第22話 青灰色の仲裁者

「普通は馬って、体の大きい駱駝を怖がって、喧嘩になったりしないんだけどねえ。こんな体の大きい馬がいたなんてねえ。どうしようかしら。困ったわねえ」


 王玄策は腕組みをして事態を眺めている。腕組みをしているため、胸の二つの膨らみが大きく盛り上がっている。


 困ったと口で言いつつも、王玄策は落ち着いた表情をしていた。


「王正使。もしかして、ケンカしている二匹が疲れるまで待っているんですか?」


 風が吹いて、王玄策の長い黒髪が小さく靡いて波となる。


「残念ながら違うわ。打つ手が無くて、時間ばかり浪費しているだけよ」


 蒋師仁の推測は間違っていたようだ。


 しかし、王正使でさえ手出しできないとなると、どうすれば良いのだろうか。


 使節団を率いる正使、副使というのは、思っている以上に雑用的な用事も多く、大変なのかもしれない、と蒋師仁は思い始めていた。


 約四〇名の人間の面倒を見なければならない。中には、劉嘉賓のような面倒なヤツとか、王令敏のような得体の知れない者もいる。


 更には四本脚の朋友、動物たちの世話もしなければならないのだった。勿論、エサやりなどの細かい作業は兵士たちに任せれば良いが、責任者である以上、こういう問題が発生した時には対処しなければならない。


「この二匹、疲れる様子が無いわね。こんなところで無駄に持久力を発揮して……」


 王玄策が指摘する通り、黒馬も駱駝も、攻撃を緩める様子が無かった。まだ相手の毛が残っている箇所を狙いすまして噛みつき、その間にも脚を繰り出して蹴りつけに行く。


 その時。


 突然、黒馬と駱駝の双方が、お互いに少し跳び退って距離を取った。


「えっ?」


 唐突な事態の変化に、即座には動けなかった蒋師仁だったが、二匹が争っていた真ん中に何者かが立っているのを発見していた。


「なんだ? 仔馬か?」


「あれは驢馬だわ」


 一瞬遅れて指摘した王玄策は、言うと同時に駆けだしていた。駱駝と距離をあけて、その場に立ち尽くしていた黒馬に寄り添って、手綱を取って宥める。


 蒋師仁は王玄策の動きを見て、逆に駱駝の方へと駆け寄った。駱駝はまだ鼻息は荒かったものの、それでも喧嘩相手の黒馬以外の者に無闇に攻撃を仕掛けようとはしなかった。


 周囲の兵士たちは、人間の倍の数がいる馬たち、駱駝たちを制御している。この場で自在に動けるのは劉嘉賓と王令敏の二人だった。


「これって驢馬、だよなあ。なんでこんな所に驢馬が?」


 そう言いながら、劉嘉賓な自分の無精髭を右手で撫でながら、ゆっくり驢馬の方に接近していった。


 青灰色の毛並み。馬よりも更に小さな体躯。覇気の無さそうな表情に見える顔。どこから出現したのか謎の驢馬が、歩み寄ってくる劉嘉賓に向かって、口を開けた。


「な、なんだよ?」


 驚いて、劉嘉賓は立ち止まって、及び腰になった。


 そんな劉嘉賓の様子などには全く目もくれず、驢馬は口を開けた状態のまま、しばらく立っていた。


 まるで、くしゃみが出そうになってから、しばらく経ってからようやくくしゃみをするように。


 口を開けてしばらく時間を置いてから、驢馬は奇声を挙げ始めた。


 ヒィィィィ~~ホォォォォ~~ヒィィィィ~~ホォォォォ~~


「な、なんだ? なんの能力ですか?」


「何かの儀式かっ!?」


 まるで、泣いている子どもが息を詰まらせながら嗚咽を漏らしているような。


 あるいは、心得の無い者が笛を吹こうとして全く音が出ないで苦戦しているかのような。


 少し苦しげな、耳障りで騒々しいだけの奇怪な鳴き声だった。

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