第23話 喫茶店にて
二人で喫茶店に入る。
大きなガラス窓から街を一望できるこの喫茶店は、カップルでごった返していた。
まずいな。こんな所に二人でいるなんて、まるで俺と桃園さんがカップルみたいじゃないか。こんな所を誰かに見られたら――。
「この席にしましょう」
「ああ、うん」
俺は冷や汗をかきながら桃園さんと窓際の見晴らしのいい席に腰掛けた。
二人でパフェを注文し、スマホから通販サイトを見てみる。
「見てください、このサイト。ドレスが1500円均一ですって。お姉さんたちの衣装も、ここで色違いで揃えたらいいかもしれませんね」
「本当だ。多分ペラペラだけど、パニエとかフリルとか足せばいいかも」
「魔女の衣装はこれなんかどうですか?」
桃園さんが見せてきたのは、足元に深いスリットが入り、胸元が空いたセクシーな魔女の衣装だった。
ええっ! これを桃園さんが着るのか!
いや、良いけど……凄く良いけど……目のやり場に困るというか……子供向けの劇だぞ!?
「こ、これ、少しセクシーすぎない?」
俺が指摘すると、桃園さんは顔を真っ赤にした。
「も、もちろん、着る時はもっと露出を減らしますよ! 下にレースの着いたブラウスを着るとかして……」
「あ、ああ。それなら」
ホッと息をつく。ま、セクシーな桃園さんも見てみたかったけどね。
「ピーチパフェとバナナケーキでございます」
と、そこに注文した品が運ばれてきたので、通販サイトめぐりはひと段落して、デザートをいただくことにした。
「うん、美味しいです」
桃園さんは、ピーチパフェを一口食べると、頬を押さえて微笑む。
可愛い。
こういう仕草一つとっても可愛いなんて、卑怯だ。
俺は水をグイッと飲み干し、火照った顔をごまかした。
「それに、見晴らしもいいですし、このお店、初めて入ったけど良いですね」
「ああ、そうだな」
俺は窓の外をじっと眺めた。
喫茶店には大きな窓があって、俺たちの住む街の街並みを一望できる。
漫画の中とは思えないほどリアリティのある街並みがはるか遠くまで続いている。
そういえば、俺はこの街で生まれ育ったわけでもなく、断片的なマンガでの知識しかないはずなのに、なぜかこの街の地理を完璧に把握している。
それどころか、うすぼんやりとこっちの小・中学校で暮らしたような記憶すらある。これは一体どういうことだろう。
俺がぼうっと外を見つめていると、ふいに桃園さんが聞いてきた。
「……武田くん、私と二人で出かけるの、嫌でしたか?」
「へ?」
あ、もしかして、ずっと黙りこくって外を見てたから勘違いされた?
「いやいや、そんな事ないよ! 桃園さんと買い物に来れて俺、スゲー嬉しいよ」
「本当ですか?」
「いやいや、本当だって!」
だが、必死に否定したにも関わらず、桃園さんは少し寂しそうな顔で下を向いた。
「でも、最初に私が誘った時も、少し嫌そうにしてたでしょう?」
え、いやいや、そんな事ないぞ。なんで俺が桃園さんと出かけたくないと思ってるだなんて勘違いを――。
あっ、桃園さんに衣装の買い出しに誘われた時に、他のやつを誘おうとしたからか?
俺は慌てて言い訳をした。
「ただ、二人っきりだとさ、変なウワサを立てられたりするだろ。そうしたら桃園さんも気にすると思ってさ」
「そうですか? そんなの、私、全然気にしないのに」
桃園さんが少し拗ねたような顔をする。
いやいや、小鳥遊に勘違いされたら困るだろうに。
何ったって桃園さんは、桃学の――小鳥遊のヒロインになるべくして生まれた女の子なんだから。
「とにかく、俺は桃園さんとここに来れて嫌だなんてことないから。むしろ嬉しいぐらい」
「……はい」
嬉しそうに微笑む桃園さん。
良かった。納得してくれたみたいだ。
こうして、何とか俺と桃園さんの二人っきりの買い物は終わった。
***
「ああ、私も舞踏会に行きたいわ」
シンデレラの衣装を身にまとったユウちゃんが空を見上げる。
シャララララー、という効果音と共に、魔女の衣装を身にまとった桃園さんが現れた。
「その願い、叶えてあげましょう」
くーっ、可愛すぎる。こんな可愛い魔法使い、反則だろ!
俺はそんな感情を押し殺しながら、極めて冷静にカットをかけた。
「カット! とりあえず今日のところはここまで」
「ふうー、お疲れ様」
「さっきのところ、良かったよ」
俺がみんなに声をかけていると、ミカンが寄ってきた。
「ねぇねぇ、ユウちゃんの演技、かなり良くなったと思わない?」
「ああ、確かに、前と全然違うな」
確かに、前は声も聞き取れないほど小さかったし、演技も棒読みだった。
だけど最近は、ずいぶん大きい声が出せるようになったし、演技もまだ少し棒読みだけどかなり良くなった。
これなら人前に出しても平気だろう。
「あんたのために頑張ったのよ。少しは褒めてやりなさいよ」
「お、おう」
別に俺のためでは無いと思うけど……。
「まあ、ユウちゃんが上手くなったのもビックリだけどさ、一番びっくりしたのはあれだよな」
「ああ、あれね」
俺とミカンは同時に後ろを見た。
部室の隅では、赤いワンピースを身にまとった山田がちょうどユウちゃんとセリフ合わせをしている所だった。
「ハッ、あんたみたいなグズでノロマなカスが舞踏会なんて無理に決まってるでしょ! グズはグズらしく、大人しく便所掃除でもしてなさいな! オーホホホホホホ!!」
高笑いをする山田に、俺とミカンは顔を見合せた。
いや、意地悪な継母役、ハマり過ぎだろ!?
まさか山田にこんな演技の才能があったとは……。
そうして劇の練習は大詰めを迎え、いよいよ劇の本番を迎えたのであった。
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