第83話 桃園さんと初デート
そして桃園さんと付き合いだしてから初めての土曜日を迎えた。念願の初デートだ。
「お待たせしましたーっ」
白いブラウスワンピースにピンク色のカーディガンという格好の桃園さんが駆けてくる。
ああ、桃園さん、今日も可愛いなあ。
「武田くん、待ちました?」
「いや、全然待ってないよ。今来たとこ」
くーっ、「今来たとこ」だって。何か、彼氏っぽいセリフ!
まあ、今は待ち合わせ五分前だし、さして待ってないのは本当なんだけどな。
女の子のデートの準備は大変だって言うけど、待ち合わせの五分前には到着するなんて、さすが桃園さん、きっちりしてるなぁ。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん」
ソワソワしながら二人並んで歩く。
今日のデートの行き先は、桃園さんのリクエストで美術館だ。
「親戚のおじさんにチケットを二枚貰ったんです」
「へー、そうなんだ」
絵とか芸術なんてよく分からないしどうしよう、と思っていたのだが、今は有名な動物写真家の写真が展示してあるのだという。
動物の写真なら、見て可愛いだろうし、芸術に疎い俺でも楽しめるだろう。
「着きました、ここです」
美術館に足を踏み入れる。中は美術館らしく静かだったが、人気の企画らしく意外と人がいた。
「わあ、これ可愛い」
桃園さんがウサギやリスの写真を指さしはしゃぐ。
「桃園さん、うさぎが好きなんだね」
俺が笑うと、桃園さんはぷうっと頬を膨らませて拗ねる。
「だって、可愛いじゃないですか」
「うんうん、可愛いよ」
桃園さんが、という言葉を飲み込んだ。
「あ、ミュージアムショップ、見て行ってもいいですか?」
桃園さんがお土産屋さんを指さす。
「うん、いいよ」
美術館のミュージアムショップは、展示物のグッズとか、普段買えないようなものがあって結構面白い。
ふと横を見ると、桃園さんがじっとウサギの写真のついたミニポーチを見つめてる。
「それ、さっきの写真だね」
「はい、可愛いですよね」
微笑む桃園さん。俺は勇気をだして提案した。
「それ、買ってあげるよ」
「えっ、でも……」
「今日の記念に。プレゼントするよ」
チケット代も浮いたし、たまには彼氏らしいことをしないとな。
俺はポーチをレジに持っていくと、綺麗にラッピングしてもらった。
「はい、桃園さん。今日はありがと」
ポーチを渡すと、桃園さんは頬を真っ赤にして微笑んだ。
「……はい、ありがとうございます!」
桃園さんと、美術館に来て良かった。
***
「……もうこんな時間だね。お昼ご飯どうする?」
美術館を出て外をブラブラと歩く。
「そうですね、そういえば、この近くに気になってたカフェが――」
「あれっ、桃園さん?」
声がして、パッと反射的に桃園さんから離れる。
「あ、こんにちは……」
そこに居たのはクラスの女子二人組だ。
「何でこんなところに? っていうか――」
女子の視線が俺に注がれる。
「二人、付き合ってるの?」
「違うよ、たまたま会っただけ」
思わず口をついて出る。
あ、と思い横を見ると、桃園さんは少し悲しそうな顔をして笑った。
「……あ、はい。そうです。たまたま、ここで会って」
「ね」
「ふーん、そうなんだ」
二人の女子はきゃいきゃいと笑いながら去っていく。
その後ろ姿を見て、俺はホッとため息をついた。
だけど桃園さんは――その後ずっと浮かない顔のままだった。
「どうしたの、桃園さん」
恐る恐る声をかけると、桃園さんはピタリと足を止め、俺の顔をじっと見つめた。
「武田くん――やっぱり、クラスの皆さんにも私たちがつきあってること、伝えた方がいいと思うんです」
「えっ――と……」
俺が言葉に詰まっていると、桃園さんは悲しそうな顔をして横を向いた。
「それとも、私が彼女では不満なのてしょうか?」
「いや、そんな事ないよ」
慌てて否定するも、桃園さんはギュッとスカートを握りしめ、下を向いた。
「――そうでしょうか? 本当は、ユウちゃんと付き合ったほうがいいと思ってるんじゃないでしょうか?」
「違っ――」
否定しようとしたのだが、その時、背後でクスクスと笑い声が聞こえ、俺は反射的にに桃園さんから離れ、飛びのいた。
後ろを確認すると、そこに居たのはクラスメイトでは無かった。
「桃園さん――」
ほっと息を吐き出すも、桃園さんは先程よりももっと暗い顔をしていた。
「桃園さん、違うんだ、これは――」
「もういいです」
桃園さんは首を横に振る。
その後俺たちは、ずっと気まずいムードのまま帰宅してしまった。
しまった。
せっかくの初デートなのに。
何をやってるんだ――俺は!
***
「ちょっと、どうなってるのよ」
月曜日になり、俺はミカンに呼び出された。
「どうって?」
俺がキョトンとしていると、ミカンは腰に手を当て盛大なため息をついた。
「桃園さんのことよ。どうしてみんなに言わないの?」
どうやらミカンのやつ、桃園さんに相談で受けたらしい。
俺はポリポリと頭をかいた。
「それは……大した理由じゃないんだけどさ、何となく恥ずかしいんだよ。俺と桃園さんじゃ、やっぱり釣り合わないし」
「そんな事ないわよ」
「それに、俺と付き合ってるなんて知られたら、桃園さんのイメージダウンにならないかな? 桃園さんにも、迷惑になるんじゃ……」
ミカンはやれやれと首をふった。
「あんたね、桃園さんがイメージダウンだとか、そんな事を気にする子だと思うの?」
「それは――」
俺が下を向いていると、ミカンは呆れたような顔をした。
「あのね、桃園さんが選んだのは他の誰でもないあんたなのよ? もっと自信を持ちなさいよ」
「でも」
そんな事言われてもな。俺は生まれつきの陰キャだし……。
「あんたがどう思ってるか知らないけど、私は結構お似合いだと思うけどな。あんたと桃園さん」
「そうかな」
どう考えても、美女と野獣ならぬ美女と陰キャだと思うけど……。
「とにかく、早く何とかしなさいよね」
そう言い放ち、ミカンは去って行った。
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