第69話 世話役の世話は大きなお世話

 金城の村に到着したのは、予定通り、日の入りよりもかなり早い時間帯だった。


 名前が立派そうなこととは全く無関係なのか、金城の村はどこにでもあるような普通の村だった。といっても、西へ向かう街道沿いにあるので、宿泊客が多い。なのでそれなりに繁栄している。村と称するには大きく、町と言うにはやや地味目といったところだ。


 門のところで正使の王玄策と世話役の劉仁楷が事情を説明すると、村の長老という人物を紹介された。


 村の代表、というわけではないが、最も高齢の夫妻であり、唐の前の王朝である隋が建国される前の時代も見ているという人生経験の豊富さと博識さで、村人たちから尊敬されているらしい。


 村内には当然宿屋もある。が、当然先客もいる。


 この地は、長安の都から西へ向かう街道の途中だ。使節団以外の旅人も多い。


 なので、使節団の全員が同じ宿に入れるわけではない。


 世話役である劉仁楷の手腕で手際よく人数が割り振りされた。


 正使王玄策と副使蒋師仁、そして世話役の劉仁楷は、村の長老の家に宿泊させてもらうことになった。


 世話役が決めたことに対し、文句を言い始めたのは黒い衣装を纏って影そのものを背負っているかのごとき、鴉のような若者だった。


「世話役、その決定はおかしいと思います。どうして自分が狭い宿屋の狭い部屋に押し込められて、兵士たちと一緒に窮屈に寝なければならないのですか!」


 それでも劉仁楷は使節団の中では年長者だ。懐の広さがあったので、文句を言われてもすぐに怒ったりはしなかった。


「そうは言われても、我ら使節団のためだけに宿屋があるわけじゃないから。幾つかの宿屋に分かれて宿泊する必要があることくらい、理解できるでしょう?」


「それは理解できますが……」


「じゃあ、それでいいでしょう!」


 世話役が大きな顔に自信という更に大きな仮面を付けて、若者に対して言い降ろす。が、それに呆気なく負けるような黒ずくめ、王令敏ではなかった。


 王令敏は、冷たい光を宿した両目を意図的に細めた。といっても、目深に被った頭巾の奥なので、その様子は誰にも見えていない。


「いくら世話役にそう言われても、おとなしく、はいそうですかと従うわけには行きません。自分は、……ええと、王玄策正使の、息子ですよ。お忘れですか?」


「……ああ、そういえば、そういう設定でしたね?」


「人に聞かれるような場所で、設定、なんて言っちゃ駄目ですよね、世話役。それに、自分が王玄策の息子であるのは設定じゃなくて事実ですし」


 王令敏は黒い衣装を纏い、黒い頭巾を目深に被っている。その顔つきは、王令敏の間近で下から覗き込まなければ分からないだろう。使節団で最も長身の劉仁楷が上から俯瞰したのでは、王令敏の表情を窺うことはできない。


「だから、王玄策正使と息子である自分とが、別々の建物に別れて宿泊するという割り振りは誤謬です。やり直してください」


 年上に対しての礼節が無いわけではない。が、自分の言うべきことは遠慮はしない。王令敏は自分の意見を強く主張した。


「ふむ。まあ、あなたの言うことにも一理あるというか、あなたの願望も分からないでもありません。常に彼女、王玄策正使と一緒でなければ落ち着かない、といったところなのでしょう」


「まあ、そういったところですね。否定はしません」


 王令敏と劉仁楷。二人は視線を合わすことなく会話を続ける。


「だったら、あなたも長老の家に泊めてもらえるよう、話してみましょう」


 世話役の劉仁楷の方が妥協して一部譲歩し、王令敏は正使と同じ建物に泊まることができそうだ。


「ですが、心しておいてください。長老の家に一緒に泊まることにはなっても、あなたと彼女が同じ部屋に泊まるということには、なりませんよ。それどころか、あなたが寝る場所は、厩ということになりますよ?」

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