第3話

 月明かりだけを頼りに、二人は歩いた。何故かどこまで行ってもアスファルトの道にはぶつからず、足の下の土の感触はいつまでもやわらかかった。

「本当にこっちから来たのか?」

「たぶん……」

「この先は川になっちまうぞ。」

 少年があんまり強くなっちの手をにぎるので、太鼓の練習でつぶしたマメがピリピリと痛んだ。なっちは顔をしかめつつも、その触れた部分から、心細さが消えてゆくのを感じていた。

 よく見ると少年の手は、子供のものとは思えないほどザラザラと荒れ果てている。指先もてのひらも皮膚が硬く盛り上がり、少年が肉体労働に従事している事をよく表していた。

「ほら。」

「あっ。」

 目の前に、幅の広い、大きな川のながめが開けた。砂地の先に黒い水面がゆらゆらと揺れている。

「私のうちのそばにも川があるの。ここと同じくらいの大きさで、向こう岸で遊んでいる子供が米つぶみたいに小さく見えてね。」

 けれども全てが違っていた。まず、ひっきりなしに電車の通る鉄橋が見えないし、日が落ちた後、水面をてらてら輝かせていた街灯が、この川のほとりには一本もない。それになっちの知っている河川敷は、どこも緑の芝生で人工的に整備されていたはずだ。

「この場所に見覚えはないのか。」

「ない。こことは全然違う所しか知らない。」

「じゃあ、やっぱりこの川沿いのどこかから来たんだろうな。」

「そうなのかな……」

 晴れた日に自転車で遊びに行ったあの川と、黒く重たげに横たわっているこの川が、同じであるとは到底思えなかった。

「このあたりで大きな川って言ったらこれしかないからな。まあ、こんなに暗くちゃあ、自分の来た道が分からなくなっても無理ねえよ。」

 少年はなっちの手をひときわ強くにぎり、反対の手で頭をガリガリ掻いた。

「明るくなってから出直した方が良さそうだ。」

 そんな事言われても、日が昇るまで、私はどうしていれば良いのだろう。暗闇の中一人ぼっちで、この見知らぬ土地をふらふらと歩き続けなければならないのか。

 なっちが不安と恐怖で茫然としているなんて思い付きもせず、当然のように少年は言った。

「うちに来いよ。」

「えっ。」

 とっさに頭に浮かんだのは、少年の父親の事だった。

「お父さん、怖いんじゃないの?」

「怖くねえよ。いや、怖い時もあるかな。でも怖くねえよ。」

「どっちなのよ。」

「仕事中にへまをやらかせば、そりゃあ怒鳴られるさ。殴られる時もある。」

「やっぱり怖いじゃないの。」

「そういうのは、俺を中途半端な職人にしないためにやるんだよ。仕事の他で無駄に怒った事なんか一度だってねえよ。」

「優しい?」

「うーん、優しいかなあ……」

 なっちは自分の父親の姿を思い浮かべた。家の中ではしゃぎ過ぎて、たまに叱られたりもするけれど、殴られたりひっぱたかれたりした覚えはない。どちらかと言えば優しい方なんじゃないかと、自分では思っている。

「ま、会ってみりゃ分かるよ。」

 なっちと少年は砂袋をほったらかしにしている事を思い出し、荷車の方へかけて行った。

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