その音の響く夜に

柳屋文芸堂

第1話

 どうして?

 どうしてダメなの?

 街灯の少ない暗い夜道に、アスファルトを蹴る強い足音が響く。絶対に流すまいと決めていたはずの涙がポロポロとこぼれて、少女のほっぺたはゆるやかに吹く夏の夜風に冷やされた。

 今日起きた出来事はやっぱり間違っている、誰が何と言おうと絶対に間違っている。泣いてしまったという事実をもみ消そうとするかのようにハッピの袖口で顔中をグシャグシャとこすりながら、少女はそう確信していた。

 夏祭りの太鼓の練習が始まった最初の日、「ちびっこ会」役員のおじさんは確かに言ったのだ。

「祭りの夜、三年生まではやぐらの下で、四年生より上の子はやぐらの上で太鼓を打つんだぞ。」

 その言葉を聞いて、本当に心がドキドキした。生まれて初めて和太鼓という存在を知った一年生の頃から、やぐらの上で大きな音を響かせる上級生たちはあこがれの的だった。マンションの三階くらいの高さの所にはしごで上ってゆき、よしずの屋根にぶら下がるちょうちんの光に照らされて、どの子も自信たっぷりに見えた。何度その姿を思い浮かべて、そっと自分に置きかえただろう。

 あそこで太鼓が打てるなんて!

 夏祭り前の二週間、毎日必死に太鼓を打った。学校のプールで風邪をもらって、熱が出てしまった日も、お母さんの反対を押し切り練習場へと出かけていった。そのうち「ちびっこ会」のみんなで集まる夕方の練習時間だけでは足りなくなって、家中の物をたたくようになった。おはしでお茶碗をたたいたらお父さんに叱られたので、指で太ももをたたいたり、物差しで勉強机をたたいたり、何を見ても太鼓とバチに見立ててしまった。

 そんな事を繰り返していると、自分が誰よりも上手になった気がした。同い年の四年生たちはもちろん、五年生、六年生よりも。

 それなのに。祭りの始まる今になって、おじさんはこう言ったのだ。

「四年生まではやぐらの下、五年生より上の子はやぐらの上だからな。おじさんが呼んだら遊ぶのはやめて決められた所に行くんだぞ。」

 やぐらの、下? うそだ。四年生もやぐらの上だって言ったじゃないか。

「やぐらの上に乗せるには、今年の四年生はちょっと力不足だからな。タツヤは音が大きいけどリズムがずれるし、ヒロくんは急に打つのをやめちゃう時があるし、ユミは恥ずかしいんだか何だか、太鼓にへばりついてちっとも堂々としてないし……」

 タツヤは腕っぷしばかり強くて頭の中身はパッパラパアなのだ。ヒロくんとユミは途中で転校して来たので、一年生の頃から毎年練習している訳ではない。だから自分が正しく打てているか、いまだに不安なのだろう。

「太鼓は太鼓だけ打てば良いってもんじゃない。カセットテープの曲に合わせて、みんなの気分を盛り上げなきゃいけないんだ。やぐらの上でかっこ悪い音を立てて、周りの大人が踊れなくなったら大変だからな。」

 タツヤやヒロくんやユミなんてどうでもいい。私は? 私はどうして乗せてくれないの。

 おじさんは少し困った顔で、うーん、とうなってから、パッとひらめいたようにこう言った。

「なっちは背が小さいから、やぐらの上は危ないよ。」

 おじさんがなぜ急に背たけの話を始めたのか全く分からず、一瞬言葉に詰まったが、すぐに切り返した。

 高い所なんて全然怖くないよ。私のうち、マンションの十階なんだから。

「マンションとやぐらは違うからね。マンションははしごで上らないだろう。」

 でも背たけとも関係ない。

 しつこい問答に少々うんざりした様子で、おじさんはさらに言う。

「せっかくやぐらに上るんだから、もっと大きくなってからの方が良いだろう。その方が見映えもするし。」 

 確かに私は小さいけれど、少しでも体を大きく見せるために腕をピンと伸ばしたり、音を綺麗に響かせるためのバチのにぎり方を考えたり、たくさん、たくさん、工夫しているんだ。馬鹿力でドタドタたたくだけのタツヤと一緒にしないでよ!

 今度は本当にイライラして、おじさんは怒鳴った。

「と、に、か、く! やぐらの上で太鼓を打つのは五年生から! 来年になれば自然と上れるんだから、なっちも我慢しなさい。」

 なっちも負けじと大声で叫んだ。

「来年になる前に私が死んじゃったらどうするの! 猛スピードでビュンビュン走っている大きな重たいトラックに轢かれて、ああ、やぐらに上がりたかった、って思いながら私が死んだら、おじさん、どうするの!」

 おじさんはしかめっ面を崩してプッと吹き出した。

「そんな事ある訳ないじゃないか。大袈裟だなあ、なっちは。」

 そうして顔を真っ赤にしてゲラゲラ、笑った。

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