第十三話 朧の秘密

 柚月と朧は、月読に連れられて隣の部屋に入った。

 目の前には、膝を立て座っている九十九があくびをして待っていた。

 

「連れてきたぞ」


「見りゃわかる」


 九十九は月読に対して悪態をつく。九十九の様子を見た柚月は、憤りを感じた。だが、許せないのは悪態だけではなかった。

 九十九は術で身動きを封じられていない。本来、とらえた妖は術で身動きを封じるのが普通だ。だが、九十九に対してそれをしないということは、どういうことなのかと、柚月は月読に対しても憤りを感じていたのであった。


「母上!」


「なんだ、柚月」


「これはどういうことなのです!?」


「何がだ」


「なぜ、この妖狐に対して術をかけないのですか?これでは放し飼いではないですか!」


 柚月は、月読を責め立てるように問う。だが、柚月の問いに対して反応したのは月読ではなく九十九であった。


「おいおい、放し飼いって、俺をそこら辺の獣と一緒にすんじゃねぇよ」


 九十九は低い声で、柚月に対して怒りをぶつける。

 九十九にも妖としての誇りがあるのだろう。放し飼いと言う言葉が気に入らなかったらしい。

 九十九の声を聞いた柚月は怒りを露わにし、ため息をついた。


「妖共は人を襲う化け物だ。獣だって人を襲うことがある。同じだろう?」


「だから、そこら辺の雑魚共と一緒にするんじゃねぇって言ってんだよ」


 柚月と九十九は、互いににらみ合う。この状況はまさに一触即発だ。

 朧は、何か言わなければと思っているのだが、口にできないくらいの状況だ。

 だが、二人の争いを制止したのはやはり月読であった。


「やめないか、お前達。私の邪魔をする気か?」


 月読の冷たい視線が二人の目に焼き付く。月読に対して、柚月は黙り、九十九は舌打ちをした。

 二人の争いは止まったが、場の空気は悪い。朧はとても居心地が悪く感じた。

 月読は部屋の中へと入り、柚月と朧の方へと振り向いた。


「話をする。座りなさい」


 北側に座っている九十九に対して、月読は東側に座り、反対に柚月と朧は西側に座った。

 再び沈黙が流れたが、月読は柚月達を様子を確認して語り始めた。


「九十九の件だが、お前が九十九を刺した後、私が傷を癒してやった」


「なぜですか!?こいつは姉上を……」


「人の話は最後まで聞きなさい」


「はい……」


 柚月は疑問を月読にぶつけようとするが、月読に遮られてしまった。

 なぜ、九十九を助ける必要があったのだろうか。月読は九十九が椿を殺したことを知らないのではないかと疑ったが、その疑いはすぐに消されることとなる。

 月読は柚月の問いに答えた。


「確かに、この男はお前達の姉・椿を殺した妖狐だ。だが、生かす理由は大いにある」


「理由とは?」


「……朧に憑りつかせることだ」


「なっ!?」


 柚月は衝撃を受けた。九十九は椿を殺しただけでなかった。朧に憑りついていたというのだ。しかも、月読の命で……。だが、それだけでは生かす理由にはならない。

 なぜ、そんなことをする必要があったのか柚月は月読に尋ねた。


「朧に憑りついていたのですか!?なぜ……」


「……朧の呪いを解かせるためだ」


「呪い?病ではなかったのですか!?」


 柚月は、さらに衝撃を受ける。朧は病ではなく、呪いに侵されていた。

 朧も悔しさをにじませ、申し訳なさそうに唇をかんでうつむく。朧は知られたくなかった。だが、こうなることはわかっていた。できれば、何も知らないでいて欲しかったと朧は心の底から願ったが、それも適わなかった。

 そう思っていたはずなのに、兄に黙っていたことを申し訳なく思っている。

 矛盾した感情が朧の中で渦巻いていた。自分はどうしたかったのだろうと。

 朧の気持ちなど気にもせず、月読は淡々と語り始めた。


「そうだ。朧は呪いをかけられていた。だが、九十九のおかげで呪いを消し去ることができた。だからこそ、こうして朧は走ることもできるようになった。言わば九十九は、朧の命の恩人だ」


 命の恩人、聞こえはいいが、そんな言葉で納得したくはない。柚月は月読の言葉を頑なに頭の中で否定した。

 柚月の中で新たな疑問が生まれた。呪いを消したと言ってもどのように消したというのか?憑依しただけで消せるほど単純な呪いではないはずだ。

 柚月は、新たな疑問を月読に投げかけた。


「しかし、どうやって呪いを消し去ったというのですか?こいつにそんな力があるとは思えませんが……」


「あるさ。お前も見ただろう?天鬼を焼き尽くすことができたあの炎を」


「炎……白銀の炎?」


 柚月は、思い返していた。あの天鬼との戦いで使用した炎だ。確かにあの炎は強力だ。天鬼を退けるほどの。だが、あの炎で呪いを消したというのだろうか。柚月はにわかに信じがたい話であった。

 月読は話を続けた。


「あの白銀の炎は、九尾の炎と呼ばれている。妖を焼き尽くし、一瞬にして灰にする。あの炎は特殊でな、再生能力も打消し、妖にしか効果がない。そうだったな?」


「その通りだ。なんで、人間共に効果がないのか俺にも分らねぇがな」


 九十九は、手を広げ、掌を上に向ける。妖である彼が、妖にしか効果がない炎の力を持っている。なぜ、そのような力があるのは九十九は未だにわからない。

 だが、その能力だからこそ、朧を助けることができた。


「だからこそ、朧に憑りつき、九尾の炎を使っても、妖だけを灰にすることができた、というわけだ。何度も憑りついてはいるが、ほんのわずかな時間だ。妖を焼き尽くした後は、すぐに朧の体から出たからな。魂に影響は出なかった」


「ですが、朧の体に影響がなかったというわけではないでしょう?夜になると朧はよく熱を出していました。あれは、炎の影響ではないのですか?」


 柚月は月読に尋ねる。確かに、朧は夜になると熱を出して、うなされていた。

 なぜ、いつも夜に熱が出るのだろうと柚月は疑問に思っていたが、それも炎のせいだと柚月は確信した。


「確かにな。だが、その炎がなければ、朧は死んでいただろう。だから、私は、九十九と取引をした。生かす代わりに朧の呪いを解けと」


「で、俺は、その取引を承諾したってわけだ。かわいい弟の呪いを解いてやったんだ。感謝ぐらいしろよ」


「……」


 月読は、柚月の疑問にすべて答えた。九十九もまた柚月の神経を逆なでするような発言をする。朧は、また柚月が九十九に対して怒りを露わにするのではないかと心配になったが、柚月は九十九を無視し、目をそらす。柚月は納得していない様子であった。


「何か不服があるというのか?」


「はい、その通りです。なぜ、このようなことをしたのですか?……妖の手を借りるなど、ましてや、姉上を殺した妖狐の手を借りるなど……。聖印一族の誇りはあなたにはないのですか!?」


 柚月は怒りを月読に対してぶつけた。妖は憎むべき存在。そう月読から教わった。柚月もそう思っている。特に椿を九十九に殺されたあの日から。それなのに、月読は九十九の力を借りて、朧の呪いを解いた。

 この矛盾した言動を柚月は許せるはずがなかった。


「ならば問うが、お前は朧を救う方法が他にあったというのか?」


「……」


 月読に問い詰められ、柚月は黙ってしまう。確かに、朧を救う方法は他にはない。柚月は自分では朧を救えなかったことを痛感し、黙ってしまった。


「九十九を生かした理由は、もう一つある。その炎は、私達聖印一族にとって切り札となる。そして、九十九の強さもな。九十九は妖の中でも天鬼に次ぐ力を持っている。九十九を利用すれば、妖の殲滅は可能だ。共に戦ってもらう」


「お待ちください、母さん!」


 朧は思わず、前に出て尋ねる。月読は相変わらず朧に対して冷たい目を放っていた。朧は、恐怖におののきそうになるが、それでも耐えた。


「なんだ?朧」


「九十九は自由になれないのですか?もう、僕の呪いは解けたんです。九十九を解放してあげてください」


「できぬ。九十九にはこのまま残ってもらう」


「でも……」


「この件に口をはさむな」


「……」


 月読に冷たく命令された朧は黙ってしまった。朧は、九十九を解放してあげたかったのだ。自分のせいで、自由を奪われ、呪いを解くように命じられてきた。

 朧は九十九に対して申し訳なさを感じていた。そして、九十九に頼るしかない自分の無力さを恥じた。

 だからこそ、呪いが解けたら自由にしてあげられると思っていたのだ。

 だが、実際は、まだ九十九を解放せず、縛り付ける。しかも利用するとまで宣言されてしまった。朧は悔しくてたまらなかった。


「俺も、ここに残るつもりだ。行く当てもねぇしな。それに、てめぇらと手を組めば、俺の目的は果たせそうだしな」


 朧の気持ちを察してか九十九も残ることを宣言する。九十九は元よりここに残るつもりであった。行く当てもないし、目的を果たせると思ったことも確かだが、何より、朧を守りたいという想いが九十九を決断させた。この事を話すと朧は自分を責めるであろう。九十九はこの想いを胸の内にしまったままにした。

 だが、九十九の決意を反対する者がいた。


「俺は反対です。信用できません」


「なぜだ?」


「この妖狐は姉上を殺したからです!必ず裏切るに決まっています!」


 柚月は、九十九が残ることに反論した。いくら朧が助かったとはいえ、そう簡単に信用できるはずがない。自分たちを利用し、裏切る可能性だってある。

 柚月の意見に対し、月読はため息をついた。


「柚月、お前が決める権利はない。これは、鳳城家の当主、勝吏様がお決めになられたこと。逆らえば、お前は一族を追放されるぞ」


「……わかりました。従います。」


 月読はそう言うが、勝吏がそんなことをするはずがない。これは単なる脅しだ。だが、逆らえば、本当に月読は柚月を追い出すだろう。

 今、柚月は聖印一族を追放されるわけにはいかない。聖印一族として、妖を倒す務めを果たさなければならない。しかし、九十九をこの都に置いておくことも許しがたい。

 葛藤の末、柚月は、月読の意に従うことを決断した。

 苦渋の決断ではあったが、致し方ないと思うしかない。姉上に心の底から謝罪をし、柚月は、覚悟を決めたのであった。


「当然だ。それで、九十九。お前の目的とは何だ?」


「ああ、目的か?それは、一つしかねぇだろ。天鬼をこの手で殺すことだ」

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