それぞれの道、忍び寄る綻び

第69話 タイムリミット

「救助者両名、外傷はそれぞれ頭部及び大腿部外傷と頭部及び腹部裂傷!両名共に止血済み——そのまま救急治療室へ移せ!」


「各部のスキャン——霊量子振動三次元走査イスタール・ヴィヴレード・3Dスキャニング同時展開による、身体内部のダメージチェックも忘れぬ様……!では後は任せたぞ軍曹!」


「む……了解した。女神殿——流石の手際、感謝する。」


 救急救命の雄である救いの女神の姉シャーロット中尉より、医療現場の未来達へ命のたすきが渡される。

 格納庫より——宴黙なる軍曹がタンカキャリーへ負傷者を運び、小さな医療の卵が救いの女神から預かった負傷者のデータを確認。

 合わせて航宙医療艦内部の救急治療室へ搬送された負傷者達は、この艦を預かる名女医の元緊急手術が施される。


 その負傷者が搬送される間も、タンカキャリーに付き添う二人は意識のある負傷者へ向け……つたなく握る小さな手と共に、暖かく心の休まる労りを投げかける。


「さぎょーいんサンたち、お体痛むのだ?でも少しのシンボーなのだ……ローナが診てくれるのだ……。」


 言うに及ばず、この艦ではすでにマスコットとして定着した幼き少女ピチカ——かく言う彼女も青き大地地球で、明日とも知れない飢餓の只中から救いを得た者……眼前で深い傷に顔をしかめる負傷者を放ってなど置けないのだ。

 その暖かい労りの想いは負傷者の心を勇気付け——生きる事を諦められなくなると、軍の医療機関に救われた誰もが口にした。


「あ……ああ、ありがとう……な……うっ!?——この程度……なんて事は……ないぜ……!」


 幼き少女は、決して負傷者の前で不安に駆られる顔など見せない——不安に陰る表情は、同時に負傷者の回復能力へ心身的な減速をかけてしまう事を既に知る少女……負傷した作業員も、自然とそれにならい必死で笑顔を返す。

 医療の現場と言う場所で、幼き医療の卵である少女は……心意気の点で言うならば——既に医療に携わる者の本質を体現していた。


「む……エンセランゼ大尉殿がお待ちだ。よく頑張られた……だがあと少し——その辛抱を続けて頂きたい。じき痛みから解放される。」


 幼き医療の卵の献身なる心と笑顔は、何よりその同僚へ大きな変化をもたらした。

 宴黙さから人との接触も数える程——それが悪い方へ作用し、己の両腕義手と言うハンデをハンデとして捉えてしまう人生であった宴黙なる軍曹リヒテン

 しかし今……宴黙ながらも浮かべるその表情は、負傷者や病人を心よりおもんばかる暖かな笑顔——それは己がハンデと捉えていた義手の存在を、自分にとってのと称するまでに見違えた。


 正しくそれは地上年齢で十代前半から名医の片鱗を見せていた女医、エンセランゼ大尉の采配によるものであり——それに答えた医療現場における、輝ける卵達の研鑽の為せる業であった。


「アレット、貴女はそのままこちらのサポートに。——ピチカ……ご苦労様、後は任せて何時もの勉強に戻りなさい。」


「はい、なのだ!さぎょーいんサン……元気になったら、お仕事のお話聞かせてなのだ!」


「ありがとな……嬢ちゃん。——おじさん、頑張ってくるぜ。」


 最後のたすきを受け取るは、命を救うプロフェッショナル――宇宙人の楽園アル・カンデは愚か、宇宙人そらびと社会全体にさえその名を轟かせる妖艶なる名女医エンセランゼ大尉

 待ち構えた救急治療室で、タンカキャリーと共に命のたすきを受け取った。


 激痛に耐える作業員……しかし幼き笑顔に返す笑顔は、例え深い傷であろうとも——幼き応援があるなら負けてなどやるものか……そんな逞しささえ宿っていた。

 これこそが宇宙そらにおける救済部隊最後にして、最も過酷なる戦場最後の砦——

 航宙医療艦いなづまの誇るべき姿であった。



》》》》



 防衛戦は漆黒の指揮する部隊の強襲で、一時は悲壮感すら舞ったC・T・O総本部——しかし総指令への宣言の元、信を置く部隊による圧倒的な猛反撃を指揮した英雄によって戦況が覆された。


 時間にして一時間にも満たない、刹那とも思える電撃戦——しかし、引き際を誤れば良き状況が瓦解し兼ねないリミットが押し迫る。


「衛星イオ、間も無くエウロパと木星の直線上に並びます!これ以後は軌道共鳴による重力集束が乱れ——イオの潮汐力ベクトルは……外宇宙へと向かいます!」


「よし——イオとの衛星直線位置時間を算出!各機へ送信せよ!同時に【聖剣コル・ブラント】の支援射撃により、部隊帰還を援護する!」


 宇宙空間と言う場所での大規模戦闘は、純粋に資源及びエネルギー面での消耗が著しい。

 さらには、足場となる大地がある特務防衛部隊クロノセイバー側は兎も角——漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツにとっては、引き際の誤りが戦略上の致命的なダメージへと繋がる。

 このタイミングこそが後々にまで影響を及ぼす事を、双方を指揮する者は知り得ていた。


 言わばこの時点からは、防衛部隊の総指令を受け持つ月読つくよみと言う男の采配に委ねられるのだ。


「指令……【凶鳥フレスベルグ】に動きが!現在尚も主砲射程圏内——しかし、その射程内に味方機も残存しています!」


「曲射対空砲群であれば、味方を回避して支援可能だ!くれぐれもそちらに当たるなと各機へ通達——対空砲群の展開座標送信後、対空砲による支援砲撃に入る!」


「了解!フレーム隊各機、これより曲射対空砲による支援艦砲射撃を開始!イオの衛星直列時刻まで20分——速やかに【聖剣コル・ブラント】へ帰還せよ!繰り返す——」


 艦内システム管制の小麦色の肌を揺らすグレーノン曹長が、禁忌の怪鳥フレスベルグの動きを察し——すかさず旗艦指令の命が飛ぶ。

 かけられたリミットの旨と支援砲撃開始を、素早く通達する凛々しき通信手ヴェシンカス軍曹——速やかなる撤退準備が整って行く。


 そして剣を模した旗艦コル・ブラント禁忌の怪鳥フレスベルグ——互いの主砲射程圏内では、それぞれの味方機が一進一退の攻防を……否、徐々に救いし者部隊クロノセイバーが圧倒し始めていた。

 それも至極当然……蒼き英雄の即興戦術が、間違いなく漆黒の喉元を脅かしていたのだ。


「……してやられたな。まさかこの赤き想定外Α・フレームが、これ程の成長を遂げていようとは……。ようやく、俺のゲームの駒に相応しい価値を手に入れたと言う事か——」


 漆黒が強襲をかけた宙域で、本来であれば更には奥深くに攻め入りさらなる策を講じる算段であった天才ヒュビネット——が、それどころかその宙域で足止めされる異常事態に見舞われる。

 その確たる障害となるは赤き勇者Α・フレーム——天才エースパイロットで知られる漆黒が、距離を取るも——

 すかさず追いすがる赤き禁忌が、えぐる様に懐へ入り込み——天才と呼ばれたエースが今まで経験した事さえ無い、想定を遥かに超えるへ引き摺り込まれる。


 生身であれば、そこは天才——格闘術であろうと、軍隊式戦闘術のそれで相対出来る所……しかし機動兵器を扱っての分野は天才を以ってしても経験すら無い。

 が、故の天才の采配……そのスペシャリストとして、戦いに飢えた戦狼アーガスを赤き機体の新参へぶつける事で戦略の基盤を確立していた。

 セオリー通りの戦略操作——正にそのセオリーをひっくり返した奇策こそが、蒼き英雄クオンの知略である。


『ブリュンヒルデ、準備は出来ているな。奴らは撤退準備に入っている——こちらもイオの潮汐力に訳には行かん——」


『対空砲撃と同時に【凶鳥フレスベルグ】を戦闘形態へ移行させろ……。隠し玉のつもりだったが——背に腹は変えられん。両翼展開と同時に【ニーズヘッグ】を射出……部隊撤退支援と呪われた剣コル・ブラントへの対艦攻撃開始だ。』


「はい~~了解しました~~。それでは~~【凶鳥フレスベルグ】を戦闘形態へ移行開始――同時に両翼展開後~~無人量子誘導型――」


「……対部隊抗争戦術兵装アンチ・アーミー・ミッション・ウエポンシステム【ニーズヘッグ】――全機発艦を~~開始します~~。」


 蒼き英雄の知略は漆黒の指揮する部隊——むしろその隊長である、天才エースパイロットと呼ばれた者のへ鋭き刃となり強襲……同時に漆黒がゲームと称する未だ謎多き思考のブラックボックスより、


 赤き勇者と競り合う漆黒の機体から、禁忌の怪鳥——そのコアであるゆるふわな人形の少女ブリュンヒルデへ飛ぶ指令。

 言うに及ばずとの命に従い、ふわりと応答するゆるふわな人形の少女は禁忌の怪鳥が要するもう一つの姿——旗艦の巡航形態と対為す戦闘形態へ移行を開始する。

 

 巡航形態における前後に長大な旗艦が、折りたたまれた翼を広げる様に戦術兵装を備える両翼を展開――鎌首を擡げた船首と相まって、まさに様相が巨大なる怪鳥のそれと化す。

 合わせて放たれる対空砲火群――剣の旗艦の曲射対空砲群とぶつかる事で生まれる、粒子の爆光で宙域を染め上げて行く。


 その対空砲火に紛れた幾多の光帯フォニック・スリングが、展開された両翼から剣の旗艦では無い……救いし者部隊のフレーム隊へ舞い飛び——直後、その光の先端を行く小型の戦術兵装が十字砲火を撒き散らした。


「なん……だ!?これ!——っく……ウジャウジャ湧いてくる、こいつら!」


『——量子誘導兵器!?あの【凶鳥】はこんな物までっ!?』


 その洗礼を最初に浴びた赤き勇者の機体は、漆黒の懐へ斬り込むも——無数の小型兵装に行く手を阻まれ……ミストル・フィールドによる重力子障壁展開と共に、止む無く距離を取って守りに入る。

 知識よりその存在と性能のたかを知り得る、赤き機体サポートを担う凛々しき大尉綾奈……またしても襲う不穏へ、驚愕と共に警戒レベルを引き上げた。


 宙域を彩る光帯フォニック・スリングは、量子通信信号を一つのコアより超振動で発した時に見られる半物質化有線状態を指し——その発信元であるコアが、同時にその光帯先の戦術兵器全てをシステム。

 描かれた光帯フォニック・スリングが次々と対象物へ襲い掛かる様は、地球の神話上における邪竜ニーズヘッグを思わせる。


 しかし特筆するは、量子誘導兵器総数は小型であるも数十機に登り—— 中隊規模に相当するそれらを、である。


「さあ皆様~~この隙に乗じて……後退して下さい~~。」


『やるわね……ありがとブリュンヒルデ!このまま後退する!』


『人形にしては上出来……。それでしっかり隊長も守れ。』


『おい!ドサクサでブリュンヒルデを人形扱いしてんなよ、操り人形!』


『はぁ……お前五月蝿い。いいから後退……隊長をわずらわせるな。』


 禁忌の怪鳥機関室——狂気の狩人ラヴェニカに罵られるも、ゆるふわな面持ちは変わらずの忘れられた少女ロスト・ドール……宙空へ浮かぶ無数のモニター群を、高速の視覚で追う様は異常である。

 対象となる攻撃目標へ次々と移り行く視線は、おおよそ人間のそれでは無い——それでいて、仲間である者達とのやり取りもゆるふわなままにこなす。


 元来【星霊姫ドール】と呼ばれた者が、純粋なる兵器としての側面を持つ所以ゆえん——それを如何いかんなく発揮するコア……それが忘れられた少女ブリュンヒルデの力の一端であった。


「ちっ……こんな物まで準備してたのか、ウチの隊長……!——アーガス、これより後退する!……悪いが蒼いの、お前の相手はこれまでだ!」


 邪竜の小型兵装群は、剣の旗艦さえも射程に捉えるが……すでに漆黒側も撤退準備に入っている故、それらはフレーム隊の援護に徹する。


 完全に蒼き英雄の策にはまった戦狼は、翻す機体の中で苦虫を噛み潰した表情——赤き勇者との勝負を望んだ彼にとっては、煮え切らぬ撤退となっているのだ。


『――アーガス……あんたが目指す力の正体がどんなものかは、オレも知らない。だが、先ほどオレが述べた言葉は嘘偽り無き真実――よく噛みしめる事だな……。』


「最後までうるせぇんだよ、てめぇ!あいつに勝利するのは俺なんだよっ!」


 撤退間際――そこに来てさらなる煽りを加える蒼き英雄。

 まさに苦虫を噛み潰す原因となるその知略は、少しずつ――少しずつではあるが、力を全てに生きた戦狼の魂へ揺らぎと共に変化をもたらしていた。


 そして部隊は撤退戦――最終局面の対艦戦闘へと移行して行く。

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