第26話 きみと相合傘

「……雨、やみませんね」


 桃園さんが部室から窓の外を見上げる。


 どんよりと空を覆う灰色の雲。朝から降り始めた雨は、下校時間になっても止むことは無かった。


「大丈夫ー? みんな、傘持ってないんでしょ」


 凛子先輩が心配そうに俺たちの顔を見まわす。


 ちなみに凛子先輩のイメージカラーは赤。恐らく先輩は赤いブラジャーをつけているのだろうと思うのだが、黒っぽいキャミソールを着ていてよく見えない。


 でも、よくよく考えると高校生なのに赤い下着って凄い大胆だよな。特に常識人っぽい凛子先輩がつけてると。


「――って思うんだけど、武田くん、ちゃんと聞いてる?」


「へっ!?」


 やばい、全然聞いてなかった。


「これだから武田氏は。全く、おっぱいのことしか考えてないでござるからなぁ」


 山田が聞き捨てならないことを言う。

 失礼な、俺が考えてたのはおっぱいじゃなくてブラジャーのことだっつーの。


 俺はとっさに真面目な顔を作ると、凛子先輩に聞き返した。


「すみません、ぼうっとしてて。何の話でしたっけ?」


 凛子先輩はニヤリと笑って言った。


「聞けば、この中で傘を持っているのは、武田くんと小鳥遊くんの二人だけらしいから、この二人の傘に皆で入って帰ろうって話だよ」


 いつの間にそんな展開になってたんだ?


「ああ、そうなんですか? で、俺の傘には誰が?」


「武田の傘には、桃園さんとユウちゃんに入ってもらう」


 えっ!?


 まさか、俺と桃園さん……とユウちゃんが!


「えっ、それはなんでその組み合わせに……」


「それは家の方向の問題だよ。桃園さんとユウちゃんは武田くんと同じ駅方面の道だし」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 くそっ、小鳥遊と桃園さんが相合傘できるチャンスだったのに、ぼんやりしてたせいでチャンスが失われた!


 ちなみに小鳥遊の傘にはミカンと山田が入ることになったらしい。


「あー私、いっくんと相合傘が出来て良かった!」


 ミカンがうっとりした顔でクルクル回る。

 小鳥遊は少し困ったような顔をした。


「隣の家で方向も同じだからね」


「そ、れ、で、も!」


 ミカンはカバリと小鳥遊の腕に抱きつき、これでもかと胸を押し付けた。


「いっくんと相合傘だなんて、ロマンチック!」


「あのー、拙者も居るでござるが……」


「あー楽しみ、二人っきりの相合傘!」


「あのー」


 可哀想に、山田は完全に無視されている。


「でも、それじゃあ凛子先輩はどうするんですか。凛子先輩も傘を持ってきて無いですよね?」


 小鳥遊が心配そうに尋ねると、凛子先輩はニヤリと笑った。


「それが、生徒会長が傘に入れてくれるって。意外に優しいところもあるんだね」


「そうなんですか」


 生徒会長が……ねぇ。


 まさか凛子先輩、生徒会長を脅した?


 それともまさか、生徒会長は百合のターゲットを先生から凛子先輩に変えた?


 いや、まさかな。


「そうなんですか。生徒会長、やっぱり本当は人格者で思いやりのあるいい人なんだね!」


 小鳥遊が顔を輝かせる。どうやら小鳥遊の中では、また生徒会長の株が上がったようだ。


 本当のことは……言わないでおこう。


 そのほうが小鳥遊のためだ。うん。


 ***


「――とはいうものの」


 俺の傘、そこまで大きく無いんだよな。三人も入れるかな。


「武田くん、お待たせしました」

「タツヤ、帰ろう」


 桃園さんとユウちゃんが靴をはいて俺のところにやってくる。


 俺は傘を開いた。


「傘、狭いけど三人も入るかな?」


「やってみましょう」


 とりあえず一番背の高い俺が傘を持つことになり、桃園さんとユウちゃんが俺の両脇に立つ。


 入ってみたけど、やっぱり三人じゃぎゅうぎゅうだ。


「これじゃあ肩が濡れますね」


「そうだ」


 ユウちゃんが「いいこと思いついた」とばかりに提案する。


「タツヤが私を抱っこすればいい」


 ね? と小首をかしげるユウちゃん。

 いやいやいや……。


「いや、いくらユウちゃんが軽くても、抱っこしたまま傘をさすのはさすがにね」


 俺が言うと、ユウちゃんは少ししゅーんとなった。


 ユウちゃん、たまに変なこと言うよなぁ。

 あ、もしかしてジョークのつもりだった?

 しまった。もうちょっと笑ってあげればよかったかな。


「えーと、シンプルに、もっとくっついてみたらいいのでは?」


 桃園さんがピッタリと俺にくっついてくる。


「これぐらいだと濡れないんじゃありませんか?」


 桃園さんが俺の右腕にぴったりとくっつき、上目遣いに見上げてくる。


 ぽよん。


 ――ぬあ!?


 ななな……こ、これは……この、暖かくて柔らかくてとろけそうな感触は……ままままさかおっぱ――。


 体温が急上昇し、俺の限界を超えた。


 思考が弾け飛ぶ。


「と、とりあえず、狭いからこれは桃園さんとユウちゃんで使って!」


 俺は超高速で桃園さんから身を離すと、傘を差し出した。


「えっ、でも、武田くんは――」


「俺は家近いし走って帰るから!!」


 俺はそう叫ぶと、ダッシュで土砂降りの中を家まで帰った。


 うおー! こんなの耐えられるか!!


 ***


 そして翌日。


 朝起きると、梅雨の時期としては珍しく晴れ間が広がっていた。


 いつもの様に制服に着替え家を出ると、家の前になぜか桃園さんがいた。


「あれ」


「あ、武田くん。おはようございます。今、インターホンを鳴らそうと思っていた所なんですよ」


 ふわりと微笑む桃園さん。でも、何で桃園さんがうちに?


「はいこれ、昨日借りた傘」


 桃園さんが黒い傘を俺に手渡してくる。

 えっ、わざわざ傘を届けに俺の家まで来てくれたの?


「あ、ありがとう。でも、学校で渡してくれても良かったのに」


「いえ、今日は晴れですし、余計な荷物になりますから。それとこれ――」


 桃園さんが小さなピンク色の包みを手渡してくる。


「お礼です」


「お礼? いやいや、そんなの別にいいのに」


 触った感触から察するに、中身はタオルかハンカチだろうか。


「いえ、こういうのはきちんとしておかないと」


 律儀だなあ、桃園さん。育ちがいいと言うか。俺は全然気にしないのに。


 あ、もしかして、お礼を学校で渡したら小鳥遊に誤解されるから、それで家まで来てくれたのかな? きっとそうだな。


「じゃあ、ありがたく貰っておきます」


「はい」


 俺がタオルを受け取ると、桃園さんは心底嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ、学校、行きましょうか」


「え? ああ、うん」


 そして俺たちは、二人並んで学校へと歩きだした。


 雨の日や相合傘もいいけど、やっぱりこういう晴れた朝って気持ちがいいな。


 空の向こうには虹がかかっていて、新しい朝が始まろうとしていた。






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