第39話 夢の終わり
蒋師仁の夢の中でも、王玄策の美貌は光を放つかのように輝いていた。
しかし今は、蒋師仁に対して背を向けているので、頭の高い位置で結んだ黒髪が左右に揺れているのが窺えるだけだ。
右の宝物から。左の宝物へ。そしてまた右の宝物へ。王玄策の視線は左右に揺れていた。
一八分の一を決めかねて、目移りしているのだ。
しばし、時間のみが流れる。沈黙が重くなる。
「うーーー、んーーー、うーーー?」
王玄策は呻き声を漏らす。なかなか進まない事態に、蒋師仁は苛立ちを募らせた。
なぜ王正使は自分一人だけで悩んで、埒の明かない考えに浸っているのだろうか? 俺に一言相談してくれればいいのに……
「……これは難しいわねえ。蒋師仁、どうしたらいいと思う? 知恵を貸してほしい」
「へっ……?」
思わず、生まれて以来、最も間の抜けた声が出てしまった。
「あ、いや、それは……急に聞かれましても……何も、答えを出す手がかりの一つもありませんので……」
しどろもどろな物言いになってしまった。蒋師仁は項垂れ、己の不甲斐なさを恥じた。手がかりが一つも無いのは事実だ。だが、それを嘆いたところで何も始まらない。手がかりが無いなら無いで、そこから何かを掘り出して正解に辿り着かねばならない。
「あー、でも、珊瑚、真珠、貝殻、塩、などがあるから、海のある地域からもたらされた物、なのではないでしょうか?」
王玄策は宝物をもう一度慎重に見直した。蒋師仁に対しては完全に背を向ける形だ。
「でも、貝殻や塩は、海でなくても産出するわよね? 内陸の湖にも貝は棲息しているし、内陸で岩塩も採れるし」
「ですが、珊瑚なんぞは、内陸には存在しませんよね? それに、そこに並べられた貝殻は、内陸の湖の貝ではなく、見たこともないような珍しい形をしています。恐らく海の産出でしょう。陶器の壷に入っている塩にしても、岩塩の塩ではなく、海水から作った塩なのだと思います……推測ですが」
「海……か。ということは、これらの一八の品は、敦煌やその向こうの砂漠の都市国家などからもたらされた物ではない、ということね。つまり……、…毒? そこへの道……そういうことね?」
王玄策は何やらに考えが至って、納得したらしい。
「私が選ぶのは、これね。白く輝く……」
何か一つを、王玄策は指差して示した。蒋師仁の位置からは、王玄策の体が邪魔になって、どれを指差したのか分からなかった。
そして、それは果たして正しい選択なのか……
文成公主は、莞爾とした笑みで、そこから表情の変化が無い。
どれを選んだのか? それは正解なのかどうか?
蒋師仁の疑問をよそに、目に見える風景が闇に滲み始めた。
そうだ。これは夢の中なのだ。
目覚めて、現実の朝に戻らなければならない。
蒋師仁は目を開けた。薄暗い部屋の中、見慣れぬ天井の木目は旅行者を嘲笑っているかのようだった。固い枕は、それでも無いよりはマシだったかもしれない。
「朝……か。なんか夢を見たけど、変な夢だったな」
「あ、蒋副使、おはようございます」
同室の賀守一も目を覚ましたらしい。
夢の内容を思い出して反芻している暇は無かった。出発の準備をしなければならない。
蒋師仁は一行の副使でもある。自分の準備だけをすれば良いというのでもない。一行の準備が滞りなく進んでいるかどうか、常に確認しなければならない。
一泊目は、屋根と壁のあるきちんとした宿舎で休むことができて良かった。
蒋師仁に関しては、変な夢こそ見たものの、きちんと睡眠をとって一日目の疲れを癒すことができた。使節団の構成員は大部分が若者なので、恐らくは他の者たちも同様に眠って体力を回復できているだろう。まだ初日なのだ。
そして一行は、西を目指して、順調に二日目の行程を開始した。
はずだった。
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