第8話 炎陽の拳と戦狼の拳



「あのフレームの武装は予想出来た……!オレがやっていいって事だよな……隊長……!」


 眼前に獲物を捕らえた狼の様な眼光――操縦者が新米ではあるが、その機体は確実に格上。

 戦狼と呼べる男の機体と比べても戦力比は歴然であった。


『戦いたいのだろう……?戦士と……。最もがそうかは保障しかねるがな……。』


 部下の性分しょうぶんを十二分に理解する隊長ヒュビネット――その手の平で操るかの様に、戦いに飢えた狼をあおり立てる。


「心配は無用……ってやつさ……!」


 隊長機のあおりも、むしろ好都合とばかりに戦狼の様な男――アーガスの機体出力が跳ね上がる。

 そして臨戦態勢――機体両腕に薄く光る膜状の何かをまとい、咆哮と共に突撃する。


「この拳で確かめるまでだーーっっ!!」


 アーガスの動きに同調し攻撃体制に入るも、砲撃主体のユーテリス機は隊長の制しで後方に待機する。


「っ……!?突っ込んで……!?」


 戦狼の突撃にきょを付かれた格闘少年も、一瞬遅れて何とか構えを取る。


 神倶羅かぐらの調整により、少年の動きに合わせたかの様な防御部位へのピンポイント障壁が展開――戦狼の一撃をからくも受け止めた。


 だが――


 止めたはずの拳――正確にはそこにまとった薄発光のが超振動を開始。

 それに共振――相殺そうさいされた【ミストル・フィールド】が重力子を保てなくなり消失し始める。


「これは……!?【M・V・Bモノ・フェイズ・ヴィブレーション・ブレーカー】……っ!!」


 崩れ去る重力子フィールドに、大尉 神倶羅 かぐらは記憶の片隅にあった、兵器の情報を搾り出す。


 G-3アーデルハイド同様に、【ミストル・フィールド】を介し発動するシステムで、単一の分子が同系の防御フィールドに干渉・相殺そうさいするシールド破壊技術である。

 重力子は波であるが、そこへ反位相の波を超振動を干渉させる事で打ち消し――さらにその発生元である【ミストル・フィールド】膜を、振動により分子構造ごと防御膜状態を破壊したのだ。


「……んな!?……マジか……!?」


 防御可能のはずが、襲撃してきた戦狼の機体に無かった事にされ、防御の上から一撃をもらい――後方へ弾き飛ばされるG-3。

 しかし、異変はそれだけではなかった。


『まだだぜっ……、オラァーッ!!』


 間髪入れずに戦狼の二撃目――拳の振りはさしずめボクシングのそれであるが、かなり我流の色が強い。

 であれば、本来総合格闘術を生業なりわいとする格闘少年にとっても対処は可能――そのはずが、ろくな防御も出来ずにさらに後方へ押し出された。


「……痛って~!……シールドが……弾けた!?」


 G-3コックピット内は下部からせり出す自在に可動する支柱に体を預け――それを起点に操縦するなんとも奇怪なシステム形状である。


 さらには、操縦者が身体を動かすと足元は回転、視界もそれに反応した方向を映し出す、さしずめ全身方立体映像操縦システムと呼べる物である。

 衝撃や反動まで再現しているため、操縦者はコックピット内で相当揺さぶられる事にはなるが。


『あれは【M・V・Bモノ・フェイズ・ヴィブレーション・ブレーカー】――超振動で物質の分子結合に干渉、粉砕するシステムよ!』


『重力子は反位相の波で……【ミストル・フィールド】は超振動で……!これではフィールド防御も……』


『じゃ……じゃあ、攻撃が防げないんですか……!?』


 大尉の言葉をさえぎいつき――綾奈あやなのサブコックピットに少年の異変への悲痛が響く。


綾奈あやなさん……それ、まずいです!今のガード……機体が重くてまともに防げなくて……!』


「……!!」


 その異変――格闘少年がろくに防御もできず、弾き飛ばされた要因。

 機体の各部調整が全く馴染んでいない――だが通常のパイロットに適合する程度の調整は大尉によって終えていたはずである。


「そんな……!?一般操縦者用のセッテイングではついて行けない程なの!?」


 それは操縦者である紅円寺 斎こうえんじ いつきが、【アル・カンデ】でもまれに見る――百年に一人と言われる天才格闘家の素養を持つ事に由来する。

 単純な強さを評価した物ではなく、反応速度や柔軟性――なにより一般の者より格段に広い視野と応用力を持つ事が評価されている。


 現にそれを体現するかのごとく、なんの訓練も無しに【霊装機セロ・フレーム】を操縦しているのが確たる証拠であった。


「……ならっ……!」


 神倶羅 綾奈かぐら あやなという女性――普通ならば、その異変に対応出来ず八方塞はっぽうふさがりになる所。

 だが彼女もまた、格闘技に精通する有力者――その中でも生粋の専門家。

 地上は三神守護宗家出身で、有事戦闘――特に超法規活動を生業なりわいとする者であった。


いつき君……聞こえる……?」


『あっ……ハイっ!』


 メインパイロットへの通信と共に、彼女が座すサブコックピット内全面をおおいいつくす様に、立体投影されたモニター群が浮かび上がる。


「私が今から、Αアルファフレームのセッティングを斎……《いつき》君専用にチューニングするわっ!」


『……チューニングっっ!?』


 会話を進めながらもこの大尉――凄まじき速度で各モニターへ現われるパラメーター調整を開始した。


「キツイかも知れないけど、そのまま戦闘を続けて!あと、機体の不調を……そうね……自分の体に例えて、どこに不調を感じるか私に伝えて……!」


『体の不調を……ハイ!分かりました!』


 大尉の言葉に、重く鈍重に感じる機体を引きずる様に――しかしひるむ事無く格闘少年は前に踏み出す。


「よし……、オレのやれる限りでやってやる!G-3……行くぞっっ!!」


 とはいえ、相手の機体はよくセッティングされている。

 SV・Fシヴァ・フレームの新型機構もあいまって、相手機体の動きはパイロットの生身のクセを見事に再現しているのではと思わせる。


 それに対して――


「くっ……体が重い……!どこも反応が2テンポ遅れる……!」


 何をどう間違ったのかこの【霊装機セロ・フレーム】――鈍重なそのさまは、防御をこなすのがやっとの状況である。


「各部H・A・Cハイ・マニューバ・アクセルカバー、リミッター解除……E・Bエネルギー・ブースト、H・A・Cへ10%ブースト……!」


E・Sエレクトリック・サスペンション12%ブースト……S・Bスタビリティ・バランサー3レベルアップ……」


P・S・Rパルス・センシング・リアクター3レベルアップ、圧力系S・Rサブ・レギュレーターでサポート!」


 大尉の調整で次々とクリアされていく機体パラメーター――だが、相手はそんな事はお構いなしで連打の応酬を浴びせてくる。


『何だそのトロイ動きはっ!』


 後方に下がり態勢を立て直し、再び突撃の構えを取る戦狼の男。

 それに対応するも、G-3アーデルハイドにまたも不調が発生する。


「……今度は出力が……!?」


 戦狼の突撃――防御が弾かれ始める。


『くそっ……!ダメだ……っ!』


『手足は軽いのに……体が前に動いてくれない……!』


 辛うじて動く手足で、攻撃ををいなそうとする格闘少年から、再び悲痛の叫びがあがる。


「スラスターに出力が回っていない!?……なら、F・Sフライト・システム解除!飛行用の出力をほぼ、機体の運動制御に……!!」


「今っっ!」


 綾奈あやなの声と同時に、全パラメーター調整完了のアラームが響く。

 オールクリアー ――いつきのコックピット内モニターへ、完了コンプリートの文字が光る。


 目の前には、大振りで大破級の一撃を見舞おうと突撃する敵機体――刹那、格闘少年の瞳が見開かれた。


 戦狼のごとき男アーガス。

 いくら攻撃しても手ごたえのない【霊装機セロ・フレーム】とそのパイロット。

 すでに、きょうが冷めたと言わんばかりにとどめの一撃を放つ。

 先ほどから鈍重このうえない機体――最早仕留めたも同然の一撃が外れる訳もない。


 が――その攻撃が空を切る。

 鈍重であったはずの赤き機体が視界から瞬時に消えた――否……それは――


 攻撃に振るわれた腕の力を生かし、流れる様に払われると――

 赤き機体が視界の先……沈み込む動きで機体のその背を、戦狼側の機体胸部に滑り込ませた刹那――


「はっっっ!!」


 赤き機体は一陣の衝撃と化す。

 気合と共にG-3が背中から、戦狼の機体――沈みこんだ位置から体当たったのだ。

 その衝撃は強烈そのもの――戦狼の機体が大きく後方へ文字通り


「なっっ……!?」


 待機するアーガスの同僚、ユーテリスも一瞬何が起きたのか理解するのに時間を有す。


「――アルファフレームっ!!」


 赤き機体の威力偵察と言わんばかりに、部下をけしかけた隊長機。

 そのコックピット内で――エイワス・ヒュビネットは未知の性能を持つ赤き機体、そしてそのパイロットにゾクリとした戦慄と同時……例え様も無い興味が沸き上がっていた。


「……SV・Fシヴァ・フレームを……弾き飛ばした……!?」


「凄い……!」


 全てをモニタリングしていたC・T・O軍・オペレーションルーム内にもどよめきが起こる。

 今まで防戦一方であった頼みの綱、その鈍重な動きに肝を冷やしていた所に、一転――まるで全てがなかったかの様な、強烈な一撃で敵を制する。


 その中にあって、指令である月読つくよみ――そして水奈迦みなかの表情は、依然として険しいままであった。


「……な……何だなんだ……今のは!……ありえねえだろそ……んなの!」


 完全に背を地に着けさされた戦狼――各部に発生した損傷を引きずりながら、機体を強引に起こす。

 今その現実が一番信じられないのはこの男――アーガスだ。


 自分の機体を弾き飛ばした赤き炎陽の機体、ノイズ交じりのモニター越しで見ても明らかな


「……まるで生身の人間じゃねえか……!そんな動き……機械じゃ絶対、あり得ないって奴だろっっ!!?」


 その攻撃を発したと思われる構え――機械などではあり得ない程に、足腰の重心・体幹バランス……しなやかなる関節可動領域に至る所全てがその物であった。


 男は信じたくもない――だが現に、生身の武道家さながらの攻撃で叩き伏せられたのである。


「……オレ……、アルファフレームに乗ってるのに……。今の攻撃――なんか、自分自身が敵を吹っ飛ばしたみたいな……。」


 信じられない事態を、戦狼の男同様に感じる格闘少年。

 学園の授業で知識として学ぶA・Fアームド・フレームは、無人のオートマニピュレート式――遠隔操作で運用する作業用ロボット。

 しかし今少年が搭乗する機体は、その程度の認識情報が吹き飛ぶ現実。


「すげぇよ……コレ……!マジすげぇ……!」


 その身で体感した現実が、徐々に少年の心に高揚をもたらしていく。


 そうした状況を、冷静に見守るC・T・O軍を司る司令塔 月読つくよみ大佐――少年の高揚とは打って変わり……未だ断てぬうれいに眉根を歪める。

 憂いのままに敵隊長機の只ならぬ気配を感じ取り、【アル・カンデ】管理者の女性へ言葉を飛ばした。


「……このまま上手くは……」


 大佐の意を、深く理解する女性が静かに返す。


「運びまへんやろな……!」


 盛大な威力偵察――

 その成果にご満悦の敵隊長エイワス・ヒュビネット――最早必要な情報は入手完了と言わんばかりで、成り行きに区切りを付けにかかった。


「時間切れだ……!」


『た……隊長……!?』


 格闘一本の同僚への支援を制された女性パイロットも、行動原理の読めぬ隊長にいささか困惑を顕とする。


「まずまずの余興……なかなか見せてもらったが――残念だ。どうやら……オレのゲームにお前は必要無いと判断した……。」


 一連の襲撃をという短絡的な趣味嗜好で表現する隊長機。

 しかしそこには常人では想像だにしえない……彼にしか見えぬ行動原理が含まれているのか――

 

 そして――


「ここからが、オレのゲームの始まりだ……アルファフレーム!!」


 これより始まりとの宣言と嘲笑を浮かべ――彼のゲームが開始された。

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