第9話

 ライラの祝賀会は恙無く終了した。


 まぁ、スキを見たウネルマに念話設定チャント――思念通信である。初めて念話チャントする場合は相互に相手の思念波を覚えて、それ以外の思念波はシャットアウトする様に自身の思考迷宮マインドラビリンスをイジらなければならない。そうでないと、不意の悪意ある精神攻撃に対処できなくなるし、思考迷宮を持たない者相手だと意図しない精神汚染につながる可能性がある。朕がライラに念話チャント出来ない主な要因である――の開設を要求されたので応じたら、祝賀会の最中延々とライラの話をされてしまった。



 『ライラは今年12歳になります。メルセデスが旅立ってからは、暫くの間私が面倒を見ていました。私は軍を退役してこの孤児院を開きました。先の戦争は凄惨に過ぎました。メルセデスの件がなくとも、私はそうするつもりでした。先の戦争が残した遺恨に、少しでも手が差し伸べられれば、と思ったのです。ライラは八歳の時、幼年学校に上がる歳になって、碩学の道を希望しました。入学は問題がなかったのですが、その……』



 『金か』



 『お恥ずかしながら。嘗てのように師匠について修行し、碩学への理解を深める者はもう居なくなりました。私の世代が最後とも言えるでしょう。先代の王、その頃はまだこの国はエルメリア連邦でしたが、彼の王が発した教育勅令によって碩学も広く門戸を開くに至りましたが、実際は碩学を修めるためには多額の資金が必要になります。ライラもその事を解っていたのでしょう。メルセデスの遺産の一部を当院に預け、残りの遺産と写本の手仕事でライラは幼年学校を卒業しました。情けない話、ライラを特志高等学校まで通わせてやれるだけの資金はこの孤児院にはありません。私も出来ることならば援助したいのですが、入学金すら、高額過ぎて到底支払えません。私の弟子として引き続き私がライラに碩学を教えることは可能なのですが、如何せん私の碩術はパーセプターである私自身の能力に依るところが大きいのです。それに私が師匠に就いて学べたのは基礎的な部分のみで、他は国軍に於いて学んだことばかりです。煮炊きや戦場で生き残るためであれば有用でしょうが、一般社会では殆ど役に立たないものばかりです。一流の碩術師になり、碩術で身を立ててゆくのであれば、やはり学校に進んだほうが良いのです』



 『その、高等学校に進まねば、何か不利益はあるのかの?』



 『どうでしょう。私は幼年学校すら卒業しておりませんので、なんとも……。ですが、碩術師として社会的に認められるためには、高等学校を卒業し、大学か王立学院で学んだ経験が有る者の方が箔が付くのは確かです。貴族のお抱えに成るにも、中央に召し抱えられるにも有利なことは確かです。高等学校は幼年学校の、大学は高等学校で学んだ事の発展的な事柄を学ぶといいますし、やはり高等学校へ進学できるに越したことはないと思います』



 『ふむ。では、高等学校の入学には年齢制限や推薦等、金銭以外の制約はあるのかの?』



 『無いはずです。逆に特待生として認められれば、金銭面での制約もなくなると聞きます。ライラは卒業の儀ケラヴゼナで有力な神霊を召喚して特待生として高等学校に入学することを目論んでいた様ですが……いえ、陛下が有力な神霊ではないと言う意味では決して……』



 『それは良い。どう足掻いても今の朕は低級使い魔の黒猫だ。オドの少ないライラの召喚に応じた時点で姿位の格が落ちることは重々承知であったしの。大学はどうなのだ?』



 『大学も同じです。大学では逆に試験さえパスしてしまえば入学金などは無かったはずです。在学負担金は定期的に一定額支払わなければなりませんが、それ程の負担にはなりません。しかし、試験をパスしようにも、高等学校で修めた碩学が基礎となっているので、高等学校を卒業しなければ試験にパスすることなど到底叶いません』



 ウネルマの話によれば、その他にも国軍士官学校なる物も有るらしく、そちらは逆に給与すら与えられるらしいのだが、入学要件に高等学校卒業資格が必要だし、卒業後は勿論国軍にて一定年齢まで軍役をこなさねばならないらしい。貴族の次男三男辺りが主なターゲットのようである。逆に女性は少ないらしい。確かに、高額の学費を払って高等学校を卒業して、士官学校に入って一定年齢まで軍務につくよりかは、嫁いだ方が女性にとっても魅力的な選択肢かもしれんしな。


 王立学院の方は推薦権を持つ者の推薦が有れば誰でも入れるらしい。まぁ、一番狭き門であるな。高位貴族の子弟か、抜群の実力を持った碩術師でなければ推薦などしてもらえないだろう。政治の匂いがプンプンするな。


 ここ迄聞いた所に依ると『教育勅令』というのは万民に教育を受ける機会を、と謳ってはいるものの、実質的には富裕層の元々ある程度教育がなされた子弟を国が囲い込むための制度である様だ。まぁ、文面通り各種職業専門学校に近いが各幼年学校――碩術幼年学校以外にも商業幼年学校やら海洋幼年学校等様々な幼年学校が有るらしい――において最低限の教育を施すことで国民全体の学力向上を図っている事は確かだ。その意味では教育勅令が無意味ではないが、同時に社会の階層化をより堅固なものにする意味も有るようである。


 まぁ、教育など所詮そんなものだ。なんの為に教育が必要なのか、と言う問いに『国力隆盛の為』と答えない教育勅令など、有りえぬ。そして、そうであるならば、必然的に階級格差を補強する要素が入ってくるのは道理である。『何処の誰とも知れない天才』よりかは、『古い付き合いの友人の平凡な息子』の方が信用が置けるし使い勝手も良かったりするしの。



 『成る程の。まぁ、当面は朕が面倒を見よう。金も稼がねばならぬようだしの。取り敢えずは高等学校入学以前にライラには碩学の基礎に関する知識が不足しすぎている。これは幼年学校の教育のせいでは有ると思うがの。正しい碩学を修めさせてから鳴り物入りで高等学校やら大学やらに乗り込ませてやろう。碩学とは火を起こしたりするだけの術ではない。世界の法則を読み取り、それを利用する術であるからの。期待しておくが良いぞウネルマ。ライラには碩学の知識のみならず、礼儀作法から狩りの仕方や化粧の仕方、仕手戦の勝ち方から敵対者に対する効果的で安全な説得(暗殺含む)方法まで、パーフェクトレディに必要な全ての知識を仕込んでおこう。大船に乗った気で居ると良い』



 そう言って、朕はライラと共にウネルマの孤児院を後にした。


 去り際、他の孤児達と共に見送るウネルマが笑顔で額から一筋の汗を垂らしつつ念話チャントで頻りに何か訴えておったが、大方慈悲深い朕に対する感謝の言葉であろう。


 なに、気にするでないぞえ。

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