あかいみはじけた 17

 その日、歌手ハンナの楽屋の前にはガードマンが一人立っていた。彼は研修期間中の新人で、ゴシップに目が無く、本来ならこんな場所をあてがわれる筈の無い者だったが、この日に限っては猫の手よりは役に立つだろうと連れて来られ、念願の芸能人の楽屋前に配置されていた。

「異常無し!」

 必要の無い掛け声を、職務に則って十五分に一回上げ、それからガードマンは欠伸をする。今夜は皆同局の中に居る、やんごとなき歌姫に付きっきりで此方の歌姫のことなど気にかけてもいない。先ほどまで中にいらっしゃった当の歌姫は自分を見て、そして楽屋の中を見てヒステリックな声を何度か上げ、気分が悪いわと出て行ったばっかりだ。それはそうだろう、メイクも衣装もお弁当も、そしてガードマンさえも今日だけは予算の関係上ワンランク下げられているのだから。

「これも絶対来週のフライングデーに載るんだろうなあ」

 ガードマンは愛読しているゴシップ紙の見出しを想像しながら、無人の楽屋の前に立っている。

 十分程たった頃だろうか。目の前に、これまた最近紙面を賑わせている人間が現れたものだからガードマンは鼻息を粗くして喜びの声を上げた。

「あぁ!雑草魂のロックだ!今日も激萌えっすね!」

「サ、サンキュー……ねえ、今ハンナいる?」

「いえ今は不在です……ってもしかして」

「しーっ……ビークワイエットだぜお兄さん」

 格好つけて指を口元に当てる仕草さえ、綺麗な顔でやればこんなに様になるのか。ガードマンは感動したように顔を輝かせて無言でこくこく頷く。そして小声で質問した。

「ハンナさんの楽屋に来たって事は……やっぱりあの熱愛記事って本物だったんですか?」

「それはトップシークレット――だけど、同じ男なら分かってくれるよな?」

 そしてちらりと高そうなコートのポケットからリボンが結ばれた小さな包みを見せる。

「お市との共演でナーバスになってるあいつにサプライズでプレゼントを置いておきたいんだ。ア・ミニッツでいいから入れてくれないか?」

 本来なら楽屋の本人に了解を取らずに他人を入れるなどと以ての外だ。だが、ガードマンは新人で、ゴシップを世の真実だと勘違いしていて――――そして何より雑草魂のアルバムの初回限定を予約しているような人間だった。

 結果、彼は満面の笑みでロックを楽屋へと入れた。

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