第69話 渡辺さんのイメチェン

「桃園さん、武田ー、この服どう?」


 衣装部屋の扉を開けて渡辺さんが出てくる。


「おっ」


 出てきた渡辺さんの姿を見て、俺は思わず声を上げた。


 なんてこった! いつもと全然違う!


 白いフリフリのブラウスに紺色のリボン。そして紺色のメイド服みたいなジャンバースカート。清楚でありつつも胸元はしっかりと強調されており――まあ、俗に言う「童貞を殺す服」ってやつだ。


 だが、驚いたのはその服装だけじゃない。


 顔が――渡辺さんの顔が全然違う!


 いつもの濃い化粧を取った渡辺さんは、儚げな色白美少女に変貌していた。


 ま、まさか、あの小麦色の肌が日焼けじゃなくて化粧だったとは!


 この世界はモブであろうと美少女だらけだと思っていたが、メイクを薄くした渡辺さんのビジュアルは、その中でも最高峰の部類と言っても差し支えないだろう。ま、一番はやっぱり桃園さんだけど。


「お……おおっ、良いんじゃない!?」


「すごく可愛いです!」


 渡辺さんはモジモジしながらスカートをつまみ上げる。


「そ、そうかなー。なんか、いつもと違って変な感じ……」


「そんな事ないよ! むしろいつもこれでも良いぐらいだ」


「そうですよ。これで山田くんもメロメロですね!」


 桃園さんと二人で喜ぶと、渡辺さんは照れたように笑った。


「だといいけどさ」


 くくくく、これで山田も渡辺さんに惚れて、二人はくっつき……桃園さんと山田が付き合うというルートは完全に消えるはずだ。


 頑張れ! 頑張るんだ渡辺さん!!


 ***


 そして翌日、俺たちは駅前に集まった。


「……渡辺さん、遅いでござるなぁ。先に行ってるでござるか?」


 時計をチラリと見る山田。時刻は待ち合わせの時間より十分ほど過ぎている。


「そ、そのうち来ますよ! ねっ」


「そうだよ、まだ十分しか経ってないんだから。気長に待とうぜ!」


 慌てる俺と桃園さんを、不審そうな目で山田は見やる。


「ふうん。まあ、あと五分くらいは待つでござるか」


 ホッと胸の中の息を吐きだす。


 俺は時計をじっと見つめた。


 何やってるんだよ渡辺さん。早く来ないと行っちゃうぞ!?


「お待たせーっ、ごめんごめん、遅れちゃった」


 そこへ渡辺さんがやってくる。


「なーにやってるでござるか! 遅いでござる……渡辺……さん?」


 山田の口調が止まる。無理もない、そこに立っていたのは、フリフリの服に身を包み、薄化粧とイメチェンをした渡辺さんだったのだから。


「えっ……ええっ……渡辺さんでござるか?」


 山田が目をパチクリさせる。


「うん、そう。どう? この服」


 渡辺さんがヒラリと一回転する。

 俺たちはドキドキしながら山田の反応を見守った。


「ふうん……何か……いつもと雰囲気が違うでござるね」


 あれ?


 何か山田、反応が薄くない? 渡辺さんがこんなに可愛くなったのに。


 まあ、いいか。山田も単に照れてるのかも。


「それじゃあ、手芸屋さんに行ってみようか」


 気を取り直して、四人で駅ビルの大きな手芸屋さんに向かう。


「ここですよ」


「わあ、広いなあ」


 俺たちは広い手芸屋のレジの横にあるワゴンへと向かった。


「この白い布、カブにピッタリじゃん?」


「おお、しかも安いでござるね」


 山田と渡辺さんが二人で布を見ている。


 ――今だ!


 俺と桃園さんは視線を交わし、うなずき合うと、二人でこっそりとその場を離れた。


 くくく、かかったな、山田。今から「山田と渡辺さんを二人っきりにしよう作戦」スタートだ。


「あれ、桃園さんと武田氏はどこでござるか?」


「さ、さあ、どこに行ったんだろ」

 

 山田たちの話す声を聞いて桃園さんが慌てる。


「た、武田くん。もうバレたみたいですよ」


「ちっ、流石は山田。鋭いな」


 山田がこちらへとずんずん歩いてくる。

 俺は桃園さんの腕を引いた。


「来て、こっちだ」


 俺たち手芸コーナーの一角にある手作り服のコーナーへと急いだ。


 ここではハンドメイドの帽子やら手編みのセーター、手作りのスカートなんかが売られている。


「た、武田くん――山田くん、こっちに来ますよ?」


 俺はチラリと横を見た。ちっ、こうなったら仕方がない。


「こっちへ」


「えっ、えっ、でも、ここは――」


 俺は桃園さんを狭い試着室の中に押し込み、その中に自分も入った。


 勢い余って桃園さんを壁ドンしたような形になってしまうが、体制を変えた拍子に物音でも立ててしまったら大変だ。このままの体勢で耐えるしかない。


「あの、武田く――」


「しっ、静かに」


 二人で狭い試着室の中、息を殺す。

 ドキドキドキドキと胸の鼓動が止まらない。

 流石の山田も試着室の中までは追って来ないとは思うが――。


「――いないでござるね」


「向こうの方じゃない?」


 目の前を山田達が通り過ぎて行くような気配。


 ホッと胸を撫で下ろす。


「行ったみたいだな」


 靴でバレるかと思ったけど、どうやらさすがの山田もそこまで見ていなかったらしい。


「あ、あの、武田くん――」


 桃園さんの声にハッと我に返ると、桃園さんの顔がやけに近くにある。


「ご、ごめん」


 俺はパッと壁についていた手を離した。


「い、いえ、大丈夫です」


 桃園さんが乱れた髪を直す。

 桃園さんの顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。


「とりあえず、ここから出て階段から下の階に向かおう」


「はい」


 俺と桃園さんは、二人でこっそりと試着室を出ると、近くの階段へと向かった。


 そんな訳で「山田と渡辺さんを二人っきりにしよう作戦」は始まったのだった。

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