第13話
「うーん、好き勝手できている気はしないが、この星を出るつもりはないな」
それでも気圧された様子もなくレーナは頭を傾ける。魔族やラウジングたちに尋ねられた時と同じく、軽やかな調子だ。
「それならば放置はできないな」
すると呆れたようにシリウスは嘆息する。それをここで宣言するのかと、そう言わんばかりの様子だった。
確かに、表面上でも「好き勝手しません」と表明しておくところなのかもしれない。少なくとも負傷している彼女の方が不利なのだから、そうする方が賢いというものだ。
もちろん、それで本当に見逃すかどうかはシリウス次第なのだが。
「われとしては、今日のところは穏便に撤退したいところなんだがな」
首をすくめたレーナは左腕をさすった。怪我をしている様子はないが、動かせないのは相変わらずのようだった。
リンの目にも明らかなのだから、シリウスはとうに気づいているだろう。いや、そもそもレーナには隠すつもりがないのかもしれない。
「帰すと思うのか?」
そこでシリウスはうろんげな眼差しを向けた。放ったのは挑戦的な言葉だった。辺りを漂う空気には静かな緊迫感が満ちている。人によっては戦闘開始の合図とでも思うのかもしれない。
それでもレーナはふわりと顔をほころばせ、頭を傾けた。
「帰してくれないのか?」
まるで何かを見透かしているかのような問いかけだった。その気にも声にも、確かな自信が含まれている。
ここで無意味な戦闘をするつもりなのかとでも言いたいのか? それとも、何を優先するつもりなのかと確認しているのか?
よく考えてみると、ここで二人の諍いが起きればまずリンたちは巻き込まれることになる。ミリカの町は復旧不可能なほど壊滅的打撃を受けるかもしれない。それを望むのかと、そういう意味だろうか。
足手まといの次は交渉材料にでもなった気分で、リンは何だか複雑になる。
「まあそうだな、お前が全力で何かしようとしたらろくなことにはならないな。それは望むところじゃあない。――今のところは」
それがわかっているのか、それともそもそも本気ではなかったのか、シリウスはあっさり引き下がった。
大儀そうな顔でため息を吐く彼の様子を見て、レーナはくつくつと笑い声を漏らす。実力はともかくとして、強気に出ているのはレーナの方らしい。
「ご理解いただけて嬉しいよ」
「だが限度というものがあるからな。そこはわきまえておけ」
シリウスがそう吐き捨てるように口にした時だった。後方から近づく気配があることに、リンはようやく気がついた。この気には覚えがある。青葉とよく似ているがどこか違う気。――おそらくアースだ。
「ああ、来たみたいだな」
感じたのはレーナも同様だったのだろう。彼女はゆくりなく立ち上がると、長い前髪を指先で押さえた。
待っていたのはアースだったのか。確かに、彼女一人でカイキとイレイを運べるとは思えない。カイキは技でどうにかしたとしても、イレイの体格を考えると二人は厳しい。
リンがゆっくり振り向くと、瓦礫の向こうにアースの姿が見えた。どうやら誰かを背負っているようだった。あの服装、色合いはネオンだろうか? 彼も負傷していたのか。
「本当に満身創痍なんだな」
ぽつりとシンがこぼした声が鼓膜を揺らす。先ほどまでの戦闘が脳裏をよぎり、リンは服の裾を掴んだ。
どこかで何かを間違えていたら死んでいたかもしれなかった。あの滝だって倒れている。今さらながらその事実を噛みしめると、嫌な汗が吹き出てきた。こうして話ができるのは奇跡的なことなのかもしれない。
「レーナ!」
あり得たかもしれない未来を思って青ざめていると、アースの声が辺りに響いた。このどこか危機感を匂わせた呼び声を何度耳にしたことだろう。
駆け寄ってくるアースの姿を、リンはじっと見据える。人を背負っているとは思えぬスピードだった。そこでようやくレーナも振り返る。
「ああ、アースすまない。こちらは終わった」
「それは見ればわかるが……」
駆けつけてきたアースは、素早く辺りへ視線を走らせた。仲間たちが全員無事であることを確認したのだろう。
その視線が一瞬ぴたりと止まったのにリンは気がつく。どちらへ向けられたのかと振り向けば、その先にいたのはシリウスだった。なるほど、アースにとってはここで唯一の見知らぬ存在になるのか。
「ああ、いいんだ。話はつけたから。まずは一旦戻ろう」
レーナもそのことに気づいたようだが、気にするなと言わんばかりに軽い調子でそう告げた。
あれを「話はつけた」と表現してよいのかリンには疑問だが、シリウスはこれ以上口を挟むつもりはないようだった。アースの視線を受け止めつつ、静かに動向を見守っている。
「ネオンもそのままだと辛いだろう」
レーナは破顔したままアースを手招きし、そして今度はシンへと双眸を向けた。その理由が思い当たらなかったらしく、シンは怪訝そうに首を傾げる。
「神技隊、念のため離れていてくれないか? カイキたちは横にしておいていいから」
「……え? あ、ああ」
戸惑った様子で頷いたシンは、そっとカイキたちを地面に横たえた。そして不思議そうに首を捻りながらリンの方に近づいてくる。何故離れる必要があるのかはリンにも不明だが、ここでそんな疑問を口にする気力もない。
「ありがとう」
入れ替わるようにアースが進み出るのを待ってから、レーナは右手を掲げた。まるで手を振るような気安さで、友好的に微笑んで、悠然と周囲を見回す。
「それじゃあまた」
そして誰にともなく言い残して、消えた。確かに、今までそこにあったはずの存在が、光と共に掻き消えた。五人一度にだ。まるでそれまで言葉を交わしていたのが嘘のような刹那のことで、リンは息を呑む。
何度かそのような様子は見たことがあったし、そうなのではないかと疑っていたが、実際にここまではっきり目にしたのは初めてのことだった。本当に瞬間移動したとでもいうのか?
何度瞬きをしてみても変わらない。レーナたちは消え去っている。
にわかに静寂が訪れた。風のか細い鳴き声が辺りに染み込み、砂と粉塵が舞い上がる。
「五人まとめて転移とは、やることが派手だな」
沈黙を破ったのはシリウスだった。感心したような呆れたような声で独りごちると、彼はそのまま踵を返す。
思わずリンは声を漏らした。全く根拠のないことだが、何故か彼が手助けしてくれるものだと自分でも思い込んでいたらしい。一体何をどう手助けしてくれるのかもわかっていないが、どこか期待していた。
このままここに置き去りでは、一体どうすればいいのか。町はどうなるのか。
「ミケルダでも呼んでくる」
そんな混乱が伝わったかどうか定かではないが、背を向けたままシリウスは言い放った。揺れる青い髪が背のフードに触れて、かすかな音を立てる。
「地球の状況がわからない私では手に負えない。すぐに戻るからそこを動くなよ」
期待が裏切られたわけではなかったらしい。思わずぽかんと口を開けつつ、リンはもう一度シンと顔を見合わせた。ミケルダの名前が飛び出したところをみると知り合いなのか。ならばもう少し信用してもいいのか。
「わかりました、ありがとうございます」
答えたのは梅花だった。座り込んでいた彼女の口元がわずかに緩み、ついで苦笑を漏らすのを、信じがたい思いでリンは聞く。
重々しかった空気がたちどころに和らいだ。どっと疲れを覚えたリンは、ため息を堪えて肩の力を抜く。
「ひとまずは、終わりましたね」
梅花の一言が胸に染みた。ミリカの惨状を思えば決して手放しに喜べないのだが、こうして無事に立っていられる幸せを噛み締めたくもなる。あとは仲間たちがみんな無事であることを祈るばかりだ。
「そうね」
軽く唇を噛んでから、リンは頷いた。吹き荒んだ風が、乾いた土の上を撫でていった。
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