第7話 霊装機



「……!すげぇ……!」


 ソシャール内部カタパルト――解き放たれたそのゲートより、赤炎の機体が飛翔する。

 A・Fアームド・フレームと一線を画すその赤炎の者に搭乗するは、今しがたスカウトされ始めてそれを見た少年――紅円寺 斎こうえんじ いつき


いつき君よく聞いて……。この機体は本来起動予定はかなり先――つまり起動する際の調整がほぼ未調整、このままでの戦闘行為は的になるだけ……。」


 未調整を裏付ける様に、ひとまずは飛行に成功した状態で滞空たいくうしたまま調整を開始す 神倶羅 かぐら大尉。


「だから私が戦闘エリアに付くまでに全て終わらせ――戦闘突入後も引き続き、出力調整を継続するわ……。」


 少年はまだフレームという物の操縦以前に、触れるのも初めてである。

 しかし、その始めてである点を帳消しにするD・M・Q・Tダイレクト・モーション・クオンタム・トレーサーシステム。

 滞空たいくう状態でその感触を――を確認する。


「その間――君一人で彼らを相手にしなければならない……。」


 その全てが初めての少年に、サポートオペレーター役である大尉は無理難題を吹っかけた。


「ぶっつけ本番――それでもいける?」


 何の訓練も受けていない少年――それでも学園では軍の選抜に関係する、武術部出身である。

 頼れるのは自分の拳のみ――それに賭けて学園一の天才拳士は、大尉の言葉へ返答する。


「これって……、緊急事態でしたよね……。」


「なら……今オレがやらなくて、誰がやるんすかっ……!」


 少年の拳が決意と共に、グッ!と握り締められる。

 その格闘少年の言葉は、サポートを行う大尉にとっても頼もしい決意。

 心の中でささやかだが、安堵した大尉は全力で霊装機セロ・フレームのシステム調整に入る。


「分かったわ……、頼りにさせてもらうね!」


「じゃあ……、いつき君!目標ポイントを送るから、そこに向かって……!敵侵入場所はここ……第二工業区画22エリア……!」


「了解……!G-3……行くぞっっ!!」



》》》》



 赤き機体が居住区画――そこを抜け目標区画へ向かう姿を、高層建築の頂上――ただじっと見つめる影――


 その出で立ちは、はた見に幼さを感じる体躯。

 ゴシック調の白と黒が入り混じるドレスをまとい、薄桃色の全身と同じほどの髪をなびかせる少女。


 だが、その唇から紡がれる声はまるで宇宙に響く、高位の者の啓示である。


「赤きセロに……、太陽のごとき炎が宿ったか……。」


 高位の者――【霊格存在バシャールしくは【観測者】と呼ばれる存在は、この太陽系を始めあらゆる宇宙の星系において、生命の行く末を管理する者とされる。

 各星系で、呼び名や立ち位置・役目に相違が認められるが、ほぼ同じ使命をになうと考えられる。


 この幼き少女の体躯をした者からも、それらと同様――高位存在特有の強力な【霊力震ヴィヴレード】が伝わる。


「さて……。」


 高位の者である少女が立ち上がると、その高き場所から望めるとあるマンションを見据え――そして独り謎の意を込め呟く。


「……歯車は……まわるかのう……。」


 マンションの一角、高位の者が見据えた先――それはあの引きこもりの男が住む部屋。

 高位の【観測者】である者が、何かしらの望みの様な物を込めるも、未だ一室の中の男は無気力な瞳で、ただ静かにたじろぎもせず時を過ごす。


 ――動かない、時の歯車――


 そこに現れる、ただ一つの小さな光。

 その男の歯車に引き寄せられる様に、一人の少女が中型バイクでそのマンションに乗りつけた。



》》》》



 【ザガー・カルツ】が侵攻を開始して程なく――今まで必死の抵抗と出撃された、なけなしのA・Fアームド・フレームが突如として存在も感じられなくなる。


「おいおい、何だぁ……?……打ち止めかよ……!」


 ひとしきり暴れていた格闘タイプのSV・Fシヴァ・フレームに搭乗する、アーガスは只でさえ物足りない所に来ての状況に毒気を抜かれる。


『隊長……、こんなにあっさり引き下がるなんて……変じゃない……?』


 砲撃主体SV・Fシヴァ・フレームのユーテリスは、それなりに勘を働かせる。

 突然止んだ抵抗には、やはり疑問がぬぐえない様だ。


 だが――【ザガー・カルツ】隊長は全てが見えているのか、その先こそ本番とばかりに部下へ注意をうながす。


「……フッ……。かの名高き【宇宙災害救済機関セイバース】。……このまま黙っているものか……。 」


 隊長ヒュビネットをして、と言わしめる防衛軍C・T・O。

 この木星圏を初めとする各ソシャールでも、その活躍は名を轟かす機関。

 彼らの活動を称え与えられた名が【宇宙災害救済機関セイバース】であり、隊長ヒュビネットが最も危険視している組織なのである。


 その危険視している全容が、やがて【ザガー・カルツ】各機のモニターへ緊急アラートと共に知らされる。


「奴らの頼みの綱――本命の登場だ……!」


 ソシャール【アル・カンデ】を我が物顔で侵攻して来た【ザガー・カルツ】部隊員達は、颯爽さっそうと飛来し――その眼前に立ちふさがる異様な姿――赤き機体に戦慄せんりつした。


「こ……れ……!A・Fアームド・フレームじゃ……ない……!?」


「……赤い……【霊装機セロ・フレーム】……!マジかよ……!」


 目的地到着間際――かろうじて機体制御を終えた大尉 神倶羅かぐら は敵対する者らに、名乗りと警告を発する。

 この様な事態でも、対話による争いの終結こそが望ましいと判断し、アーデルハイドの構えを取らずその姿のみで制する。


『こちらはC・T・O災害対策部所属――神倶羅 綾奈かぐら あやな大尉・・』


『ボンホース派所属部隊【ザガー・カルツ】へ……。この武力行使は、すでに重大なテロ行為に匹敵します……。』


 真にこの対話のみで事が成せば、【霊装機セロ・フレーム】を――その本来の任務から逸脱した状況に投じる必要などないのだ。


 しかし――無情にもC・T・O所属大尉の考えは打ち払われる。


「直ちに――」


「――っ!綾奈さんっっ!!」


 大尉の投降をうながそうとする言葉を聞くまでもなく、【ザガー・カルツ】隊長は機体の半物質化重機関砲セミ・マテリアルズ・マシン・キャノンアルファフレームへ向け――警告途中である赤き機体を、何の躊躇も無く強襲した。


いつき君、ガードっ!!」


「くっ……!」


 半物質化した弾頭の乱射――目標は赤き機体であるが、威嚇レベルで精密さの欠片も無くばら撒かれた弾丸へ、咄嗟とっさに反応した少年は流石に格闘家。

 神倶羅かぐらも歴戦の勘で素早くアルファフレームの防御機能【ミストル・フィールド】を緊急展開する。

 広域防御より高速展開が可能になるモード、格闘少年のガードに反応する様調整した結果、少年の意のままにピンポイントガードが可能となる。


 そしてすんでの所で、敵隊長機の重機関砲弾は全てそのシールドに弾かれる。


「ほう……。」


 余裕の敵隊長機――あからさまな挑発をして見せているが、その眼は初見の新型機への対策としてあらゆる動きを叩き込む――そんな意思がチラチラと見え隠れする。


綾奈あやなさん……これって、シールドってやつ!?」


 突如発生した薄発光の膜――少年は、未だ未熟な知識を引き出しながら状況をパートナーへ問う。

 その格闘少年――敵に対して機体調整が不十分な事もあるが、余裕は欠片も存在していない。


『ミスト状の、ナノマシンフィールドを介して発生させた……重力場による防御障壁ディフェンス・シェルよっ……!』


「(そう……、問答無用って訳ね……!)」


 サブコックピット内で、素早く少年の問いへの要点を説明する 神倶羅 かぐら大尉――期待は破られると思ってはいたが、話し合いの余地も無い敵隊長機の態度には、覚悟を決めざるを得なかった。


 【霊装機セロ・フレーム】とは――ムーラカナ星皇国でも、まずお目にかかる事が出来ないL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおける禁断の技術に連なる機体を指す。

 有人型の量産機体でさえ、この宇宙各国内での種類は数える程しかない中で、【霊装機セロ・フレーム】に至ってはL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー技術を使用するために、【観測者】に仕える技術管理者からの認可が不可欠である。


 その認可を得て初めて使用可能となる、国家における最高機密に相当する技術。

 それを目の当たりにした【ザガー・カルツ】隊長は、眼に――脳裏に焼き付けようとする。


超対称性重力子グラビティーノ感応型……【震空物質オルゴ・リッド】搭載の……、高位相転移反応炉グリーリスか……!」


「ずいぶんとまた、物騒な物――持ち出して来たじゃないか……C・T・O!」


 あえて口に出しながら、機関の説明を説く隊長ヒュビネット。

 何かしらの意図を持った行動である。


『隊長……ありゃ何の冗談だよっ!?』


『【霊装機セロ・フレーム】っていやぁL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの結晶じゃねえか……!』


 さしものアーガスもたじろぐ。

 機体の詳細情報は、機密事項により確認出来ぬとも、それがL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー技術による物である事は、軍事関連従事者なら誰もが耳にしていた。


霊装機あんなもの相手にしてたら、SV・Fシヴァ・フレームが何十機あっても足らねーぞっ!?』


 その隊員のあせりも、隊長ヒュビネットは嘲笑ちょうしょうを浮かべながら軽くいなす。


「ああ……。この戦力差、確かに厳しいな……。」


『……おっ……おいっ!?』


 総合的に見ても、ボンホース派が新たに導入した、戦略型有人機体は非常に優れた最新鋭機である――が、それはあくまで 【霊装機セロ・フレーム】を除いた基準であるため、アーガスの過剰な例えもあながち外れではない。


「だが――」


 隊長機はその本質を見抜く――アルファフレームより発せられた声は二つ。

 そこより見出す解――


 一方が操縦し、もう一方が機体調整を行っている事――

 その操縦者の動き、紛れもない素人しろうとである事――


「向こうのパイロット……思ったより新米の動きに見えるが……?」


 隊長の声にハッ!となり、同じく事の本質を見抜こうとするアーガス。

 覚悟の上と地上へ降り立つも、姿勢制御が覚束おぼつかないΑアルファ――視界に映るそれが、格闘型機体の男へ余裕の笑みを生み――


「……はっ……なるほど!……立って構えるのも一苦労ってヤツか……!」


 隊長と同じく、その本質に辿たどりついた男に消えかけていた闘志が宿る。


「……そういう事か……!こりゃいい……こいつはオレの相手って事だな、隊長……!」


 闘志を再び燃え上がらせる男アーガスは、搭乗する格闘型のSV・Fシヴァ・フレームを操り――近接戦闘上等の構え。

 そして――赤き【霊装機セロ・フレーム】に狙いを定め臨戦態勢に突入した。

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