死を振り下ろす者

第221話 死を呼ぶ者、覚醒の時



 救いし者部隊クロノセイバーが地球上がりを無力化し、監禁されていたファクトリー民救助に当たる頃。

 その不穏の因果は、火星圏方面より覚醒の産声を上げていた。


「メーデー、メーデー! こちら火星圏星州、ハルバード軍部隊! アレッサ連合政府軍、応答ねが……ガッ、ザー ――」


「何だ!?何が起こっている!? 敵はどこだ……何が我らを襲っているのだ!? 」


 火星圏連合政府に協力する、各派閥の子飼いの部隊。

 小規模艦艇と機動兵装で構成されたそれらが、宇宙そらを舞う謎の物体からの攻撃を受け、次々戦闘不能に追いやられる惨状が包んでいた。


 その部隊が擁するは火星圏宙域でも主力となるマーズ・プランニング社最新鋭機、汎用量産型アサルトフレーム〈アズレッド・ハルバード〉シリーズ。

 アレッサ連合政府でも折り紙付きの、対フレーム戦闘に於ける高性能殲滅兵装である。


 だがそれの配された小規模艦隊―― 一個中隊規模の機影群が、謎の攻撃で手も足もでないままに屠られていたのだ。


「成果は上々だな。奴ら最新鋭機のセンサー群でも、こちらの攻撃に反応するのはほぼ不可能だろう。」


『当然です、隊長。奴らもまさか、量子通信波が高密度に半物質化し自分達を襲っているなど、誰も思っていません。これは地球地上発祥の文化の極み……二次元の素体を高次元へと昇華させる発想の延長――』


『量子波と言う波を半物質化レベルにまで急激に高め、量子波軌道へ突如量子半物質化ブレードを実体化させる兵装……Γガンマ・フレーム背部 副列量子誘導・広域殲滅兵装〈クラウソラス〉です。』


 通信を放つは異形の機影達。

 先の艦隊戦では翼をもがれた禁忌の怪鳥フレスベルグが、新たな出で立ちで宇宙そらを舞う。

 だが……今しがた連合政府の部隊を無力化した攻撃は、


『お前が地上で得た技術の結晶を、宇宙そらに住まう者へと向ける。退上出来だ……ユミークル。』


 禁忌の怪鳥フレスベルグから僅かに1kmの距離。

 宙域へ浮かぶは、

 各部集光部が薄い緑で怪しく発光する、

 地上の伝説上にて、狂気と悪夢を体現する異形の邪神〈這い寄る混沌ナイアルラトホテップ〉を彷彿させる姿は、人類の未来へ絶望さえ過ぎらせる。


「俺単騎で……と言いたい所だが、正直こいつの扱いには極度の体力異常を伴う。これを放った後の対処を任せられる者と、大事の前の小事を成すための小艦艇に護衛がいる。」


「旗艦へ付属させた、高速戦闘艇パイロットにラヴェニカと、護衛にカスゥールが同行せよ。カスゥールも、あちらの兵器群には興味津々だろう? またそれらが、強化されているやも知れん。敵戦力調査としての同行なら、お前も依存はあるまい。」


『はい、ヒュビネット隊長。いつでもお傍に……。』


『ふむ、いいだろう。そう言う事であれば、俺も便乗の価値はある。もっとも今、一番興味があるのはその機体……〈Γガンマ・フレーム デスクロウズ〉なのだがな? 』


「それも充分堪能しろ。どの道機体性能テストとして赴く。まずは前哨戦……ついでにあの、。」


 狂気の狩人ラヴェニカ無愛想な兵器狂カスゥールへ、したり顔で命を飛ばすは漆黒の嘲笑ヒュビネット

 それが遂に万全を期した得物を手に入れた。

 彼が口にする革命を果たすための、漆黒の部隊ザガー・カルツにしての機動兵装。


 それが程なく狩人の高速艇へと張り付き、兵器狂の砲戦騎クリューガーを従え禁忌の怪鳥フレスベルグを後にした。



 救いし者部隊クロノセイバーが駐留する準惑星セレス宙域の、ちょうど真反対に当たる小惑星アステロイド帯 内縁宙域へ向けて。



》》》》



 クロノセイバーは地球から上がった彼を相手取り、またしてもソシャールとその民を救う偉業を成し遂げた。


 突入部隊に編成された私は、お姉さまの活躍を半ば奪ってしまった反省から、粛々と機体のメンテナンスに明け暮れる。

 すでにクオンからも、充分な成果で事を終えた私達へのささやかなご褒美として、休息を命じられてはいたけれど――


 お姉さまの事以外で、胸につかえた物がずっと気になっていた。


「隊長?アシュリー隊長? 聞いてますか? 聞いてないのはこのお耳かな〜〜? 」


「あだっ!? 痛い痛い!カノエ痛い! 聞こえてるってば! そして耳を引っ張らないで! 」


「あら〜〜。本当に聞こえてたのかしら〜〜? 今〜〜隊長、完全にうわの空だったわ〜〜。」


 などと物思いにふけっていた私は、二人のお騒がせな隊員によって現実へと引き戻される。

 すると、私の思考を読んだかの言葉が二人からかけられたんだ。


「隊長もしかして、気になってるんじゃない? あのメンフィス・ザリッドってヤツ。その彼が口にした、とかって下り。」


「……カノエって、サイコメトリーの素質でもあんの? なんで、ピンポイントで図星突いて来るかな。」


「当然でしょ? いったいどれだけ、長い付き合いだと思ってるの。」


「あら〜〜? 私達はまだ二十代も中盤な〜〜――」


「私だけ……とでも言いたい訳!?エリュ! そもそも宇宙人そらびと社会の年齢基盤では、! 」


「てか、二人共何しに来たのよ(汗)。」


 まあかけたはいいのだけど、この押し問答。

 思わず嫌な汗のままツッコミを入れてしまった。

 けど――


 彼女達が何を言わんとしてるかは……残念ながら理解に至ってしまったんだ。


 そこへ話が進まぬ事態を見越したのか、けしかけた張本人であろうお姉さまが、格納庫入り口から歩み寄って来た。


「アシュリー。あなたが彼の素性諸々で気になる点があるなら、一度通信での面会をしてみてはどうかしら? 彼も大人しく投降した事だし、議長閣下直属の部隊なら、少々の無理も通るでしょう。」


「お姉さま……。その……お姉さまの晴れ舞台に、私がしゃしゃり出てしまって――」


「それは言いっこなしよ? あなたは私の力そのものと、宣言したはず。いいから、胸を張りなさい。」


 女性の誇りと尊厳を守るため御家の名誉を捨て、それどころか身障者に性少数達にさえ労りと慈愛を宿すお姉さま。

 私は彼女に救われたからこそここにいる。


 けれど、あのメンフィスとその最愛の友人の傍には、労り、手を差し伸べる者が誰もいなかったんだ。


 きっと彼らは、口には出来ないほどの屈辱の日々を越えて来たはずだ。

 なのにそこへ絶望しか訪れなかった。

 メンフィスが歪んでしまったのは、それこそが原因と思えてならなかった。


 整理した気持ちを心で整え口にする。

 今それを成せと、敬愛なるお姉さまがおっしゃってくれるならと。


「差し出がましいお願い、よろしいですか?お姉さま。私をあのメンフィス・ザリッドと面会出来る様、然るべき方々へ取り計らって頂きたいんです。お願いします。」


 こうべを垂れ懇願した私の言葉へ、静かに閉じた目で了解の合図としたお姉さま。

 程なく私は、月読つくよみ指令を通じ諸々の許可を得た後、通信による面会を試みる事となった。


『話が来た時には驚いた。まさか通信を?とな。捕虜として然るべき場所へ移送される俺へ、何か聞きたい事でも? 』


「私を、と呼び現してくれた事に感謝するわ。ちゃんとした名乗りがまだね……私はアシュリー・ムーンベルク。先にあなたが聞いた通り、元々は男性よ。けど……私を育ててくれた姉や母へ陰惨な仕打ちを与えた男性星州――」


「それを個人と言わず、星州もろとも滅ぼしてしまった死神。そしてそんな男と言う性を憎悪し、捨て去ったのが、死神アシュリーと言う訳。」


 ブリッジ経由で交わされる会話は、クルーにも伝わっている。

 当然そこに、少数性に当たる優也ちゃんもいる。

 同席してくれたカノエにエリュと、ここには彼がきっと愛してやまなかったであろう相手を、本当の意味で労れる者が揃っていた。


 だからそのまま彼へと言葉を紡ぐ。

 一番今、彼に聞きたいその言葉を。


「メンフィス・ザリッド。あなたは今でも、火星圏政府の奴らにいいようにされた友人を愛してる? 私がちゃんとこの耳で、心で聞いてあげる。」


 私が紡いだ言葉は、酷い諦めの中にあった彼の心を溶かして行く。

 かつていつきが、深淵に落ちる寸前だった私の心を溶かした様に。


『……決まっているだろう。愛しているさ。だがもうあいつは……この手が届かぬ冥府へと……――』


 たがが外れた様な男泣きは、その愛情がどれほど深かったかを物語っていた。

 そんなだから、私の心へ引っかかって離れなかったのだろう。



 、儚くも淡いその想いを――

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