第38話 一八個の選択肢
文成公主に会うのが待ち遠しいのか。王玄策はそこから全速力で走り出した。
門番を体当たりで弾き飛ばし、女官の脇を敏捷にすり抜け、「三つの問いに答えよ」と言ってきた僧侶を無視して、文成公主の部屋まで一気に走った。
ここは蒋師仁の夢の中とはいえ、豪快な王玄策の走りっぷりだった。
一歩遅れて、蒋師仁も文成公主の前に出た。
文成公主は、元は唐の皇女だったのだが、吐蕃国の王に嫁いだ人物だ。二〇代前半くらいの美しい女性だった。
吐蕃国に嫁入りした割には、今でも唐風の衣装を着ている。
「お妃様、占いをお願いします」
一足先に文成公主の前に到着していた王玄策が丁重に礼拝した。が、
「占いはできません」
あっさりと断られてしまった。
「何故ですか?」
「今は時間が悪いからです。本日はもう、太陽が南へ達してしまいました。明日の午前のうちに出直して来なさい」
そう言われたので、翌日の午前中に出直すことにした。
文成公主の部屋に招かれたのは王玄策と蒋師仁の二人だけだった。王玄策が文成公主とすぐ近くで向き合い、蒋師仁は王玄策より数歩下がった後ろで控えることになった。壁際には文成公主の侍女たち数名が控えている。
「お妃様、占いをお願いします」
「分かりました。お任せください」
今日はあっさり了承された。
蒋師仁の夢の中だからなのか、階段を一段とばしの大股で歩いているような展開のしかただ。
文成公主は手許で何かを操作した。蒋師仁の位置からは、それが何なのかよく見えなかった。
「王玄策。あなたには近々、一八個の選択肢の中からいずれか一つを選ぶ必要に迫られるでしょう」
厳かな文成公主の声だったが、その内容に、蒋師仁は少し首を傾げた。
一八個の選択肢、というのは選択肢の数として随分多くないだろうか? その中からたった一つを選ぶというのも極端な話だ。そのようなことが必要な事例が、近々あるというのだろうか?
同じような疑問を、王玄策も抱いたらしい。
「正しい選択肢を選ぶ確率は一八分の一ということですか。それは、あまりにも厳しすぎるのではないでしょうか?」
「正しい選択肢が一つのみ、という意味ではありません。選んだ選択肢によって、有利になるか不利になるか、ということです」
「そんな漠然としたことを言われましても……もっと詳細に教えていただくことはできないのでしょうか? 一八個の選択肢というのは、一体何のことなのですか?」
王玄策の困惑に対して、文成公主は答えを明示してはくれない。控えている侍女たちに命じて、何やら品物を室内に運び込み始めた。陶器の壷が幾つもある。
「必要なことは、多くある選択肢の中から、少しでも良いものを選び出すための洞察力、見る目です。ここに、一八の宝物を用意しました。王玄策よ、この中から一つ、選んでみなさい」
多くの品物をその場に並べたので、獺祭状態だ。
「宝物って、な、何ですかこれは。あまり見かけない物が多いようですが、異国から持ち込んだものでしょうか?」
少し日焼けした顔容に、文成公主は満足そうな笑みを浮かべた。
「異国からの交易品であるということに、よく気付きましたね。ここに並べた宝物は、丁字、胡椒、豆、珊瑚、真珠、貝殻、小刀、天秤、椰子の実、絹の反物、盾、砂糖、塩、藍、鉄木、檳榔、羊毛、肉荳蔲、綿布、です」
並べられた宝物を一通り見渡して、王玄策は疑問を口にした。
「これ、一九個ありませんか?」
指摘を受けて文成公主は改めて宝物を数える。
「あ、本当ですね。ならば、最後の綿布は除外しましょう。残りの一八個の中から一つを選んでください」
随分いいかげんな顛末だな。こんなんで大丈夫なのだろうか? と後ろに控えている蒋師仁は口に出さずに心の中だけで呟いた。
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