第126話 模擬戦は一方的です

 隊長の言葉に考え込むルーシェ。その袖をミリアがツンツンと引っ張って何やら耳打ちする。ルーシェはそれに何度か相槌を打つと、顔を上げた。


「本当はやめたほうがいいけど……もしやるのであればこっちの六人から参加するのはアレフとビートだけにしてくれない?」


「なんでだ?」


「ここの隊員には、将来騎士団に入ったりして、戦闘技能で生活していこうとしている人が多いのよね?」


 一見関係のなさそうな質問に隊長は首を傾げつつも肯定する。


「だったら、やっぱり二人以外とは認められないわね。最悪再起不能になるわ」


「いやいやいや。後遺症を残すような攻撃は無しっていうルールでやれば大丈夫だろ」


「いえ、肉体的な話では無く、精神的な話だから」


「はぁ?」


 隊長は訝しげに目を細める。そんな彼を前にルーシェはぐるりと周りの隊員たちを見渡して言った。


「だってその二人に勝てる人は多分隊長のあなたと副隊長のあなただけでしょう。それでもアヤトとギームには勝てない。アデクは筋はいいけどアレフたちに勝つにはもう一歩足りない。それ以外はてんでダメ。ミリアちゃんにすら負けるわ。そんなので二人以外と戦ったら、年下の、女の子に負ける、魔法が使えない人に負ける、果ては半分寝たままの人に負けるなんていうことになるわよ。そんな経験をして、あなたたちは強くなるための訓練を続けていけるのかしら」


「……あいつらは無理そうだな」


 ついにミリアちゃんを取り囲んで話しかけ始めた隊員たちを見て、隊長はポツリ。ルーシェはミリアの方へちらりと視線を向けた。


「だから、戦うのはアレフとビートだけ。それでいいかしら?」


「いいだろう」


「交渉成立っと」


 隊長の耳にその言葉が届いたその時、彼は隣にいたはずの少女の姿を見失った。


「――っ?」


 彼が目を見張っていると、隊員の間にどよめきが広がった。彼らの間に一陣の風が吹いたと思うと、次の瞬間、彼らの真ん中にいた紅目の少女が消えたからである。そして、部屋の入り口から響く少女の声。


「ミリアちゃんに手を出したら私たち許さないわよ。……特にアヤトが」


 隊員たちが慌てて振り向くと、そこには亜麻色髪の少女を両手で抱きかかえたルーシェ。いわゆるお姫様抱っこというやつである。それと、その横にたった今帰ってきたのであろうアヤトとアレフがいた。二人の肩には大柄な少年が担がれている。そんな異様な光景を前に訪れた静けさ。そこでアヤトが一言呟いたのだった。


「またルーシェちゃんがヒーローしてる……」






 死屍累々。そう表現するしかない光景が部屋の中に広がっていた。数セック前までは威勢の良い声が何度も響いていたのだが。撃ち出す魔法の破裂音、踏み込みの爆音、宙をまう人影。そして出来上がったのがこの惨状である。


「……」


「あの、隊長さん」


 アヤトは隣、怖い顔をして黙っている隊長に話しかける。


「……なんだ」


「やっぱり模擬戦なんてやめたほうが良かったのでは」


 ため息をつく隊長。目の前に広がっているのは彼の予想を遥かに超える醜態であった。

 何があったのかといえば、ただの模擬戦だ。挨拶を済ませた後、隊長とルーシェの話し合いの通り、隊員とアレフとビートによる試合が行われた。内容は、アレフとビートが交互に一人ずつ隊員の相手をしていくというものだったのだが……手加減をしている二人を前にあまりにも簡単に倒れていく隊員を見て、隊長が残りの隊員全員対アレフアンドビートの集団戦を提案したのだ。アヤトたちは必死に引き留めたが、隊長は強行。隊員側はアデクを含めての六人だったのだが、流石にその人数相手にはアレフとビートも手を抜いてなどいられなかった。結果、開始して一ミニ少しばかりでアデク以外の全員が倒れ伏すという事態となったのである。


「そこまで。アデク、二人相手には勝てないだろ」


「そうですね。降参です」


 手を叩いて試合を止めた隊長は、まだ伏している隊員たちを見て集合をかける。そして彼らが集まってくる最中に、左隣の副隊長に尋ねた。


「お前は、今の試合をどう見る?」


「そうですね。個人の練度の違いもあるでしょうが、恐らくあの二人ツーマンセルの動きをかなり練習しているのでしょう。こちらは連携の練度が彼らの足元にも及んでいませんでした」


「それもあるな。まあ、俺は人数差で油断している奴が多かったってのもあると思うが」


 整列した隊員を前に、ニヤリと笑う隊長であった。

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