第18話

「わぁー」

 細工場に戻ると、やぐらの飾り付けがすっかり終わっていた。よしずの屋根が付き、紅白の幕が引かれ、紙で出来た大きな花があちこちに散らされている。

「ずいぶん広いんだね! 背もこんなに低いんだ。」

「太鼓の打ち方だけじゃなく、やぐらも違うのか?」

「うん、飾りは似てるけど、私たちのお祭りのやぐらはもっとのっぽだよ。」

 そういえば、やぐらの上で太鼓を打たせてもらえないのに腹を立てて、逃げて来たんだっけ。あの時の嫌な気持ちと、小さな不安のようなものが、ちらりとなっちの心をかすった。まさかまた、

「やぐらに乗せない。」

 なんて言われるんじゃないか。なっちの腰ほどの高さで、体育館の舞台くらいの広さがあるやぐらに上るのに「背が小さいから危ない」という理由は付けられないだろうが、何しろ大吉たちはなっちが太鼓を打つのをじゃましたくてしょうがないのだ。

「何難しい顔してんだ? これから宵宮だっていうのに。」

「そうだよね、お祭りが始まるんだから。」

 なっちは気を取り直した。何があっても、銀と一太が味方してくれる。きっと大丈夫だ。

 一度長屋に帰り、なっちは自分のハッピに、一太は銀の半てんに着がえた。

「ぶかぶかだね。」

「祭のためにハッピ買う金なんてねえからな。」

「でもすごくかっこいいよ。一人前の鋳物師になったみたい。」

 一太は表情を変えずに、耳だけを真っ赤にした。

 細工場では、大吉たちがやぐらに太鼓を並べていた。一太と違って、全員体にぴったり合ったそろいのハッピを着ている。濃い紺地で、背中にはだいだい色の大きなひょっとこ。おそらく大吉の父が初午のために仕立てさせたのだろう。

「かっこいいだろ?」

「全っ然。」

 大吉はなっちをにらみつけたが、一太のいでたちを見て、ふん、と笑った。なっちの態度を負け惜しみと解釈したのだ。

「大吉さん、太鼓の用意が出来ましたよ。」

「おう、じゃあ始めっか!」

 やぐらには「ちびっこ会」でも使っていたたる型の大きな太鼓だけでなく、なっちの知らない薄べったいつづみのような太鼓も並んでいた。ちょうど鼓笛隊の小太鼓くらいの大きさで、革を締めるための赤いひもが周りにめぐらされている。

 大吉は「当然」と言わんばかりに、一番大きなたる型太鼓の前を陣取った。

「なっち、来い。俺とお前は締太鼓だ。」

 一太もやはり「当然」と言うように小太鼓の前に立って、足をぐっと開いた。

「ちょっと待って。私、こんな太鼓たたいた事ないよ。」

「そうか、お前の所には締太鼓がないのか。でも地べたで打ってたのと同じだぞ。」

「でも……」

 なっちは泣きそうになった。私は今、大吉が打とうとしている、あの大きな太鼓がたたきたくて、これまで頑張って来たのだ。こんな変な形の、小さい太鼓じゃ、嫌だ。

 なっちの様子を見て、一太は一瞬何か考えたようだった。しかしすぐに、ちょっと意味ありげな微笑を浮かべ、言った。

「まあじゃあ、一回目はここで見てろ。初午太鼓は初めてなんだし、大勢で打つのがどんなもんか、聞いて覚えるんだ。なっちならすぐやれると思うけどな。」

 自分で打たずにただながめるだけなんて、なっちにとっては耐えがたい事だったが、一太の言い分ももっともだと思い、素直にしたがった。

 全ての太鼓の前に人が着いた。どことなくざわめいていたみんなの体と心が、一瞬、しんと静まる。

「初午太鼓、ハッ!」

 タタン!

 最初の一打ちを打ったのは、一太だった。金属的とも言える締太鼓の高い音が、あたり一帯に響き渡る。

「ハッ!」

 かけ声とともに大吉の家の小僧たちが続々と加わってゆく。締太鼓に締太鼓が重なり、中くらいのたる型太鼓のくぐもった低い音も加わる。

「ハッ!」

 ドドン!

 人一倍大きく、人一倍低く割れた大吉の音が最後に入った。もっと得意そうな小憎らしい表情で打つかと思ったけれど、意外にも真剣な様子だった。大吉だけではない。小僧たちも、もちろん一太も、これ以上ないくらい真剣だった。

「すごい……」

 七つの太鼓がいっせいにチャカマカチャンのリズムを刻む。チャカマカチャンなんておかしな表現からは想像がつかぬほど、勇壮な響きだ。太鼓の震動がなっちの指先から頭の先に向かって、つらぬくように伝わる。太ももが、腰が、腹が、胸が、肩が、ズズン、ズズン、と小刻みに震え続ける。

 まるで神鳴り様を目の前にしているような。

 まるで母の心臓を目の前にしているような。

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