第2話

「あー君みたいな半魔族は知らないかな。彼の業績。精神の波長、相性についての研究は群を抜いているよ。いわゆる特殊物質の利用方法についても長けているね。彼の研究所ってすごいんだよ。あれ、特殊物質だらけだから。僕は主に亜空間の研究や精神収集に没頭していたから、方向性がちょっと違うかな。本当、彼とは一度ちゃんと話してみたいと思ってるんだけど、いつも拒否されるんだよねぇ。たまに会ったらひどい無愛想だし」

 ミスカーテはいつになく饒舌だ。相槌を打ちながら聞いていた魔獣弾は、違和感を覚えて当惑する。

『腐れ魔族』の罪については誰もが知っているはずなのに、まるで意に介していないような口振りだった。魔族とあろうものが神と繋がるなど、絶対に許されることではないのに。

「どういうところから着想を得ているのか気になるよ」

「それは、あの腐れ魔族には神の知識も……」

「ああ、そうだね。彼にはこれ以上ない味方もいるね。まあそんな者まで惹きつけてしまうのが彼の強さなのかな」

 ミスカーテの笑い声は亜空間そのものを揺さぶるかのようだった。愕然とした魔獣弾は声を失う。まさか神の知識を利用することにも抵抗がないのだろうか?

 思わず眼を見開いていると、ミスカーテの悪戯っぽい視線が向けられた。気は抑えていたはずだが、それでも何か滲み出すものがあったのだろうか。ようやく口を閉じたミスカーテは、指に巻き付けていた髪を解放する。

「利用できるものなら何でも利用するのが流儀でね。好奇心には勝てないんだ」

 何故だか蔑まされたような心地になり、魔獣弾は口をつぐんだ。ミスカーテのような直属の魔族ともなると、その辺りの感覚すら違うのか。それともミスカーテだからなのか。魔獣弾には推し量ることもできない。

「だから彼の申し子にも興味があるんだ。会ってみたいね。ただそのためには準備が必要だ。何せここは神の巣なんだから」

 ミスカーテは立ち上がった。両手を広げる動きに合わせて、黒い長衣が揺れる。青い光を受けて妖しく煌めくその輪郭を、魔獣弾は目で追った。

「できる限りのことはしなければね。それに、星の外への発信も続けよう。侵入する前から続けていたから、勘のいい奴なら気づいてくれてるかもしれないね。――リシヤの結界が、アユリの結界が弱まっているって」

 夢心地のようなミスカーテの声音に、我知らず魔獣弾の体は震えた。『転生神の遺産』が力を失いつつある。その事実を改めて認識すると、不思議な心地に囚われた。

 高揚しているのか、それとも恐れているのか。わけのわからぬ感情に流されぬよう、魔獣弾は首を縦に振った。

「勘のいい者……」

「そう、それこそアスファルトとかね」

 背を向けたミスカーテがどんな顔をしたのか、魔獣弾にはわからない。それでも喜びに満ち溢れているだろうということは想像できた。この風変わりな魔族のことだから、自信たっぷり妖艶に微笑んでいることだろう。

 遠ざかっていく背中を見つめながら、魔獣弾は小さく息を吐いた。




 何もないただの草原には、剣が無造作に置かれていた。鈍く光る刀身は剥き出しのままで、鞘はその辺りに放られている。どう控えめに見ても何ら手入れされていない物のように思えて、青葉は眉根を寄せた。

 戦闘用着衣を身につけて集合して欲しいというから何かと思えば、待っていたのはこの光景だ。通称『裏庭』と呼ばれているらしい殺風景な場所に、いかにも古そうな剣が転がっているだけ。

「えーっと」

 青葉と同じ心境なのか、隣に立つシンが戸惑った声を発した。こういう時に率先して状況を確認してくれる滝はいない。ヤマトにあるという戦闘用着衣を取りに宮殿を離れていた。

 そのせいもあり、集まった神技隊はただひたすらこの状況に黙している。動いているのは、木箱を片付けている梅花だけだ。

「……うーん」

 青葉は思わずシンと顔を見合わせた。後ろにいる仲間たちが口を開く可能性も低いだろうか。何をどう問うたらいいのかと悩んでいると、シンの横から誰かが顔を出す。――リンだ。

「これって剣よね。ここに置いてあるってことは使えってこと?」

 不思議そうに首を捻ったリンは、梅花の背中へと視線を向けた。大きな木箱を脇へ退けた梅花は、問われたことに気づいたらしく、肩越しに振り返る。

 珍しくも細身のズボンをはいているのはこうした作業があることを見越していたからなのか。手を払って土を落とした彼女は、小さく頷いた。

「そうです。どうにか無理を言ってミケルダさんから借りてきました。ここに置き去りにされてるって聞いたので集まってもらったんですが。予想通りのひどい扱いですね」

 今朝から走り回っていると思ったらそんなことをしていたのか。青葉は眉間に皺を寄せながらじっと剣を見下ろした。

 錆び付いているようにしか見えないこの武器がそんなに高価なものなのだろうか? もちろん、何であれ貸してくれるのであればありがたいことだが。

「見た目はこんな感じですが、普通は手に入らない物だそうです」

 梅花はそのままゆっくり近づいてくる。そう言われてもう一度剣を凝視してみたが、貴重な物の扱いのようには思えなかった。さすがに裏庭に放置はしないだろう。

「あの魔族と呼ばれている者たちに、普通の技が効かないのはわかりますよね?」

 傍までやってきた梅花は、剣の横で膝をついた。柄へと伸ばされた手の先を見つめつつ、青葉は首を縦に振る。

 魔獣弾たちは、どうも人間とは根本的に違う存在らしい。火を浴びれば熱い、雷の技なら痺れるといった効果はありそうだが、どうもそれで根本的な傷を与えられたようには思えない。

 何より、魔獣弾たちの行動がそれを証明している。彼らが避けたがるのは精神系の技のみだ。

「ミケルダさんにも確認してみたんですが、やはりそうみたいです。少なくとも私たちが使うような普通の水の技とかでは負傷させられないようなんです」

「あーやっぱりね」

「効果があるのは精神系と破壊系。あとは、特殊な武器です」

 大振りな剣を手にしたまま、梅花は立ち上がる。まさか、これらがその特殊な武器だというのか? 青葉はまじまじと剣を見つめた。

 剥き出しになっている刀身は錆びているように見えるし、装飾の乏しい柄は使い込まれた形跡もない。どう好意的に解釈したところで、そんなに素晴らしい物とは思えなかった。

「これがそうなの?」

「はい。もちろん、上が貸してくれるくらいですから未調整のものです」

「……未調整?」

 武器に対して『調整』という響きがどうも似つかわしくなかった。不思議そうに聞き返すリンの心境は、青葉にも想像できる。

 ちらと横目で見遣れば、シンも怪訝そうな顔をしていた。後ろにいる仲間たちの気もそう訴えている。それでも戸惑う様子もなく、梅花は相槌を打った。

「精神を込めることで威力を発揮する武器だそうです。ですが、調整しないと本来の力を発揮することはできないと言ってました。ただ、その調整というのはどうも面倒なものらしくて……。ここにあるのは、それが特に難しい武器です」

「だからオレたちに貸してくれるってか?」

「はい。たぶん、上の方たちからすると普通に精神系でも使った方が意味があるのでしょう」

 梅花は抱えた剣をシンへと差し出した。半信半疑な様子で受け取ったシンは、何か言いたげに口を動かしている。

 なるほど、上の者たちにとっては無用の長物に等しいが、精神系が使えない青葉たちになら意味があるというところか。そう思って見下ろしてみても、やはりこれで何かが斬れるとも思えないが。

「ただ、すぐに見つかったのがここにある四本だけでして。――誰が使うのかが問題ですね」

 そう言いながら梅花は仲間たちの顔を見回した。精神系が使える梅花、レンカには不要だが、他の者たちはあるに越したことがない。どうやって選ぶのかは厄介な問題だった。長剣が得意な者を優先するしかないか。

「……滝さんには渡した方がいいと思うんだが」

 そこで最初に発言したのはシンだった。ここにはいない、しかも滝の名前を出すとはさすがとしか言いようがない。滝が使用することに反対する者などいるわけがなかった。元ヤマトの若長は剣技に関しても有名だ。

「そうですね、一本は滝先輩に使ってもらいましょう」

「あと、剣技に長けていて前線に出るとしたら――」

 そこでリンがすかさず口を挟む。あからさまな視線が向けられて、青葉は口ごもった。

 武器の中でどれがと問われたら長剣を選ぶのが常だし、先日の戦闘といい前に飛び出すのが得意なのは自覚していた。魔族と交戦する可能性は比較的高いはずだ。

「まあ、順当に考えたら青葉やシン先輩には持っていて欲しいですね。滝先輩からも声がかかりやすそうですし。リン先輩は短剣の方が得意ですもんね?」

「よく知ってるわね。そもそも、武器を使うのがあまり得意じゃないのよ。長物は特に駄目ね」

「……一応、神技隊を選抜する側でしたから」

 感心するリンに、梅花は苦い笑みを向けた。選んだと言っても数年前の話なのに、すんなりとその知識を引き出すことができるのはさすがだ。まさか彼女は神技隊全員の特徴を把握しているのだろうか?

「だったら梅花が選ぶのが一番早いじゃない」

「はあ……でもそういうわけには」

 梅花は困ったように周囲へと視線を巡らした。全員の了解も得ずに勝手に決めるのはさすがにまずいという判断か。

 もっとも、普段ならいざ知らず、命の危険まで考えなければならないこの状況で、我が儘を言い出す者がいるとも思えない。先日の戦闘は皆の記憶にこびりついていることだろう。

 いや、一歩間違えれば死ぬような境遇だからこそ、慎重になるのか。

「他に長剣が得意な人はいないの?」

「えーとそうですね、記録上そうなっていたのはミツバ先輩くらいでしょうか。本当は短剣の方が得意とも聞きましたが、他に該当者はいませんね……」

「だったらそれでもう決まりじゃない。これしかないんだし」

 周りを気にする素振りもなく、リンはあっさりそう結論づける。彼女にそう断言されると誰も異を唱えるような空気にならないのが面白いところだ。それは旋風だからとでも言うべきなのか。

「オレたちだけで決めていいのか?」

「意見があれば声が上がるんじゃない? 気になるなら、皆戻ってきてから確認しましょ」

 それでもまだ躊躇った様子のシンに、リンは手をひらひらと振ってみせる。「それまではいいでしょ。サツバもいないし」と笑う声は実に朗らかだ。よく突っかかってくるサツバは、戦闘用着衣を取りに実家のあるバインに向かっている。

 戦闘用着衣を持っているのは、滝だけではなかった。実は神技隊にはそれなりに金持ちな人間がいることを、青葉はこの件で知った。

 フライングではミンヤが数着持っているとのことだし、ピークスではよつきやコスミも一着あるという。ヤマトでは慎ましやかに生活している人間が多いという印象を持っていたのだが、そうではなかったのか。

 ――それともあれは、奇病のせいだったのか。

 するとこのままでは話が進まないと判断したらしく、梅花も首を縦に振った。

「そうですね。これを渡すためだけにここに集まってもらったわけじゃあありませんし。全員揃ったらもう一度確認しましょう」

「あ、そうなんだ。ひょっとして例の訓練の話?」

「訓練ってほど本格的なことはできませんが。準備運動くらいはできますかね。この剣にも慣れる必要があります」

 その話については青葉も滝から聞いていた。この裏庭を利用して少しでも実際の戦闘を意識した訓練をするという目的だ。人間相手ではなく、魔獣弾のような魔族と対峙することを想定したもの。本番でいきなり大人数が動くのは無謀にも等しい。

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