第10話 遠き日の約束 蒼の胎動



「……そんな……!それでアルファフレームを……!?」


 止まった時の世界を叩き割る現実――目にした真実にただ驚愕する引きこもりの男。


「だがあれは、太陽系星団新法で厳重な法の管理下にあるんだ……!その管理者である【管理監督官】による認可も無しに起動なせるなんて……!」


 アルファフレームはL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおいて使用に際する制限付きの技術。

 フレームの正式な使用のためには、【観測者】と呼ばれる存在から各文化圏へ出向させられる、【L・A・T技術管理監督官】――言わば【観測者】の代行を勤める者より、技術使用の認可を受け初めて使用可能という制限がある。


 現在の世界で存在する【観測者】は、地球――地上に確認されており、その存在は太陽系全域において神と呼ばれる者の同格である、【霊格存在バシャール】と呼称される。


 その【霊格存在バシャール】である【観測者】から、この【アル・カンデ】を始めとするムーラカナ皇王国は【L・A・T技術管理監督官】によって、アルファそしてΩオメガの両フレームに対し稼働制限を設けられていた。


「……それが後で、どんな事態を引き起こすか分かっているはずだろっ……!それがどうして……!?」


 しかし今、このソシャールの危機に対しアルファフレームが起動された事実――【アル・カンデ】への、重大な責任問題に発展する危険は言うまでもなかった。


 事実は事実――だがこの大尉は、長年の引きこもりで頭の回転が鈍ってしまったのか、責任問題以前のが抜け落ちている事に気付かない。


 抜け落ちた事態――そのために、少女がどれ程の気持ちで彼の元へ、何度も何度も足を運んでいたのか。

 希望を託すため、大尉へ言葉を送り続けた少女――その相手のあまりの不甲斐無さに、背を向け――そしてうつむいたまま、絶望にも似た叫びを上げる。


「……決まってるじゃないですか……そんなの……。」


「ソシャールを護れる人が居ないからに……決まってるじゃないですかっっ!!」


 少女の叫びは鋭い刃となって、不甲斐無き引き籠りの男の心へ突き刺さる。

 心にともなったその痛みは、男の無様な発言を停止させるには充分だった。

 今更ながらに、その事実が脳裏に叩きつけられ――大尉は目を逸らすしかない。


「……すみません……。もう、あなたには……関係ないんでしたね……。」


 絶望の叫びは少女の心のたがを破り――あふれる悔しさなみだと共に、無残にも蹴散らされた想いを吐露とろする。


水奈迦みなか様は、ずっと信じてました……。あの時の事を忘れていなければ……、きっと彼は帰ってくると……。ずっと信じて待っていたのに……。」


 ヤサカニ 水奈迦みなかは、この少女ジーナよりも長い付き合いだったのだろう。

 大尉の事には、自分以上の理解がおよんでいる――それは懸命けんめいな少女にも分かっていた。


「私もそんな大尉にあこがれて……、Ωオメガフレームのパイロット……目指して必死で頑張って……。」


 【アル・カンデ】において神々こうごうしき存在であるヤサカニ 水奈迦みなか――誰もが畏敬いけいの念を持つ女性が、それ程までに信を置くパイロットならば誰もがあこがれる。

 きっとこの少女でなくとも、同じ道を歩んだだろう。


 ――それが裏切られた――

 少女の一方的なあこがれである――であるが、そのあまりにもあわれな結末に、言葉を連ねる少女の声が涙に詰まる。


「……でも、これじゃ……なんか私……バカみたいです……。」


 振り向いた少女の表情は、もはや希望もないと大粒の涙でゆがんでいた。


 心に突き刺さる想い――引きこもりの男は返す言葉も無く、ただ少女を見送る。

 男の記憶によみがえる過去――忘れようとしてもそのたびに悪夢の様な事実が、心をむしばんでいく。


「忘れるかよ……あんな事……。」


「忘れたくても……、頭から離れない……。」


 かつて大尉に登りつめたクオンは、Ωオメガフレームのテストパイロット。

 その当時共にしのぎをけずった親友が居た。

 だが親友は自分とは格の違う存在――【宇宙と重なりし者フォースレイアー】という、人類の高次元存在へと覚醒した姿である。


 おまけにその友人は、生まれながらの【宇宙と重なりし者フォースレイアー】であり、宇宙人そらびととしての最低限を下回るクオンにとって雲上の存在。


 クオン・サイガ――宇宙そらに住まう者として、極めて異例のDNA配列。

 彼は遺伝子覚醒率が最低とされる、DNA総合劣化症をわずらってこの世に生を受けた。

 それは何かが極めて悪いという症状ではなく、全てのDNAがという症状といわれている。


 ただ普通の日常を送る――それさえも、人より大きくおとる身体能力であった彼は、幼い頃が苦痛の日々でしかなかった。


「もう、たくさんだ……あんな事……!」


「(勝志かつし……!)」


 そんな彼が少し大人になった時門をたたいたのが、当時の【あかつき・コーポレーション】である。

 DNA総合劣化症でありながら、幼き彼が夢に見た物――それは特殊機体のテストパイロット。


 しかし、その頃同じくテストパイロットに志願していたのが、無二の親友【御堂勝志みどうかつし】、DNA総合劣化症のクオンと生まれながらの【宇宙と重なりし者フォースレイアー】である勝志――どちらがそれに相応ふさわしいかは誰の目にも明らかであった。


 だが、奇跡は唐突に起こる――当時テストを行っていた機体はL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー中最も強力とされる特殊機体、【グラディウス】シリーズ・コードΩオメガ


 その機体をめぐって起きたトラブルも関係し、御堂勝志みどうかつしがパイロットを辞退――そこに二次候補として志願していたクオンが、晴れてテストパイロットの座を会得した。


 クオンのパイロット昇進と、それが意味した物――ムーラカナ皇王国の歴史上始まって以来の奇跡。

 ソシャールで生きる【身障者】が、宇宙そらで活躍する表舞台に立ったという事実。


 のちに彼は【身障者】のみならず、ソシャールというコロニーで生きる者全てに、希望を与えた英雄と称されたのだ。


その矢先――



》》》》



 8年前のあの日――オレは、パイロットを任されたΩオメガで緊急任務に就いた。

 テストパイロットなのに、だ。


 その日A・Fアームド・フレームの大半は、【アル・カンデ】宙域に飛来していた小惑星群対応のため、C・T・Oにより駆り出されていた。


 のちの話では、仕組まれたとされる事件――【あかつき・コーポレーション】研究プラントへの小惑星飛来の危機。


 C・T・Oの軍により展開された、A・Fアームド・フレームによる対宇宙飛来物防御網がソシャール【アル・カンデ】をはさんで間逆に位置していた頃、研究プラントへ緊急アラートが鳴り響いた。


「(あの時――想像を絶するΩオメガのシステム制御にはばまれ、満足な成果を出せなかった。けど……その事態――小惑星飛来……研究プラントの危機を前に、オレは出撃を選択する以外道はなかったんだ……。)」


 自分以外、誰一人その事態への対応が出来ない状況――けど、あいつだけが軍より駆けつけた。


 仕組まれた事件の被害者――スパイ容疑で皇王国より強制退去(それでも寛大な処置)で【アル・カンデ】を出る準備をしていたからだ。


 御堂勝志みどうかつし少尉――あいつと同行していた、上官であるカッドラス・ジェリン・ジェイドルス大尉が事件の全容をいち早く察知し、部下を援軍として向かわせていた。


「……援軍……。超高速で飛来する――クラスC以下の小惑星。そんなサイズでも、研究用にいくつもの小コロニー群を備えるあのプラントはただのまと――かすめただけでも甚大じんだいな被害は明白だった……。その事態に対してたった一人の援軍は、事実上意味を成さなかった。」


「その危機に――オレは満足な機体制御も出来ずに右往左往うおうさおう。きっと勝志がΩオメガに乗っていれば、あんな事にはならなかった……。」


 勝志が搭乗していたのは――A・Fアームド・フレーム発展型・軍下士官訓練用の準正規フレーム。

 おまけに【アル・カンデ】退去のため、ろくな装備も備えていない三流機。

 軍払い下げの装備を、用立てて駆けつけていた。


 せまる小惑星――けど、あの瞬間の事はよく覚えていない。

 突如として襲う無数の衝撃――アラートが鳴り響き破損した、沈黙寸前のモニター。

 額を大きくえぐった傷から溢れ出る鮮血で、右目が赤く染まる中――電源が切れるモニターに一瞬移る漆黒の機体。


 朦朧もうろうとし意識が途切れる寸前、自分の中でそれは仕組まれた事だとぎって落ちた。


 Ωオメガを衝撃が襲うまでは――そのモニターに、あいつが三流機体で一人小惑星へ向おうとする姿が映っていた。

 成功すると誰が思えるか――そんな状況で。

 それでもあいつは――


「……あんな……」


「……!?」



》》》》



 切実な、少女のうったえも虚しく――引きこもりの男は、ただ通り過ぎた過去の記憶を振り返る事で、自分を自虐する。


 あの時はどうする事も出来なかった。

 それは自分のせいであり、あまつさえ親友を救う事すら叶わなかった、と。


 ただひたすら――8年もの間、その過去にさいなまれて来たのだろう。

 決死の想いで託された、一つの願いも聞き逃す程に。


「……あ……んな……?」


 暗い闇の中、誰も彼の作った心の殻を破れる者はいなかった。

 それはΩオメガという物――その存在の意味を、正しく理解出来ていなかったからかも知れない。


 L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーに――その結晶Ωオメガフレームに関わらなければ、そこにある宇宙の真理に触れる事すら叶わないのだ。


 宇宙の真理。

 そこまでは遥かに遠く――扉に手を掛けた程度であろう。

 Ωオメガを目指した少女の言葉は、男が作った心の殻――そこに希望というヒビを入れる事に成功する。


「……オレは何……をしている……!……忘れていない……だって……!?」


 その希望というヒビはささいな物。

 だが――今の彼にはそれで充分であった。


『(……じょうぶ……。)』


『(ボクは……大丈夫き……っと帰る……。だから……)』


 彼の心の殻の外――ずっとその時を待つかの様に寄りっていた、親友の切なる願いの言葉で、閉ざされた殻がいっきに砕かれる。


『(君は……自分に負けないで!)』


「オレは……こんな所で……いったい何をしているんだ……!!」


 時が止まった歯車――その宇宙そら歯車ギアは、自らへの叱責しっせき咆哮ほうこうと共に小さくとも――力強き炎をともすのだった。

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