか」
柚月はさらりと嫌味を言ってのける。芝居ではあるものの半分は本音も混じっているだろう。
九十九もその嫌味に乗っかるように突っかかる。
以前なら、二人が会話をすることはなかった。このようなやり取りができるとは朧も思ってみなかっただろう。
食事がいつもより、楽しく思えたのであった。
食事を終えた柚月達は、膳を片づけて戻ってきたが、九十九はまだ自分たちの部屋にいた。
柚月は、じーっと九十九を見下ろし、九十九は柚月の冷たい視線に気付いた。
「ん?なんだよ」
「お前、まだいたのか?」
「そりゃあな。そろそろ月読が来るだろ?」
「今日も任務があるとはわからないだろ?」
「いいや、来るぜ」
柚月の言葉を否定するかのように九十九は自信ありげに話すのであった。
「どうして、わかるの?」
「野生の勘だ」
またまた、九十九は自信ありげに話す。
九十九の馬鹿な発言に柚月は、あきれ、ため息をついた。
だが、その直後、足音が聞こえてきたのであった。
タンタンと足音が大きくなっていく。それを聞いた柚月は、恐る恐る振り向いた。なんと、柚月の背後には氷の女帝がたっていたのであった。
朧も、驚き、九十九は余裕の笑みを浮かべた。
「どうした?私の顔に何かついているのか?」
「い、いえ……」
まさか、九十九の勘が当たっていたことに驚いたとは言えない柚月であり、しどろもどろになって目をそらした。
「座りなさい。話がある」
「はい」
柚月と朧は着席する。月読も柚月達の向かい側に座った。
「それで、話とは?」
「任務だ」
「任務って、まさか、また妖退治か?そろそろ、勘弁してくれよ。狐の姿になるのも飽きてきた」
「いいや、新たな任務だ」
「へぇ、どんなのだ?」
九十九は楽しそうに月読に問いかける。
新たな任務と聞いて楽しみにしている様子だ。どうやら本当に同じ任務の繰り返しに飽きたようだ。
柚月は内心あきれていたが、月読から聞かされる内容を待った。
「お前達は千城家で調査をしてもらう」
「千城家!?まさか、綾姫に何かあったのですか!?」
千城家と聞いて柚月は、驚愕する。
綾姫に何かあったのではないかと柚月は考え、不安に駆られるのだが、月読は柚月の不安をきっぱりと否定した。
「いいや、そうではない。綾姫から依頼があったんだ」
「依頼、ですか?」
「そうだ。行方不明になっていた
「え!?」
琴の話を聞いた朧は、驚いていたが、柚月は冷静であった。
その千城琴こそが、綾姫の母親であり、結界を張っていた人間の一人であった。
琴が、倒れ、行方不明になったことは柚月は綾姫から聞いている。だが、琴姫が行方不明になったことは内密であり、綾姫にも口止めされていたため、柚月はこれまで話すことができず、どうなったのかも聞くことすら許されなかった。
どこで、琴姫を見つけたのか、柚月は尋ねていいのか迷ったが、朧が柚月の代わりに問いかけた。
「あの、どうして、琴姫様は行方不明に?それに、どこで見つけたのですか?」
「なぜ、行方不明になったのかは、私も聞かされていない。だが、綾姫は琴姫を見つけたそうだ。開かずの間と呼ばれる部屋で」
「!」
開かずの間と言う言葉を聞いた柚月は、驚愕する。
柚月は、聞いたことあった。千城家の屋敷には開かずの間が存在すると。その開かずの間には、結界が張られてある。
その開かずの間は、とらえた妖や操られた人間、憑りつかれた人間を閉じ込める為に作られた部屋であった。
「つまり、琴姫は、妖に憑りつかれているということですか?」
「そう決まったわけではない。だが、可能性は高いだろう。そこでだ。お前達には琴姫の様子を調査してもらう」
「妖関連だったら、その妖を殺していいんだな?」
「……琴姫に危害を加えないのであればな。危害を加えたら、お前を処罰する」
「覚えといてやるよ」
九十九は好戦的な目をして語る。どうやら、やる気満々のようだ。
九十九の言葉を聞いた月読は、柚月を見やる。
柚月の決断はとうに決まっていた。
「俺も、行かせてください」
柚月の言葉には迷いがなかった。
琴姫に何があったのかは柚月にはわからないが、今は深刻な状況だということはわかった。
綾姫が月読に依頼したということは相当であろう。
柚月は、ためらいなく決断した。
最後に、月読は朧に視線を向けた。
「朧、お前も二人についていきなさい。いいな?」
「はい。僕も行きます」
朧もこくりとうなずく。
朧も気になっていたからだ。千城家に何があったのか、この目で見なければならない気がした。
「では、準備が整い次第迎え」
「はい」
柚月は静かにうなずいた。
柚月達は、準備を済ませ、千城家に向かっていた。
「琴姫様、どうしたんだろうね……」
「そうだな。何事もなければいいんだが、開かずの間にいるというのがな……」
柚月達は、琴姫が無事であってほしいと願うのだが、あの開かずの間にいるということはただ事ではないと感じている。
この任務は一筋縄ではいかないように思えた。
「で、なんで、俺はまた狐にならなきゃいけねぇんだよ」
小狐に化けた九十九は、朧の肩の上でふてくされた様子で問いかける。
正直、九十九は、妖狐の姿で暴れることができると予想していたらしい。
納得してない九十九を見て、朧はなだめ、柚月はため息をついた。
「当たり前だろ、お前馬鹿か。妖狐の姿で入ったら、即処刑されるに決まってるだろ。てか、しゃべるな。気付かれる」
「だって、窮屈なんだよ。しゃべれねぇし」
「だから、しゃべるな。しゃべるんだったら死ね」
柚月は、なんともえぐい言葉を九十九に吐き捨てる。それにカチンときた九十九は大声で叫ぼうとするが、柚月と朧に無理やり頭を押さえこまれ、九十九はジタバタと暴れ始めた。
その様子を一人の男がじーっと見ていた。
「あれ?君たち、何してんの?」
「こ、この声は……」
聞き覚えのある声に、柚月は嫌そうな顔をする。
朧と二人でゆっくりと振り向くと背後にいたのは、なんと虎徹であった。
「し、師匠!?」
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