第37話 工藤大尉 暁艦隊を駆る者



「そこで何をしている!」


 緩やかな日常の様な、自業自得の果て――情けない罰をこなす少年は、以外にもまじめに作業へ没頭するあまり、まだ知らぬ区画へ迷い込んでいた。

 流石に不審に思ったその場所を管理する男から、声を掛けられてしまう。


「あっ、すんません!俺今、【聖剣コル・ブラント】艦内のクリーナー掛けって御仕置きくらってて……それでここ、何処どこなんでしょう?」


 慌てて言い訳と共に、惨めな状況を暴露する少年――その言葉にある【聖剣コル・ブラント】艦内の言葉で、一段と大きな溜息で声の主が答える。


「貴君はどうやったら【聖剣コル・ブラント】艦内の掃除中に、この暁艦隊旗艦まで迷い込めるんだ……。むしろ、その方法をお教え願いたいものだ。」


 通常この暁艦隊旗艦となる〈イカヅチ〉との経路は、艦内の規律の差異を鑑み暁艦隊側で経路通行の制限を設けている。

 【聖剣コル・ブラント】艦内クルーの目に余る日常緩やかモードが、救急救命隊へ悪影響を及ぼさぬための―― 一種の訓練の一環でもある。


 その上で――隊員への定期的な息抜きや訓練をこなす際、【聖剣コル・ブラント】艦内へ許可申請の元【外出】出来る仕組みにしている。

 巨大な剣を模す艦はその余りある広さ故、部隊訓練時は小さな駆逐艦級の艦内よりも遥かに適していた。

 しかし何れも無断で経路を通る事は出来ないはず――まさに、少年が迷い込む理由を問いただしたくなる状況だ。


 ともあれの許可無し外出容疑者は何が科せられるか重々承知しているが、からの訪問者なら規則を知らぬ者もまだ多い。

 暁艦隊側のルールを伝える旨を含め〈イカヅチ〉を指揮する艦長は、迷い込んだ少年へ少々の任意同行を進言する。


「――まあいい。貴君はあの赤き【霊装機セロ・フレーム】のパイロットだな。名乗りがまだであった故いい機会……私がこの〈イカヅチ〉を初めとする暁型第六兵装艦隊が精鋭部隊、【救いの御手セイバー・ハンズ】隊総司令、工藤 俊英くどう しゅんえい大尉だ。」


「若造――事情は汲むが、これは本来【聖剣コル・ブラント】側へ何らかの処置を申請する状況だ。その点を水に流す変わり……少し付き合え。」


 少年はその名と、ルールと言う単語を耳にし「やっちまった!?」と表情が目を見開いたまま硬直しそうになる。

 しかしその艦隊指令の寛大な処置を甘んじて受けよう――いや、受けざるを得ないままうなずき、暁の指令に連れられて救いの英雄達の居城へと姿を消した。



****



「今回はこちらが若造の罰を上手く利用させてもらった――つまりは若造へ、ついでに〈イカヅチ〉の清掃も任せた――そういう報告にして置く。」


「異存は無いな若造?」


 俺はやっちまって以降、暁艦隊指令こと工藤大尉に聖剣コル・ブラント】掃除のついでの名目を粛々とこなす。

 連行されているのだが、大尉の指示があればそこかしこを清掃している――うん、大掃除の点ではなんの間違いもないな……(汗)


 つい先程からへ格下げとなった俺は、そう呼ばれても自粛するしかない踏んだり蹴ったりな醜態しゅうたいだ。

 しかし艦内の掃除を受け持つと言う意味では、ある意味非常にほまれな事は知っている。


 あの〈鬼美化のナスティさん〉が、【聖剣コル・ブラント】の艦内でどれほど優遇されているかを考えれば掃除担当は名誉――若造と言う扱いは、俺自信が格下げされているのに他ならなかった。


 【聖剣コル・ブラント】のほこる超大さに比べ、〈イカヅチ〉は軍艦で言えば駆逐艦級のサイズのため、あの巨大な剣を思わせる艦からはかなり小さく感じる通路。

 薄い蒼を基調とした、清潔な機械壁にはあまり違いは見当たらないが――やはり通路だけでも3分の1ぐらい細ければ、かなり小さな艦に感じる。


 だが逆を言えば、迅速な任務に対応するためのスピードに関しては俺の感覚で見ても、非常に有利に働くと直感する。

 そこはやっぱり、救急救命艦の名は伊達じゃないなと感嘆した。


「時に若造……お前は最初の【霊装機セロ・フレーム】搭乗の折、大敗したと聞く。――しかしいまだその機体に乗っているのは如何いかな理由だ?」


 唐突に立ち止まる大尉――そして質問までも唐突であったので、一瞬考えてしまったが――大尉の声調が、俺の真意を測ろうとしているのに気が付き――


「俺は……あの機体に乗って、自分がどれだけ世界を知らないかを思い知りました。けど――」


「……けれど俺に、あの英雄が教えてくれたんです。言葉じゃない……自らの行動で。だから俺は――あの人が認めてくれた、自分の価値を試したいんです!」


 暁艦隊の総司令を名乗る男へ、思わず熱がもるほどに強く答えてしまい――直後に流石に恥ずかしくなった俺は、零れる汗と共にポリポリと頬をかく。


 その言葉を聞き、逡巡しゅんじゅんの後――悠然と振り向いた大尉から予想しない言葉が漏れる。


「若造――お前はをしたな。」


 〈良い負け方〉――勝利出来なかった事を蔑むでなく、敗北した点を褒められる。

 俺は今までそんな褒められ方をした事は一度も無い。

 だからこそ理解した――この大尉も、あのに負けず劣らずであると。


 勝利とは競技においては常に目指すもの――俺はその中で敗北する事なんてなかった。

 だから勝利の賛美は当然と、自分の才能に酔いしれていた。


 けど――宇宙そらでの、生きる戦いに勝利出来ぬ者を待つ物は〈敗北〉。

 そこでの敗北は死と直結する。

 任務の上死した事を賛美されても、そこに喜びなんて存在しない。

 だが俺は――最初の闘いでを喫した。


 大尉はそれを踏まえ――それでいて俺が決して諦めず、自らを一から鍛え直すために立ち上がった事を褒めてくれた。

 自分を見つめ直した事を――そして諦めずに立ち上がった事を賞賛してくれたのだ。


 その思考に達した俺は、このもう一人の英雄へ心からの謝辞を込め頭を大きく下げていた。


「あ……ありがとうございます!」


 勢いよく頭をれた俺を、前へ向き直りつつ悠然たる流し目で一瞥いちべつする大尉――再び艦内を誘導する。

 俺もそのまま贈られた賛美に答える様、本来の作業ではない〈イカヅチ〉の艦内清掃に精を出す。

 それ以降の清掃作業――罰でやらされていたはずの作業が、知らず知らずに熱の入る真剣作業へ変わっていた。


 程なく大尉が立ち止まる通路脇の大扉。

 狭い通路の天井ぎりぎり――通路壁に設けられた重厚な二重扉が、脇に設置された認証パネルで暗号入力後重々しく開かれた。


 そこは駆逐艦級とは言え、そこでもっとも重要となる場所――救急救命の勇者達が常に出撃待機する格納庫。


「かの【聖剣コル・ブラント】に比べればこの程度の格納庫――大した事もないだろう。だがここが、【救いの御手セイバー・ハンズ】の勇者達が駆るを格納する場所だ。」


「ちなみにこれは機密でもなんでもない。民間情報として一般公開される事例ゆえ、気を張る必要はないぞ?」


 暁の指令はそう述べた――けど、を目の当たりにして俺は違うベクトルの気を張り詰めた。

 確かに一般公開された情報通りの機体が格納されている。

 サイズ的にも【霊装機セロ・フレーム】に搭乗した自分からすれば見劣りする――全長は10mにも満たない、人型ではあるがむしろ重作業用マニピュレーターに近いと称された物。


「これ……!見た事あります、あの【アル・カンデ】AGN放送の生中継でも活躍してた機体!」


 そこにあったのは、【アル・カンデ】でも数少ない広域通信放送――その中でニュースを中心とした番組を放映するA・G・Nアル・カンデ・グローバルニュース放送。

 頻繁に巻き起こる宇宙災害コズミック・ハザード情報を、いち早く民間へ知らせるニュース番組内でそれは映り――そして活躍していた。


「世間にとっては、歯牙無い裏の黒子に過ぎない。だが――」


「これは、我ら【救いの御手セイバー・ハンズ】の華である救急救命活動――それを支える友でもある機体。」


 あらゆる災害場所――時には戦場でさえ、国際救助の旗を掲げて宇宙そらを舞う白を基調とした機体に、赤のラインや装飾が躍る容姿。

 機体背部には救急救命専用設備を数多く内包する、独立式自動航行多目的コンテナ――確かこれで、要救助者数名を搬送出来るはずだ。

 民間救助機体――特殊次世代フレーム=セイバー・レスキュリオ=999。


 そしてその機体を見上げたまま、大尉は俺へ言葉を投げた。

 俺――というよりは、、だ。


「【聖剣コル・ブラント】艦隊旗艦総司令である月読つくよみ指令から、作戦概要は聞き及んでいる。我らの救急救命活動が発生した場合――同じく民間の扱いである、赤き【霊装機セロ・フレーム】との連携を取る手はずとなっているが――」


「公開情報で知りえているだろう――この機体には、命を救うための設備が満載されている。」


 言葉を区切る大尉。

 俺はそので理解する――きっと最低限の武装はあるだろう。

 だがこれはであり、では断じて――無い。

 即ちそれは、万が一戦場にこの機体で飛び出た際――国際救助の旗を掲げようと、極めて危険な状況に置かれると言う事だ。


 民間機体の扱いである、赤き【霊装機セロ・フレーム】。

 その含みが意味する言葉を理解した俺は、恐らく今の自分へ告げられるであろう大尉の宣言を真摯なる眼差しで待つ。


 そして振り向いた暁艦隊指令――その目には、先程俺を若造と呼んでいた時とは違う切実さが込められていた。


Αアルファフレームパイロット、紅円寺 斎こうえんじ いつき 少尉。我らが隊が戦場に出る事があったなら……その任務上の護衛を、へ全て委譲する事となる――」


「その時はどうか、我が暁の精鋭達を……その護衛をしかと頼みたい。」


 俺を貴君と呼び直した、上官に相当する階級の男が――懇願と共に頭をれた。

 彼らにとっては【霊装機セロ・フレーム】を駆る者は雲上の存在。

 それを差し引いても俺は新参も新参――初搭乗の際には、敵対者一人にすがるがやっとの半端者。


 その俺に、願い――頭をれるその存在は、まさに隊を思いやる歴戦の猛将。

 俺は真摯たるその想いへ思考する事無く返答していた。


「……任せて下さい。俺が――【救いの御手セイバー・ハンズ】を護衛して見せます!」


 真摯な猛将の懇願に、腑抜けた回答など出きるはずなんてない。

 また一つ――俺は【霊装機セロ・フレーム】パイロットとしての階段を登った様な気がした。 

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