11 「一度だけの」

「一度きりの作戦か……俺はどうすればいいんだ?」


 ディアルヴァに聞こえないよう、小声でたずねるジャックさん。

 俺は耳元で作戦の内容をささやいた。


「──分かった」


 ジャックさんがうなずく。


 作戦の成否を分けるのはタイミングだ。

 俺がスキルを発動するのが早すぎても、遅すぎても、見破られてしまうだろう。


 一度種が割れれば、二度とは通用しない。


「相談は終わったのであるか?」


 ディアルヴァが悠然とたたずんでいた。


 ぼろきれのようなローブの裾が風にはためく。

 フードの奥にある顔は、黒いモヤのようなものがたゆたっていて、その表情はうかがい知れない。


「だが何をしても無駄である。ワタシは決して無理はしない。キミたちを倒せなくても、柱さえ守ればそれでよい。いずれ王都全体に毒が満ち──すべての人間が死に絶える」


 と、ディアルヴァ。


「それがワタシの呪術『竜牙結界バリアファング』。逃れる術はないのである」


「そうはさせない──ジャックさん、準備を」


 俺の合図でジャックさんは四方にいくつもの瓦礫を運んだ。

 いずれも体が隠れるくらい大きな瓦礫を選んである。


「これだけの質量を、俺が限界まで『強化』して投げれば──お前も無事じゃすまない」


 ジャックさんがディアルヴァをにらむ。


「さっきの俺のパンチもお前にダメージを与えていた。十分な威力を備えた物理攻撃なら通用するはずだ」


「何をやるつもりかと思えば、そんな単純なことであるか」


 魔将は嘲りの台詞を吐きながらも、油断した様子はない。


「空間を渡るワタシには当たらない。仮に魔法を封じられたとしても、ワタシには人間を超える身体能力がある。どのみち、そんな原始的な攻撃が当たることはない」


「どうかな」


 ジャックさんが瓦礫の一つを持ち上げた。


 その瓦礫の表面に輝く紋章が浮かび上がる。

『強化』のスキルだ。


「じゃあ、始めようか」


 俺はディアルヴァを見据えた。


 そして──最後の攻防が始まる。


    ※


「じゃあ、始めようか」


 凛と告げた少年を、ディアルヴァは冷ややかに見据えた。


 何かを企んでいるようだが、問題はない。

 彼らに自分を倒す手段はない。


 唯一、警戒すべきは戦神ヴィム・フォルスの力を持つ男だろう。


 狼を思わせる頭部に、甲冑のような体躯。そして長大な尾。

 その姿は、六魔将ガイラスヴリムが百パーセントの攻撃力を発揮する際に使う形態──獣騎士形態コードビーストに酷似していた。


 いや、同質同種の技と見たほうがいいかもしれない。


 実際、先ほど食らった拳は、ディアルヴァに少なからずダメージを与えた。

 極限まで『強化』された拳撃は、生半可な攻撃魔法や達人クラスの武術よりもはるかに強力な一撃となる。


 魔将たる自分も、あれを何度も受ければ死は免れない。


「当たれば、の話であるが」


 つぶやくディアルヴァ。


「いくぞ、魔族!」


 ジャックが吠えた。

 手近の巨大な瓦礫を持ち上げた体勢で。


「うおおおおおおっ!」


 雄たけびとともに、瓦礫を投げつける。

 音速をはるかに超え、衝撃波をまき散らしながら、瓦礫が迫った。


「ただ投げつけるだけ──馬鹿の一つ覚えであるな」


 ディアルヴァは拍子抜けしながらも、警戒は怠らない。


 空間を跳躍して、瓦礫から逃れる。


 と、その出現地点に向かって、二撃目が飛んできた。


「連続攻撃──」


 だが、想定内だ。


 相手はディアルヴァが空間跳躍をする暇も与えずに攻撃しようという狙いかもしれないが、人間と違って魔族は詠唱のタイムラグがほとんどない。


 魔将は即座に二度目の空間跳躍をしようと魔力を集中し──、


「……むっ!?」


 そのとき、気がついた。


 飛んでくる瓦礫の裏に、かすかな虹色のきらめきが見える。


「本命の攻撃は、それであるか」


 そう、瓦礫の裏に虹色の光をまとった影が隠れているのだ。


 連続投擲攻撃、と見せかけ──瓦礫の死角から『防御』のスキルをまとったジャックが突っこみ、魔将に攻撃を仕掛ける。


 それこそが彼らの本当の狙い。


「ふん、多少は手の込んだことをするようだが──無駄であるよ」


 ディアルヴァは飛んでくる瓦礫をギリギリまで引きつけ、空間を跳んだ。


 今までの戦いで、魔将は観察していた。


 ハルトのスキルは確かに絶対的な防御力がある。

 だが、一カ所にしか使えないという致命的な欠点があった。


 今、ジャックにスキルをかけているということは、術者であるハルト自身は無防備になっているはずだ。


 そこを狙い、撃つ。


「護りの力を持つ者が、その護りを捨てた瞬間を狙われて死ぬとは──皮肉なことであるな」


 ハルトのすぐ側に瞬間移動するディアルヴァ。


「くっ……!」


 振り向いたハルトは、表情をこわばらせていた。


 作戦が裏目に出た、という絶望か、恐怖か。


「終わりだ」


 ディアルヴァは右手を突き出し、光弾を放つ──。

 と、その直前に、


「お前が、な」


 ハルトが、笑った。


「えっ……!?」


 一瞬、ディアルヴァの動きが止まる。

 背後にすさまじい殺気が膨れ上がる。


「まさか──」


 愕然と振り返った。


 青黒い体躯の獣騎士が、そこにいた。


     ※


 俺が考えた作戦は、シンプルなものだった。


 まず、ジャックさんが『強化』を利用した瓦礫投げでディアルヴァを狙う。


 当然、向こうは避けるだろうから、さらに追撃で二発目を投げる。

 その際に、二発目の瓦礫と同じ軌道で三発目の瓦礫を投げた。


 そして、その三発目に俺が防御スキルをかけたのだ。


 二発目の影からもれる虹色の光を見て、ディアルヴァはこう誤解しただろう。

 瓦礫の影に隠れて、スキルに包まれたジャックさんが突っこんできた──と。


 もちろん、じっくり見れば、それがジャックさんではなく瓦礫だと分かったはずだ。

 だけど高速で飛んでくる瓦礫を前に、そこまで観察する余裕はない。


 だから、ディアルヴァはジャックさん──実際はそう誤認させた瓦礫だが──を避けるため、ふたたび瞬間移動をするはずだ。


 その際、俺の近くに移動してくることも予想できた。


 防御スキルは一カ所しか守ることができない。

 スキルを飛ばしている状態だと、俺自身は無防備。

 魔将は必ずそこを突いてくる──と。


 すべては、狙い通りだった。


 手近に身を潜めていたジャックさんが飛び出し、現れた魔将を迎撃する──。


 もちろん、こんな手段は一回バレればそれっきりである。


「通用するのは、一度だけの──でも、それで十分だ」


 俺はスキルを手元に戻し、魔法の発動を無効化する空間──不可侵領域バリアフェイズを展開した。


 ディアルヴァの空間跳躍はこれで封じられた。

 奴に残された逃避手段は身体能力を活かして跳ぶか、走るか。


 だけど、そのいずれも──ジャックさんの身体能力の前には通用しない。


「があああああああああああああああああああっ!」


 大気を震わせるような雄たけびとともに、獣騎士が接近した。


 慌てて跳び下がろうとする魔将だが、ジャックさんはさらに加速して間を詰める。

『強化』された拳がうなり、蹴りが放たれる。


 響き渡る打突音。衝撃音。破砕音。


 俺にはほとんど視認すらできないレベルの──おそらくは数百数千という連撃が、ディアルヴァに叩きこまれた。


「ぐ、はぁ、あああっ、ぁぁ、ぁ…………」


 苦鳴は一続きで、そして一瞬だった。


 全身を粉砕されたディアルヴァがその場に倒れ伏す。

 ぼろきれのようなローブに包まれた体は、もはやピクリとも動かない。


 それが──。


 六魔将ディアルヴァの、あっけないとも言える最期だった。

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