第41話 万全な朝を迎えるのは難しい
夢見の善し悪しにかかわらず、朝はやって来たので、使節団の一員とはいえ、顔を合わせれば挨拶をする。
「おはようございます、王正使」
「おはようございます蒋副使。なんかまだ眠そうね? 大丈夫?」
蒋師仁は少し肩を落とした。ここで王玄策正使に心配されるようでは駄目なのだろう。自分もまだまだだということだ。
「ご心配には及びません。多少寝足りない部分があったとしても、万全の働きをしてみせますので」
万全という言葉を蒋師仁は使ったが、本来ならばそういったものは必要無いのだ。
使節団は天竺を目指して西へと旅するだけだ。敵に襲われたり何か問題が起きたりしない限り、鍛え上げた蒋師仁の膂力が必要とされる場面は無いはずなのだ。
「私はぐっすり眠ることができたけど、蒋副使は何かあったのかしら?」
まさかここで「変な夢を見たせいか、眠りが浅かったようです」などと本当のことを言うわけにもいくまい。
「特に何もありません。天竺への旅が初めてなので、多少緊張があってか、寝付きが悪くなってしまいました」
「天竺へ向かうのは初めてといっても、ここはまだ長安から少し移動しただけの咸陽よ。ここで緊張する必要は無いから」
確かに、王玄策は肝が据わった大物なのだろう。あるいは、天竺を目指す旅が二度目だから蒋師仁には無い慣れがあるのか。
そのへんは考えすぎても仕方ないだろうと思い直した蒋師仁は、周囲の様子にも目を配ってみた。
長身の男がすぐに目に入った。世話役の劉仁楷だ。背が高いから目立つ。
いつもは穏やかな表情を絶やさない劉仁楷が、その髭の濃い大きな顔に厳めしさを湛えて、若い兵士二人に対して、何やら細かな指示を与えているらしいことが、蒋師仁のいる場所からも遠目にも分かった。
その若い兵士二人というのは、昨晩、遅くまで賭博に興じて騒いでいた二人だった。名を呉と李といっただろうか。
夜中にも騒いでしまうような、若さが余分な勢いとなって溢れているような二人ではあるが、劉仁楷の言うことは素直に聞いている様子だった。こういったところが、劉仁楷の人徳の為せるところであり、だからこそ世話役なのだ。
世話役からの指示を聞き終えた二人は、小走りでどこかへと向かって行った。
どこへ向かったのかは、蒋師仁は深くは気にしなかった。
朝は出発の準備で忙しい。
自分自身の準備もしなければならないし、使節団全体が滞りなく支度を進めることができているかも確認しなければならない。蒋師仁はこの使節団の副使なのだ。昨晩の夢の内容が気になるが、白い何を選んだのかを考えている場合ではない。
使節団全体の心配をするのなら、一見反対の行いのようではあるが、特定の一人の人物について注視すべきだ、と蒋師仁は思い出した。
何かと問題ばかり起こして周囲に迷惑をかける人物が一名存在する。旅の初日の時点で早々に目を付けることになった。
「世話役、おはようございます。ところで劉嘉賓は、どうしていますか?」
「おはようございます蒋副使。甥だったら、まだ部屋で寝ていますよ」
使節団の面々は、もう既に起きて、出発の準備に勤しんでいる。そんな中で、おそらくただ一人、まだ寝ている奴がいるという事実。
蒋師仁の抱いた悪い予感は、既に当たりつつあるようだった。
昨日だけであきたらず、今日も、恐らくは明日以降も、使節団全体に迷惑をかけまくるつもりなのか、あいつは!
これが憤慨せずにいられるだろうか?
憤怒の形相のまま蒋師仁は、劉仁楷と劉嘉賓が泊まった部屋へと駆け込んだ。
「おい劉嘉賓まだ寝ているなんていい度胸じゃないか使節団の一員として責任感は無いのか他のみんなはもう起きて準備しているんだぞ……って、あれ?」
蒋師仁が目にしたのは、若干、想像していたのとは違った光景だった。
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