第94話 サプライズクリスマスを君に

「はあ……」


 桃園さんと一緒にクリスマスパーティー、したかったなあ……。


 部活仲間とのクリスマスパーティーを終え、肩を落としながらトボトボと帰る。


 ふと、手の中にある桃園さんにあげる予定だったネックレスを見た。


 仕方ない。これは明日渡すことにしよう。


 うん、何の問題もないよ。だって、本来ならば十二月二十五日がクリスマス。


 二十四日が本番だなんて、日本人だけの風習だし、そもそもキリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うこと自体おかしいんだ。


 だけど――。


 俺は自分の家に入ろうとした足を止め、しばらく考えた。


 お母さんに引っ張られて家に帰っていく桃園さんの顔、少し悲しそうだったな。


 きっと桃園さんも、本当はクリスマスパーティーに参加したかったに違いない。


「…………よし」


 俺はネックレスの入った箱を握りしめ、桃園さんの家へと向かった。


 やっぱり、ネックレスは今日渡そう。


 予定とは少し違うけど、桃園さんにサプライズクリスマスをプレゼントするんだ!


 ***


 桃園さんの家の前まで来た俺は、スマホで桃園さんを呼び出した。


『……はい?』


 三回目のベルで桃園さんは電話に出た。


 俺は桃園さんの部屋の灯りを見ながら話した。


「桃園さん、ちょっと今、カーテン開けて窓の外、見れる?」


『……今、ですか?』


 怪訝そうな声。

 

 少しすると、カーテンが開き、中からピンク色のセーターを着た桃園さんが現れた。


』……武田くん! どうしてここに?』


 びっくりしたような顔の桃園さん。

 一応、サプライズにはなったかな?


「メリークリスマス、桃園さん。もしよければ、クリスマスプレゼントを渡しそびれちゃったから、渡したいんだけど」


『わ、分かりました。今、両親にバレないように外に出てみますから、裏口の方で待っててください』


「ごめんね。ありがとう」


 本当は、窓にクリスマスプレゼントを投げ入れようかとか、木を登って桃園さんの部屋に行ってみようかとか色々考えたんだけど、桃園さんのほうから来てくれるんならそれが一番安全だ。


 桃園さん、早く来ないかな?


 家の裏手の方へ回り桃園さんを待っていると、ガチャリと裏口が開いた。


「あ、桃園さ……」


 そこまで言って俺はカチンコチンに固まった。


 出てきたのは桃園さんではなく、桃園さんの家の女中の外村さんだったのだ。


「そ、外村さん!」


 ヤバい、見つかった。これは怒られるパターンか。それとも警察に突き出されるのか!?


 俺が慌てていると、外村さんは無表情のままグイッと親指を家の中に向けた。


「へ?」


「何してるんです。メグお嬢様に会いに来たんでしょう。早くしないと奥様に見つかってしまいます」


「ああ……はい」


 外村さんが辺りを見回しながら裏口を閉める。


 俺は外村さんに促されるままに家の中に入った。


「お嬢様の部屋は階段の上です。階段脇のこの部屋が私の部屋ですので何かあったらここに隠れてください」


「はい……ありがとうございます」


 とりあえず、言われた通りに階段を上る。

 参ったな。家の中まで上がり込むつもりは無かったんだけど……これ、見つかったらヤバくないか?


 コンコン。


 桃園さんの部屋のドアをノックする。


「……はい?」


 恐る恐るドアを開けた桃園さんの顔が驚きに変わる。


「武田くん、どうしてここに?」


「どうしてって――外村さんに言われてここに来たんだけど、桃園さんが外村さんに頼んだんじゃなかったの?」


「いえ、私は隙を見て自分で裏口から外に行こうと思っていたのですが――とにかく入ってください。誰かに見つかったら大変」


「うん」


 急いで桃園さんの部屋に入る。


「そちらに座ってください、今、お茶を入れますね


 言われるがままにベッドに腰かけ、一息つく。

 

「あ、そうだ」


 俺はクリスマスプレゼントの入った包みを取り出した。


「これ、クリスマスプレゼント。どうしても今日、渡したくて」


「これ……私に? 開けても良いですか?」


「もちろん」


 桃園さんが包を開ける。


 白くて細い指が、銀色に光るハートのネックレスを取り出した。


「これ――」


「もしかして、子供っぽいかな? お店の店員さんに勧められるがままに買っちゃったんだけど」


「いえ」


 桃園さんは泣きそうな笑顔でペンダントをギュッと抱きしめた。


「可愛いです。とても。……とても嬉しいです」


 胸がトクンと鳴って、じんわりと暖かくなる。


「そ、そう? それなら良かった」


「あ、そうです」


 桃園さんは、ぴょんと飛び上がり、隣の衣装室から赤い包みを持ってきた。


「私もプレゼント。明日あげようかと思ってたんですけど……」


「わあ、ありがとう」


 まさか桃園さんからクリスマスプレゼントを貰うなんて!


 俺が喜んでいると、トントントンと階段を上る音が聞こえた。


「メグ――?」


 ヤバい。桃園さんのお母さんだ!


「武田くん、とりあえずここに――」


「う、うん」


 俺は咄嗟に布団をかぶって桃園さんのベッドの中に隠れた。


 ガラリとドアが開く。


「メグ、何か話し声が聞こえたけど」


「う、うん。お友達と電話してて」


 う、うわあ、桃園さんがいつも寝てるベッド――桃園さんの匂いがする!


 俺は桃園さんのベッドの中で動かないように懸命に息を殺した。


「まさか、男の子?」


「ううん、女の子」


「そう? 男の声が聞こえたけど」


「ね、ネットで動画を見てたから……その声じゃないですか?」


「そう、あんまり夜更かししないでね」


「うん」


 パタン、とドアがしまり、トントントンと階段を降りていく音。


「武田くん、行きましたよ」


 俺はホッと胸をなでおろし布団から出ていこうとした。

 それと同時に、桃園さんがペロリと布団をめくる。二人の顔が近づいた。


「――桃園さん」


「はい」


 ごく自然に、俺と桃園さんは口付けを交わした。


「メリークリスマス」


 外はいつの間にか雪になっていた。


 俺と桃園さんは、こうしてつかの間の甘いクリスマスを過ごしたのだった。

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