第2話

 許せない、許せない、ゆる……

 気が付くと、アスファルトの道は途切れていた。ビーチサンダルの底から伝わる土の感触にハッとして、なっちは初めて歩をゆるめた。夏祭りの会場であるマンション前の公園を飛び出し、暗い方へ、暗い方へとがむしゃらに走って来たけれど、一体ここはどこなのだろう。道端に電灯が見当たらないので、周りの様子がちっとも分からない。空を見上げると月や星の光が妙に強く、その美しさが逆に不安をかき立てる。

「寒い……」

 夜とはいえ、八月の風にしては冷た過ぎた。鳥肌の立った太ももをてのひらでさすった後、腕全体をハッピの袖の中に引っ込めた。それからぐるりとあたりを見渡すと、なっちは自分が公園からすっかり離れてしまった事を知った。夜空がいつもの何倍も広いのだ。あれほどせせこましく建ち並んでいた高層住宅の黒い影が、一つも、ない。

「私のマンション、どこに行っちゃったんだろう。」

 夜だというのに、たった一人で自分のマンションの見えない場所まで来てしまうとは。生まれて初めての経験に、なっちの頭は空っぽになった。

 どうしよう、どうしよう、来た方向に帰れば良いんだから、えっと、えっと……

「お前、このあたりのモンか?」

 暗闇からの声に全身がしびれるほどビクリとした。それでも叫び声を上げなかったのは、お化けにしては妙にのんびりした、その口調のせいだった。こわごわ振り向いてみると、すぐそばに背の高い少年が立っていた。顔つきからして、なっちより二、三歳くらい年上だろうか。丈の短い、ぶ厚いゆかたのようなものを着ているが、よく見るとそれはボロボロで、目立つ場所に何ヶ所もつぎが当たっている。

「道に、迷っちゃって。」

 得体の知れない少年に対する恐怖心より、闇の中に一人でいる心細さの方が勝っていた。それに少年が幽霊や妖怪のたぐいでない事は確かだった。痩せてはいても、体のすみずみまで、みっちりとした生命力が感じられるから。

「どこから来た?」

「フォックスパレスっていう名前のマンション。」

「そんな所、俺は知らねえなあ。」

「そう……」

 今にも涙がこぼれそうだった。けれど一度だけでなく二度までも、悲しみに任せる訳にはいかない。さっき泣いてしまった事だって、認めたくないくらい悔しいのだから。なっちは自分の感情を殺すために、前歯で下くちびるを噛んだ。血がにじむほど強く。

「ちょっと待ってろ。」

 少年が急にかけ出したので、なっちも慌ててついて行った。「待ってろ」と言われても、暗闇で一人にされるのはもう耐えられない。

 少年が立ち止まった所には、木製の荷車が置いてあった。その荷台には、大きな土嚢のようなものがいくつも積んである。

「なあに、これ。」

「砂だ。」

 なっちが不思議そうに首を傾げると、少年は嬉しそうに微笑んだ。

「父ちゃんの仕事に使うんだ。」

「運んでいる途中だったの?」

「こんな時分になって、足りないから採って来い、って言うんだもんな。もっと明るいうちに算段しておいて欲しいよ。」

 そして少し迷うように荷車全体をながめてから、砂袋の一つをパシ、パシ、と軽くたたいた。

「もう夜も遅いし、盗られやしないだろうな。」

 もしかしたらこの少年は、とても急いでいるんじゃないか。少年の父親がとても怖い人で、私と関わったせいでひどい目にあったり、殴られたりしたらどうしよう。

 なっちの心に新たな不安が生まれた事などまるで気付かずに、少年はなっちのてのひらをぎゅっとにぎった。

「さあ、行くぞ。」

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