第182話 マルス星王国の意思を継ぐ者達



 その相手は、クロノセイバー所かザガー・カルツでさえも見た事のない難敵。

 機体や戦い方云々ではない……


「ハイエナとは、よく言った物ね! この機体操作の熟練度合い……只者じゃない! 」


 すでに核ミサイル発射推定時刻に到達しているはずが、それを撃たれていない現状——その要因を思考する暇さえ与えられぬ妖しい乱舞があたしを宙域へ押し留める。


 一見古臭いA・Fアームド・フレームの様にも見える機体には、近接すれば分かる程に無数の小傷が散らばっているのが見て取れる。

 それは操縦者が稚拙と言う意味ではない――歴戦のつわものであるが故に刻まれた死闘の証。


 そこを読み違えれば、刹那のウチに致命打を受け敗北するは明白だった。


『ふむ……ハイエナの俗称はむしろ褒め言葉だね、マドモアゼル。いや?――遂ぞ先日まではかの漆黒の部隊に属していたユーテリス・フォリジンだったかな?』


「……!? 昔のあざ名は兎も角……あたしがザガー・カルツにいた事まで知ってるなんて。これは、なおさら事情聴取が必要の様ね! 」


『おっと……失言、失言。これ以上は私の素性に触れてしまうねぇ。まあ敢えて洩らすとするならば、「蛇の道は蛇」とでもしておこうか。』


 全く素の読めない表情は、こちらを見下す訳でもなく……ただただ不気味な嘲笑でモニター映像を飾り立てている。

 読めない所はあのヒュビネットの様で、けれど全く正反対な雰囲気をただよわせていた。


 そんな問答の間も、接敵による足止めを受けるあたしとシュトルム BCSベシースング

 刹那の攻防さえいたずらに時間を奪われている気しかしない現状。

 突如として響いた声に……あたしは驚愕と、送れて歓喜がこの心を打ち奮わせたんだ。


『ユーっ、私が前に出る! あなたは援護を! 』


「なっ……えっ!? この機体は月光――虎鉄 月光こてつ げっこう!? それにその声……ヨン!? 」


『何を驚いてるの、ユー! この機体がここにあると言う事は、私達の同志が揃ったって事でしょう!? 』


「……うそ。本当に、あのアンタレス・ニードルの面々が!? 」


 歓喜はあたしに何度目かの煌きを双眸から零れさせる。

 ヨンが虎鉄 月光リーダーの証に乗り駆けつけ、アンタレス・ニードルの同志がここに揃う。

 


『ユーテリス~~。私も是非お仲間に~~。そのシュトルムは、私のシュトルムブースターと揃って初めて真価を発揮できるのです~~。私がここにいなければ、始まらないのですよ~~。』


「リューデ……はは。って事はすでにあちらは、揃う仲間達が無力化に成功したと言う事。なんだ――あたしの辿った人生も、まんざらじゃないじゃない……。」


 歓喜はあたしの心を澄み渡らせる。

 悲劇の回避と意気込んだのが恥ずかしくなるぐらいに。

 否――あたし達が動かねば、きっと誰もそこに辿り着けず……掛け替えのない家族が悲劇の業火に焼き尽くされていた。


 そこまで思考した時、今まで戦って来たあのクロノセイバーの底知れぬ可能性と強靭さを理解した気がした。

 こんなにも清廉な心持ちで命を投げ出し、そして数多の命を救い続ける。

 それこそがあの宇宙人そらびと史上稀に見る部隊と言っても過言ではない、救世の部隊の真価だったのだと。


「今なら……クロノセイバーにも並べるかな?リューデ。」


 あたしの過去を思い出す言葉へ――


『何をいっているのです~~?ユーテリス~~。私達はもう、歩き出したのですよ~~。』


 リューデが今までのリューデではない、返して来た。


 ならばもう、迷う必要なんてないじゃないか。

 あたしはかつてのアンタレス・ニードルの仲間と供に、新たなる道を行く。

 あのアーガスも目指しているであろう救世者としての過酷なる道を。


 長射程狙撃砲を背に仕舞い、中・長射程光学砲撃 重装火砲群を中心にシステムをシフト。

 新たなる相棒と始める、新たな宣言をあたしは言い放つ。


「ありがとう、あたしの素敵なリューデ! ではヨン、前衛に出てこのハイエナヤロウを叩きのめして! あたしがリューデとの連携で砲撃支援に移る! 戻ろう、あの時に――」


「アンタレス・ニードルで安寧を目指して戦った、〈双子の闇サソリ〉と言われたあの頃に!! 」



 モニターに映るヨンの笑顔と、リューデの笑顔。

 二つの家族の心を背負って今……あたしはようやく本当の一歩を踏み出したんだ――



》》》》



 かつて火星の人民掌握をと奔走した政府軍が、恐れ……警戒していたとされるアンタレス・ニードル。

 中でも組織解体へ漕ぎ着けるまでの一年足らずの間、その名を政府のあらゆる方面へ刻み付けたのが〈双子の闇サソリ〉――

 ヨン・サとユーテリスであった。


 その活躍は先代リーダーをも凌ぐ組織活動への起爆剤となり――

 当初反政府組織を軽視していた火星地上政府連合軍より、数倍の戦力が鎮圧目的で投入されたのは記憶に新しい。


 さしものゲリラ戦を得意とした彼女らも、政府の本腰を入れた武力に抗う事叶わず投降。

 一説ではそのまま全ての組織構成員が投獄、しくは極刑に晒されてもおかしくはなかった所……政府軍は、かの叩き上げ議長ハーネスンからの人道的配慮の上対応せよとの申し出を受け入れていた。


 そこには反政府組織アンタレス・ニードルが抵抗する際市民を無用に巻き込まぬ戦いに終始していた所へ、政府軍の市民巻き沿いもいとわぬ非人道的行為を持ち出された経緯が関係していた。


 星王国滅亡から反政府組織解体を経て――

 火星地上で繁栄を極めた種族は、長く圧制に苦しんだ。

 だが今……遂にその苦しき時代へ風穴を開ける希望が誕生したのだ。


 それは太陽系中央評議会の依頼の元立ち上がった、〈新生 アンタレス・ニードル〉である。


「おやおや……やはり、己の身の程が理解出来ていなかった様だねぇ。反旗を翻した旧きサソリ達が現れるや否や壊滅状態とは。確かに弱き者達は、武力をチラつかせれば大人しくはなるだろう。が――」


「この宇宙人そらびと社会で、その様な傲慢を黙って見過ごす腰抜けはいないよ? 伊達に千年以上の繁栄を謳歌した訳じゃない。地上で人の足元をすくう事しか頭に無い者では、理解できないだろうがねぇ。」


 ハイエナ大尉グラジオスは通信を遮断した機体コックピットで一人ごちる。

 それも今彼が味方をしているはずの、冷徹な女官に対する呆れを。

 モニター光学有視界ではすでに、先のサソリの砲撃手ユーテリスが後退後……入れ替わる様に突撃して来た鎧甲冑さながらの機体が物理武装二振りの刀を乱舞させる。


 黒銀の体躯に黄金色の装飾まぶす様は正しく戦国の鎧武者。

 振りぬく物理長刀はハイエナ大尉が天を冠する兵ウーラニア・Bの機関砲でばら撒く対装甲貫通弾さえも弾き返す。


「ちっ……装甲貫通弾が弾かれるなど、私も想定してないねぇ。噂に聞くアンタレス・ニードルで武勇を誇った反政府組織の懐刀――これは楽しめそうだ! 」


 舌打ちも……恐るべき手錬てだれを前にした愉悦で口角を吊り上げるハイエナ大尉は、後方へ下がるや支援機体との連携を見せ付ける高速機動砲撃機シュトルム BCSへも感嘆を洩らした。


「ほっほう。なるほどその機体……超射程狙撃の一撃離脱が本質メインかと思いきや――支援機が付くや超射程 多連装重装砲撃機形態へも移行が可能と。」

「音に聞こえし……これは流石に、地上上がりのマドモアゼルには荷が重過ぎるか? 」


 型付き兵装。

 ギリシャ文字を当てられた機体の内、格上の高性能を与えられた物を皮肉る名が零れ落ちる。

 そんな言葉をツラツラと並べるハイエナ大尉は、脅威と悟る三機の敵を相手に接戦を繰り広げる。

 それも無意味に回避行動を取るではない――


 その異様すぎる戦い方は、双子の闇サソリにフワフワ少女ブリュンヒルデにまでも警戒を呼び起こす。


「こいつ、避けられそうな攻撃をまるでかわそうとしない!? 何なの、これは! 」


『……私も今まで、こんな奇想天外な戦い方をする兵は始めてよ!ユー! 』


『しかし何らかの~~意図がある様には、思えますね~~。』


 三者三様の疑問が飛ぶ中、それらの勢いに――


『あー、マドモアゼル達? 中々に良い勝負でこちらも血が騒いだ所だが……時間切れだ。これ以上手前勝手に暴れる訳にもいかないのでねぇ――失礼するよ? アデュー。』



 まさに時間稼ぎは終わりだと言わんばかりの言葉を強制通信で送り付けると、嵐が去る様にその宙域より飛び去るハイエナ大尉がそこにいた。

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