第43話 劉嘉賓が立った
天竺へ向かう使節団員であるからには、自分勝手な行動をしていては危険だ。仲間にも多大な迷惑をかける。
だから、そんな甘ったれた団員は認められない。
しかし現実にそういう甘ったれた団員が存在する場合、どうしたら良いのだろうか。武人的なやり方で根性を叩き直すべきなのかもしれないが、時間と手間がかかる。
そういう場合は、考え方を方向転換させてみれば良いのだ。
元来、劉嘉賓は正規の使節団員ではない。勝手について来ただけだ。
ならば、穏便に使節団から離脱して、長安へと帰ってもらうのが良いだろう。
「体の痛みも、そのうち治る。治ったら、長安へ帰って、そこで役に立つ生き方を考えるんだ。文章を作るのが得意とか言っていたよな。玄奘三蔵法師の経典翻訳事業に参加するのはどうだ。それだったら、天竺の言葉を使える能力も活用できるし、実際に天竺に行かなくても、天竺の香りに接することができるだろう」
「そ、それでは、イヤです……ぐぐぐ」
全身の苦痛に耐えながら、劉嘉賓は寝台から起き上がった。自らの二本の足で床に立ち、蒋師仁と真っ正面から対峙した。
「ほう……」
少し、ほんの少しだけではあるが、蒋師仁は素直に感心した。劉嘉賓本人としては全身が痛くて堪らないだろうに、そこを根性で乗り切って、寝台に横臥した体勢から自力で起き上がったのだ。
やればできる。と、いうよりも、ここで置き去りにされるのは本気で嫌なのだろう。
「さ、さっきは、服を着て準備するところまでで力尽きて寝ころんでしまったけど、今度は負けない。副使どのも、もう二度とこの劉嘉賓をバカにすることはできませんよ」
「そこまで豪語するなら、その言葉に相応しいだけの行動で実際に示してみてほしいものだな」
「ご、ご心配には及びません。蒋副使、お忘れですか。昨日、心の友ともいうべき相棒との出会いを果たしたのです。全身が痛くて痛くてつらいですが、驢馬の背中に跨ってしまえば、あとは天竺まで一歩一歩地道に歩いて行ってくれるはずです」
「ふむ……」
確かに劉嘉賓の言うことにも一理あると認めるしかない。昨日、成り行きで野生の驢馬を捕獲した。なので今日からは、その驢馬に乗れば、劉嘉賓は自分の足で歩かなくても旅を続けることができる。
過酷な旅行による疲労が皆無になるわけではないが、大幅に軽減されるのは事実だろう。特に、徒歩で長距離を歩くことに全く不慣れな者にとっては。
「無理をして頑張らなくてもいいんだぞ。使節団はあくまでも天竺を目指して西に進むけど、劉嘉賓はここで休んでいてもいい。体力が回復したらそのまま一人で長安へ帰ったらどうだ?」
蒋師仁は柄にもなく猫撫で声を出した。
なまじ気合いを入れて、中途半端に劉嘉賓に復活されても却って困る。ここで脱落してくれた方が全体の利益を考慮すると、そちらの方がありがたい。
「長安へ引き返すなら、今のうちだぞ。更に西へ進んで、吐蕃国あたりまで行ってしまったら、そこからやっぱり引き返そうとしても、帰る道のりだけでも長距離になって一人で行くのは困難な難路になってしまうだろうからな」
「ひ、引き返すなんて選択はありません。途中で諦めたら、そこまで頑張った道程が無駄になってしまうじゃありませんか。途中までの足跡を無駄にしないよう、前に向かって進むのみです」
胸を張って、劉嘉賓は立派な宣言した。筋肉痛で体が痛いから、なるべく楽な体勢をとろうとしたら自ずとそういう格好になっただけだ。
劉嘉賓の言ったことは立派だが、京師長安からすぐの咸陽で言ったのではあまり格好はつかない。吐蕃国あたりで言ったのならば、そこに辿り着くだけでも大冒険になるだろうから、言葉の重みも増していただろうに。
「……まあいい。復活してしまったというのなら、他の使節団員や王正使や俺に迷惑をかけないように頑張ってくれよ」
蒋師仁は部屋から退出した。劉嘉賓を使節団から切除する好機だったのに、失敗してしまったようだ。
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