アバンドゥンド・マイン

ボトムズ・ハインウェイは山裾に何らかの影を認めた。

彼の家は山の天辺に近い所に建っていて、ここからでは鉱山の中腹、下腹はぼやけて見える。標高がおおよそ200フィートあるので、ボトムズは魔術で麓の様子を見る。


街の人々は鉱山へ出向き――新しい金鉱床が見つかっと言う報せが届いているためだ――鉱山技師であるボトムズも調査に出る所だったのだが、その矢先に思わぬ来訪が見えた。少しくらい遅れても文句は言うまい、と思い直し、彼は唱えた。

ケイトへの話の種にもなるだろう。

rollinrollin襤褸風車ragid windmill、おthereis notower最早無of power,no where!い」

詠唱に応え、ブラック・ボックスにプロトコルがインプットされる。脳漿の闇へ、象られた力が流し込まれる。頸の付け根に埋め込んだ魔力媒体が微かに熱を持つ。

次いで、ぐぐうっと、意識が闇に引き込まれる。それは精緻かつ稠密に、ボトムズの正常を奪いにかかる。だ。

目をきつく瞑って、一秒ぐっとこらえた。すると、吐き気も頭痛もさざなみのように退いていく。最初に魔術を覚えた時には突然のこの感覚に驚かされた。

丘の上の小さな家で、目をきつくつぶって酔いから逃げる癖は今でも変わっていない。何もしなくても自然に退いて行くという奴もいるし、そもそも酔わないという者もボトムズの同僚のうちには含まれていた。

最もその同僚はMOAの執行部アンダーテイカー付きの才媛で、何の因果か偶然ストゥの作品を愛読しており、それが切欠で少し親交を交わした程度なのだが。あんな部署―――複数の魔術士と渡り合ってあまつさえ引導を渡す、なんてイカレ共の仲間と、言葉を交わしていたことすら未だに信じられない。

木っ端兵士がジェネラル・リーと杯を酌み交わすようなものだ。そもそもの土台が、生物としての基礎が違うのだ。

そんな回想を一通りし終えた所で、術式が立ち上がった。


ボトムズは自身を穴掘り屋、つまらないおん襤褸ぼろ技師だと規定しているが、だからこそ...こと採掘や発掘にかけて一かどだという自負を持つ。

視界がゆっくりと狭まって、確と焦点が合い、また拡がり―――脳みその神秘の片鱗から漏れ出でた、仮想の照準が眼前にブリップする。

オートアイリス、オートフォーカス、立体投影、魔術的視神経コネクト...オール・グリーン。

ここまでが、ブラック・ボックスの中で瞬きの間に行われている。

「ええと...倍率20。撮影、透過なし」

自己への指示、ある種の催眠を呟いて技師は魔導の義眼を凝らす。

ボトムスが使っているのは干渉・光節導式に連結導式を加え、更にある程度のアソビが効くようにした汎用魔術「望遠鏡テレスコープ」の改良───彼は「万華鏡カレイドスコープ」と呼んでいる術だが、現役時代にはこれに助けられた。

ぎゅん、と視界が収縮し、人影の顔を捉える。

若い。強靭そうな馬に乗っている。まっすぐにこの街を目指しているようだ。

首許には無骨な風防眼鏡ゴーグルがかけられている。

少し汚れたストールを巻いているが、長さが余るのか右半身が足元まですっぽりと隠れていて、右肩で外套マントを羽織っているようだった。そこから時折覗く少年の腕は、ぎらりと鈍色に光っている。

アレは蒸気義手だ。

しかも、かなり際物の。

黒いズボンは両腿に二本ずつのベルトがあしらわれ、脹脛の半分辺りからは、革の軍靴にきつく靴紐で締め付けられている。ブーツには何らかの紋様が彫り込まれており、良く見れば爪先や踵、足の側面には蹄鉄。

否、そもそもからして、軍靴全体が内側から鉄板で補強されている。

彼の目ならばそれがわかる。そこに込められるであろうものの正体だって、子供みたいにいやいやをしてもわかってしまう。

この時既にボトムズはうんざりしていた。

このガキはどうせあのイカした脚で何人も蹴り殺しているだろうし、義手だって少し透かし見たらとんでもない造りになっていた。あんな物、MOAの化け物たちでも作れるかどうか解らなかった。

いや...神経工学部ニューロティクスの長、ジョージア・クロウであればひょっとしたらやってのけてしまうかも知れないか。

しかし、彼は事故で半身を麻痺したと聞く。

ジョージアがダメ、となると...

少なくとも彼の知る限りでは、あんないかれた代物を作れる人物は同じくMOAの魔女、ベルベット・サーストンとその愉快な仲間達だけだ。

義肢工学部プロシティクスは蒸気と鉄のアロマを伴侶にした変態どもの巣窟だった。

イギリス辺りの蒸気鍛冶なら恐らく当てはまる人材は二、三桁上がるだろうがしかしここでは...米国最高の魔術研究機構でその程度だ。


あいつは魔術士だ。しかも、かなり訳ありの。

そうでなくともこんな所に独りで来るのは、大抵が脛に傷持つ者ばかりではあるのだが。

眉をひそめつつ、ボトムズは更に「万華鏡」の範囲をしぼり、少年を偏執的に観察する。

これも彼の悪癖で、鉱山技師は慎重でなければ正に山に骨を埋めてしまうことになる。

丁寧であれ、注意深くあれと言うのが彼の以前の職場の鉄則だった。


顔は精悍だが、しかしどこか厭世的な風がある。

瞳は鉛...懸濁した色合いからするとイーグルアイのようにも見える。

髪はぼさぼさのマホガ二ー・オブシディアン。

黒赤が3 :7で混じった焦げ茶だから、これは間違いがない。

一目で色彩を鑑定する程の知識はあるし、だからMOAで飯の種にありつけてもいた。


「ダイナマイトなんて、今更この街には迷惑なだけなんだがなぁ」


ラギッド・マインはかつて銀と石炭で栄えた鉱山だったが、人々の無計画な採掘により山は死んで、今ではブームタウンの面影など微塵も残されてはいない。

老人たちは未だマインの再びの隆盛を信じているが、ボトムズに言わせればこの鉱山街はおしまいだった。彼自身と同じく、文字通りのおん襤褸ragidだ。

ただ、ボトムズにだって、この死にかけの街を放っておけない事情もある。

生き返らせたい理由だってある。

ケイト・トンプソンはその理由の一つだった。

雑貨屋の娘で、三年ほど前に故あってこの街に流れ着いた時から随分と良くして貰った。

命が乾いた砂のように流れ落ちるこの世界で、あまりに純なひとだとボトムズは思う。

利発で、心豊かな娘だ。度胸も並の男よりよほどある。

彼女には...しあわせで居て欲しい。

三年前彼女を救い、そして救われた日から杭のように彼の心の最奥に突き立った、ボトムズのただ一つの願いだ。


ボトムズは、自身も気付いていないもの、この時代の魔術士、しかも流れ者にして、しかし極めて健全な精神の持ち主だった。

女性への適切な理解があり、口は綺麗とはいえないもの、物腰はおおむね温和で、自身の技能を望ましい形で使う術を心得ている。

基本的に魔道に浸る者は多かれ少なかれ万能感に耽溺しやすい。

それを防ぐための全米魔術機関でもあり、組織システムはそれこそ個人の暴走に対しての機構システム足りえる。

魔術士と言う最大の個人戦力単位――暴発したとなればただ事ではすまない大砲の安全装置というのが、研究機関と対を為すMOAのもう一つの側面だ。

彼はその締め付けを嫌って元の職場、素材料部マテリアティクスを投げ出したのだが...そもそもの話、拘束なんて彼にはちっとも必要ではなかったのだ。

それが元で、彼はちょっとしたいざこざの当事者となって、逃げるように機関を抜けた。


それから暫くして、ボトムズ・ハインウェイはラギッド・マインの中心、アンブラ・リッジにたどり着いていた。急峻な断崖は稜線と尾根をうねうねとのたくらせながら、最終的にグレート・プレーンズへとつながってゆく。ロッキー山脈の河川がそのまま蒸気機関の冷却水として曳かれており、堆積する土砂の流れも不自然に移り変わっているため、本来そうあるべきだった地図...広大無辺、黄金の荒野とはいささか様相を変えているのだが。


ともかく、職務で調査に赴いたサクラメントやコロラドと比べると流石に劣るがアンブラ・リッジはボトムズが見てきた中でもとびきりに大きい崖だった。

もっとも、その中身はと問われれば遥かにスカスカだ。

にも関わらず希望的観測で呟かれた「大鉱床」の噂が膨れ広がり、おばけのようにこの街を席巻して、ブームタウンが後一歩で成熟すると言う所で...弾けた。

十中八九鉱脈の調査を行った魔術士が記録を改竄して、土地の上前をはねたのだ。

その道に通じていないものはいくらでも騙せるし、ましてやあの愚かな老人たちのことだ。

いくらでも付け入る隙はあっただろう。

機関には善人ばかりが居る訳では無いということだ。

ケイトは何となくきな臭いものを感じ取っていたと言うことだが、子供だからと無碍にあしらわれたらしい。

「あいつら、私たちには爺さんたちと違う紙を見せてきたのよ。私にしか解らないキズを紙につけて見分けたから、間違いない。魔術で偽装できるといっても万能じゃないみたいね」

彼女の話から推測は容易だ。

しゃぶられるだけしゃぶりつくされたと言うのがおおよその真実だろう―――

それに思い至ったときは心底頭を抱えたものだった。


この街はブームタウンに特有の、中心となる鉱山部分から半分の蜘蛛の巣状に伸びた造りをしている。パイプもその蜘蛛の巣に連れ立って、血脈のように街中に埋められ(あばら骨のように飛び出ている部分もある)、人々の暮らしに寄り添っている。

そしてボトムズ以外に魔術士はいない。

居たら改竄に気付いているだろうから、当然のことだが。

当然露天掘りもカネが足りないので出来ない。そもそもこの崖で実行すればそれこそ土砂版のポンペイ島になりかねない。地盤が緩いことも採掘を妨げる大きな要因だ。

そのボトムズがやっとのことで鉱泉を探り当てたのが二年前。


観測と研究、予測と失敗の繰り返し。

鍛冶屋に頭を下げて自分の血と金を練り込んだブロープを鍛造してもらい、打ち込んだそれを基点に魔術で探知できる網を少しずつ広げていって、昔の伝手を頼って階差機関まで借り受けて、鉱山の詳細なマッピングを終えて、その内に仲間が少しずつ増えていって。

MOAを去り、漂流の果てに辿りついたこの街で居場所を作るため、必死で走り続けてきた。

若い人間は協力的だったが、老人たちにじっとりとした視線を投げ掛けられるのは辛く、余所者でしかないのだと身につまされて、ねぐらに帰ってそのまま泥のように眠る日々が続いた。もちろん話の解る人間も居たが、それだって本当に少なかった。

それでも彼は走り続けた。

たかたかと解析機関からインクで弾き出された地図をもとに、何度も実地探査に赴いた。

計算のほころびや人々の無理解、鉱山の落盤やたまに乗り込んでくる無法者。

記録の落とし穴の陥穽には執念で。

老人たちの吹きだまった諦念には闘志で。

事故には魔術と木組み、改良した装備で。

ならず者には殺鼠剤入りのミルクと散弾銃で。

彼らは走り続けた。


「ねえ、ハインウェイさん」

「なんだい、トンプソン嬢」

「ケイトって呼んでって、言ったでしょう。ねぇ、あなたは強い人よ」

「まさか。俺は、君たちが居たからやってこれただけだよ」

「確かに、結果だけ見ればそうなるのかも知れないわ。でもね――」


ボトムズたちは死にかけの山の化け物と、いやこの街そのものと格闘し、そして最終的には勝利を納めた。ぶしゅうと噴出す鉱水と硫黄の臭い、立ち込めた蒸気。

あの時の心に芽生えた想いは今でも覚えている。

下らないことで上司をぶん殴って、最低ボトムな所まで落ちて。

それでもなお、始まりから再び共に駆け出してくれる仲間が居ることのしあわせを、愛すべき最低野郎ボトムズへの賛歌を、彼は知っている。


ボトムズはゆっくりと、アンブラ・リッジへと歩いていった。

この街は確かに死にかけで、おんぼろだ。

けれど。まだ、生きる人が、残っている。確かに熾火はあるのだ。

ハロー、どうも。俺たちはここに居る。

新しい鉱床も発見された。風向きは少しずつ、いいほうに吹いてきている。

なにごともずっと悪いと言うことはない。


「おうい、遅いわよ、べティさん」


振り仰ぐと、崖の上にケイトが立っていた。花の笑顔で、ボトムズを呼んでいる。

彼女の笑顔を曇らせはしない。この街を死なせはしない。

あの義手の少年が何者だとしても、ラギッド・マインを引っ掻き回すと言うのならば。

ボトムズは笑みを返して、ケイトの雑貨屋の前に置いた蒸騎のエンジンをどるんとふかした。

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