7 「見せてみろ」

 メリエルの様子がおかしい──。


 俺は怪訝な思いで魔将の少女を見た。


 俺をかばうように立つリリスとアリスの前で、メリエルは微動だにしない。


「そこをどいてください……」


 戸惑ったような、あるいは躊躇するような様子でうめく。


「嫌です。絶対に」


「ハルトと戦わないで。お願い」


 アリスとリリスが悲しげに懇願した。


「うう……」


 それに対して、メリエルは動かない。


 ──いや、動けないのか。

 攻撃魔法を撃つ気配もない。


「……魔王様の命令は絶対ですわ」


 メリエルがリリスたちから俺に視線を移した。

 噛みしめた唇からツーッと青い血が滴る。


 そう、青い血だ。

 俺たち人間とは違う、魔族の血……。


「魔将といえど、しょせんは魔王様の手駒に過ぎません。逆らえば殺される……」


 険しい表情でつぶやくメリエル。


「だから、わたくしは……」


 彼女の周囲に浮かぶ千の杖が、明滅を繰り返す。

 その内心を表わしているかのように。


「本当は、でも……」


 俺は怪訝な思いを強くした。


 メリエルの台詞は、まるで──。

 魔王の命令に逆らいたい、と言っているように聞こえる。


 殺されるという恐怖がなければ、本当はこんなことをしたくないんじゃないか、って。




「何をぐずぐずしておる、メリエル」




 ふいに、上空から声が聞こえた。


 腹の底にまで響くような重厚な声だ。


 振り返った俺の視界に、巨大な岩山が映る。


 ──いや、岩山じゃない。


 ゆっくりと見上げる。

 そのシルエットは山というよりも人のような姿だった。


「巨人……!?」


 身長二十メティルを越えているだろうか。

 全身が暗褐色の岩石で覆われた巨人だった。


 一体いつ現れたんだ、こいつは──。

 こんなに巨大な魔族なのに、今までまったく気配を感じなかった。


わしはビクティム」


 巨人が名乗った。


「魔王様の腹心たる六魔将──『鉄槌巨人』のビクティムと申す。メリエルの加勢に参上した」


「魔将が二人同時に──」


 思わず息を飲む。


 こいつらの標的が俺だっていうなら──。

 魔王はそれほどの戦力を投入してまで、俺を始末しようとしているっていうのか。


「儂の一撃にて砕け散れ、矮小なる人間よ」


 はるか頭上から巨大な拳が振り下ろされる。


 ──防げ。

 俺はすかさず防御スキルを展開した。


 極彩色の輝きを放つ光壁が、岩の巨拳を受け止める。


「むう……儂の拳打にもビクともせんか」


 ビクティムがうなった。


「君の防御、聞きしに勝るな」


「じゃあ、手数で勝負ですかねぇ?」


 別方向から声がした。


 まさか、まだ──!?


 次の瞬間、背後で連続した金属音が鳴り響く。

 何かの攻撃が俺を直撃したのだ。


「お前は──」


 振り返ると、そこには黒ずくめの人影がたたずんでいた。


 肩まで伸ばした黒髪に可憐な面立ち。

 外見は女の子にも思えるけど、さっきの声からしてたぶん男だろう。


 その周囲には、無数の鎌が浮いていた。


「あれ? 不意打ち失敗ですか。本当に硬いですねぇ、それ」


 少年が眉を寄せる。

 可愛らしい顔には不釣り合いの強烈な殺意と憎悪が、その表情からにじみ出ていた。


「あんまり抵抗されると面倒なんですよねぇ。早いところ僕にぶっ殺されてくださいよ。僕は楽して手柄を立てたいんですよねぇ、ふひひひ」


 空中からにじみ出るようにして、さらに鎌が増えた。


 数百単位の鎌が回転しながら四方から飛んでくる。


 逃げ場のない全方位攻撃──。


 だけど、俺が張った防壁の前には無力だ。


 ぎぎぎぎぎんっ、と連続して響く金属音。

 鎌の群れをことごとく跳ね返し、ザレアとビクティムに向けて打ち返す。


「小癪な」


 ビクティムは自身とザレアに向かった鎌をまとめて拳で払いのけた。


「むっ……」


 岩石の肌が大きく裂ける。


 ……なるほど、魔将の体ですら切り裂くほどの鎌、か。

 防御スキルを展開していればともかく、まともに食らえば、かすっただけでも致命傷だろう。


「うかつに触っちゃだめですよ」


 ザレアがビクティムに注意した。


「僕の鎌はなんでも斬れますからねぇ、ふひひひひ」


「笑いごとではないぞ、ザレア。今のは君をかばったのだ」


「はいはい、それはどうも~」


 ザレアと呼ばれた少年があっけらかんと笑う。


「あ、自己紹介が遅れちゃいましたね。僕も魔将なんですよぉ。『死神』ザレアなんて呼ばれてます。よろしくお願いしますねぇ」


 笑いながら、『死神』はひょいっと右手を前に差し出した。


「まー短い付き合いだと思いますけど、ふひひひ」


 同時にふたたび鎌が回転し、向かってきた。

 俺の周囲をかすめて飛んでいく。


 いや、これは──。


「リリスとアリスを……!?」


 最初から俺ではなく、二人を狙った攻撃!


 俺は即座にスキルを分散させた。


 一つは引き続き俺の周囲を防御。

 もう一つをリリスとアリスの元まで飛ばして護りの障壁アーマーフェイズを発動させる。


 間一髪、無数の鎌は俺が新たに作り出した虹色のドームに弾き飛ばされた。


「リリスやアリスは関係ないだろ」


 俺は怒りを込めてザレアをにらんだ。


「俺を狙えよ」


「へえ、大したナイトっぷりですね」


 美貌の死神少年は、口の端を歪めるようにして笑った。


「そういうの、心底ウザいです。殺したいなぁ~」


「君を殺したいのはザレアだけではない。儂も同じだ」


 頭上からビクティムの声が響く。


「……わたくしにも、魔王様から受けた命令があります」


 そして中空からはメリエルが俺を見据えている。


「三対一か……!」


 俺は、ゴスロリドレスの少女を、岩石の巨人を、黒ずくめの少年を、順番に見回した。


 魔王に次ぐ能力を持つ高位魔族が三人。


 しかもここは異空間だ。


 逃げることはできない。

 立ち向かおうにも、俺には決定打がない。


 あるいは、俺一人なら攻撃を完封できるかもしれないが、リリスとアリスが巻き添えを食うかもしれない。


「見せてみろ、神の力とやらを」


 ビクティムが冷ややかに告げた。


「見せなくてもいいんで、さっさと僕に殺されてくださいよぉ」


 ふひひ、と笑うザレア。


「…………」


 そして、無言のまま俺を見下ろしているメリエル。


 どうする──。

 俺は内心で自問した。


 今はまだ小手調べ段階だろうけど、すぐに三人の魔将による波状攻撃が来るだろう。


 どうやって、切り抜ける──。


 複数のスキルを同時に使えるようになったとはいえ、『複数の種類を』『同時に』使うことはできない。

 魔将たちが攻撃を連打してきたときに、俺だけじゃなくリリスやアリスまで守りきれるだろうか。


 できるとすれば、グリード戦で目覚めたあの黄金の空間を出現させることだ。


 だけど、あれは未だに使いこなせていない。

 自分の意志で発動させることはできない。


 現状で俺にできることを全部やって、戦うしかない。


「必ず護ってみせる……!」


 リリスも、アリスも。


 そして──。


 俺はメリエルに視線を移した。

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