第82話 二人っきりの帰り道

 桃園さんと二人、校舎を出る。


「二人っきり……ですね」


 少し上目使いに恥ずかしそうに見つめてくる桃園さん。


 うっ、桃園さん、何て可愛いんだ!


 俺の心臓は爆発しそうになった。


「そ……そそそそそそうですねっ!」


 何で敬語なんだよ、俺!


 だいたい、桃園さんと二人で出かけたことも何度もあったし、今さら緊張する事なんて何も無いじゃないか!


 いや……でも、今の俺と桃園さんはカップルどうしだ。

 

 カップル同士ということは……手でも繋いだほうがいいのか?


 ゴクリ……。


 俺はじっと桃園さんの手を見つめた。


「あの、桃園さん。その、手――」


「えっ?」


「あ、いや!」


 桃園さんに無垢な目で見つめ返され、顔が熱くなった。


「あのっ、桃園さんて、綺麗な手だよねー」


 俺は慌てて誤魔化す。


「そうですか? ありがとうございます」


「いや、本当に綺麗だよ。白くて指も長いし、爪の形も綺麗で」


 桃園さんの指が綺麗だと思ったのは本当だった。


 俺の手は太くて短くて不格好、まるでドワーフの手みたいだ。それに対し、桃園さんの手は細くて長くて、まるでエルフみたいだ。


 生まれながらにして体の作りが違う。全然違う種族という感じがする。


「ふふ、小さいころからピアノをやっていたからでしょうか」


「ああ、それでなのかな。俺のと全然違う」


「……そうですか? 武田くんの指も、見せてくれませんか?」


「ああ、良いけど……」


 あんまり汚い手で幻滅しないかな。


 おずおずと右手を差し出すと、桃園さんは恐る恐る俺の指に触った。


「わあっ、大きい……!」


 俺の手をスリスリと撫でる桃園さん。

 顔から火が出たみたいに熱くなる。


「男の人の手って、こんなに大きくて太いんですね。それにとっても暖かいです……」


 ちょ、ちょっと桃園さん! そんなに触られたら――。


 頭の中に、ミカンの言葉が蘇ってくる。


『ほら、手を繋いだりだとか、キスをしたりとか、そこから先も色々と――』


 む、む、む、無理だー!!


「あれー、桃園さん?」


 と、クラスの女子二人組に声をかけられ、俺は勢いよく桃園さんの側から離れた。


「こんな所で何してるの?」

「あれ? 二人ってもしかして――」


 女子たちは俺と桃園さんの顔を交互に見比べると、こちらを指さしクスクス笑った。


「あーっ、もしかして桃園さんと武田くん、一緒に帰ってるの?」

「えー、二人、もしかして付き合ってたり?」


「あ、いや、その――」


 体から血の気が引く。

 過去のトラウマが蘇ってくる。


『マジキモい』

『あいつ、和泉さんと釣り合うとでも思ってんの?』

『あんな陰キャと付き合ったら、和泉さんの格が下がるっつーの』


 そして気がついたら俺はこんなことを口走っていた。


「何言ってるんだ。そんな訳ないだろ!」


 あ。


 言ってしまってから、チラリと桃園さんの方を見る。


 桃園さんは少し悲しそうにうつむいていた。


 やってしまった。


 ***


 そして次の日。


「あの、ちょっといいでしょうか」


 学校に着くなり、俺は桃園さんに呼び出された。


「あの……昨日のことなんですけど」


「――ああ」


 「昨日のこと」と言われてすぐに、俺は帰り道でのあの出来事のことだと分かった。


 あのあと、俺と桃園さんは何となく気まずいまま家に帰ってしまった。


 ここは何とかフォローしないと。


「あの……昨日はごめん。ほら、クラスの女子に見られて、恥ずかしくてつい……」


「いえ。分かります。恥ずかしいですよね」


 ニコリと笑う桃園さん。良かった、分かってくれたみたいだ。


 っていうか、もしかして桃園さんも実は恥ずかしいと思ってたのかも。

 俺みたいな冴えない男が彼氏で、それをクラスメイトに見られて。


 うん、そうだよな。俺なんか桃園さんに釣り合わないし、桃園さんだって俺が彼氏じゃ、恥ずかしいに決まってる。


「あのさ――」


「はい?」


「俺たちが、付き合ってることは、当面は部活の仲間意外には内緒にしないか?」


「えっ?」


 桃園さんが、困惑した顔で俺を見つめる。


「ほら、あれこれ噂されるのも嫌だしさ」


 桃園さんはしばらくうつむいていたけど、やがて納得したようにコクンとうなずいた。


「……はい、分かりました。武田くんがそう言うのなら」


「だからさ、バレないように、帰りは前みたく部活のメンバーみんなで帰ることにしようよ」


「……はい」


 良かった、分かってくれたみたいだ。


「おはよう。タツヤ、桃園さん」


 ユウちゃんが教室に入ってくる。

 俺と桃園さんの会話はそこで自然と終わった。


「ああ、おはよう」

「おはようございます」


 そしてしばらく俺と桃園さん、ユウちゃんの三人で話をしていると、一人の男子がユウちゃんの元へ駆け寄って来た。


「あの、青梅さん、ちょっといい?」


「……なに?」


 見ると、教室のドアの所に隣のクラスの男子がいる。


 ユウちゃんがドアの所に行くと、隣のクラスの男子はユウちゃんに何か手紙を渡すと。真っ赤な顔で去っていった。


「……もらった」


 ユウちゃんは首をかしげながら俺たちの所へ戻ってくる。どうやらラブレターらしい。


「うふふ。最近、モテモテですね。ユウちゃん」


 そう、メガネを外し、髪を切ってからというもの、ユウちゃんはとにかくモテモテで男子からのアプローチをひっきりなしに受けているのだ。


 ユウちゃんは。少し拗ねたように横を向いた。


「……そんなんじゃない。好きじゃない人にモテても困るだけ」


「そうだよな。ユウちゃんはメガネを外す前から可愛かったし、メガネを外したらいきなり言いよって来るなんて、みんな見る目無いよな」


 俺が言うと、ユウちゃんは少し嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがと、タツヤ」


 そんな風に、俺と桃園さん、ユウちゃんがはなしていると、こんな声が聞こえてくる。


「ユウちゃん、最近モテモテなのにつれないよな」

「いつも武田にベッタリだし」

「やっぱりあの二人、付き合ってるんじゃないのか?」

「なるほど、最近可愛くなったのは彼氏ができたからか」


 えっ、まさか――俺とユウちゃんが付き合ってるっていうウワサが立ってる!


 チラリと横を見ると、ユウちゃんと桃園さんは少し気まずそうな顔をしていた。

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