7 「至高なる神の紋章」

 魔将メリエルが人の世界に来て、一ヶ月近くが経った。


 どうやら魔の者がこの世界にいられる制限時間は『人に対する害意』が関係している──という彼女の仮説は正しかったらしい。


 通常の魔族や魔獣が数日しか留まれない人間界に、消滅することもなく一ヶ月近く滞在できているのがその証だ。


 とはいえ、人間の恐怖を食らいたいという魔族としての衝動は定期的に込み上げてくる。

 魔将のメリエルだからこそ、鋼の理性でなんとか抑えこんでいるが、並の魔族や、低い知能しか持たない魔獣では、とてもこうはいかないだろう。


 ともあれ、仮説の実証は進んだ。

 次の目標は冒険者になることである。


 そして──今日はその入会審査の日だった。


 午前中の面接や筆記試験(いずれも形式的なもののようだ)を経て、メリエルは本番ともいえる模擬戦に臨むこととなった。

 防御結界で守られた闘技室で、彼女は試験官の男と対峙した。


「妙な格好だな……」


 ダルトンと名乗ったその男は、メリエルのゴスロリ衣装を見てぽつりとつぶやく。


(なんという無礼な男ですの)


 これは彼女がもっとも好んで身に着ける衣装である。

 そのお気に入りをよりによって『妙な格好』扱いとは。


 思わずにじみそうになる殺意を、無理やり理性で抑えこむ。


(人への害意は禁物ですわ……わたくしの衣装の可憐さと素晴らしさが分からない無粋な男など殺してしまいたいですが……我慢ですわ、我慢我慢……)


 すうはあ、すうはあ、と深呼吸を繰り返す。


「緊張しなくてもいい。普段の力を出し切ればいいんだ」


 そんな彼女の様子を勘違いしたのか、ダルトンが微笑む。

 見かけによらず、受験者を気遣うタイプのようだ。


「受験番号603番、メリエル・ブラウニー。攻撃タイプの魔法使いか。とりあえずお前の攻撃能力を見せてもらうぞ」


(何が悲しくて、栄えある魔将のわたくしが人間ごときと魔法勝負なんて……)


 メリエルは内心でため息をついた。


 しかも試験官はむさくるしい中年男で、メリエルの苦手なタイプだった。

 どうせなら、この世界に来た当日に知り合ったあの双子の美少女のような可愛らしい相手がよかったのに……。

(アリスさんとリリスさんは今日の審査でも激励に来てくださいましたわね)


 あの二人には冒険者ギルドの仕組みや入会の仕方から、その仕事内容まで色々と教えてもらった。

 その後も交流があり、ときどき一緒に食事をしたりする仲だ。


 人間など彼女にとってエサに過ぎないが、あの双子だけは少し違う。

 可能なら魔界に連れ帰り、手元で愛でてもいいと思う程度には気に入っていた。


「どうした、仕掛けてこないのか?」


 ダルトンがうなる。


(……今は試験に集中ですわね)


 なんといっても、模擬戦は五分しかないのだ。

 そこで効果的に自分の実力をアピールしなくては合格などおぼつかない。


 メリエルはたおやかな手をまっすぐに伸ばした。

 軽く魔力を込めて、紫に輝く光弾を放つ。


「くっ……魔防壁シールド!」


 ダルトンは驚いた様子で防御呪文を唱えた。

 青く輝く光壁が紫の光弾とぶつかり、ともに消滅する。


「お前、詠唱もなしに魔法を……!?」


 ダルトンが呆然とメリエルを見つめていた。


(いけない、人間は『呪文の詠唱』などという面倒な行為をしないと魔法一つ使えないのでしたね)


「……き、聞こえないようにこっそり素早く唱えただけですわ。おほほほほ」


 笑ってごまかすことにした。


「なるほど……高速詠唱を得意にしているわけだな。実戦的な技能だ」


 幸い、愚直な男らしく今の説明で納得してくれたようだ。


 ──模擬戦が再開された。


 適当にダミーの詠唱を交えつつ、メリエルは片手間の攻撃魔法を放つ。

 赤、青、緑──色とりどりの光球が放たれ、それをダルトンが防御する。


 周囲に爆炎の花がいくつも咲いた。


 メリエルにとって、人間相手に思いっきり加減した一撃だ。

 でなければ、たとえ防御結界があろうと目の前の男を殺してしまいかねない。


 もちろん人間の生き死になどどうでもいいが、目的はあくまでも冒険者になることである。

 試験官を殺害してしまうのは、さすがにまずい。


 とはいえ、魔将の魔法を前に、ダルトンは防戦一方だった。


(首尾よく冒険者になれたとして──問題は彼にどう近づくか、そして彼をどう倒すかですわね)


 そんな彼を尻目に、メリエルは魔将ガイラスヴリムを討った者のことを考えていた。


 戦いの映像は、人間界に来る前に魔王から何度も見せてもらった。

 見たところ、防御スキルには効果時間が決まっており、それが解けた状態を狙えば、おそらく殺すことができるだろう。


 要は隙を突けばいいのだ。

 神のスキルを持つ冒険者を見つけ出し、接近すれば──殺すことはたやすいだろう。


 この一ヶ月、王都で情報収集をしてみたのだが、ガイラスヴリムとの戦いで功績があったのは『氷刃』のルカという騎士だ、という話だった。


 神の防御スキルを持つ者の存在など、噂話にすらない。

 人間どもが情報を隠しているのか、あるいは──。


(やはり冒険者になって、内部から探るしかなさそうですわ。そして必ず、わたくしが神のスキルを持つ者を──殺します)


 思わず力が入った一撃は、今までとは比べ物にならない威力でダルトンに襲いかかった。


「くっ……な、なんという重い一撃だ……っ!」


 ダルトンは防御魔法を張り、メリエルの光球を受け止めていた。

 光球と光壁がぶつかり合ったまま、周囲にまぶしいスパークをまき散らす。


「……あら、意外にやりますわね」


 本気ではないが、それなりの力を込めた一撃を受け止めた彼に対し、メリエルは賛辞の言葉をつぶやいた。


 人間にしては、なかなかの魔力コントロールだ。

 この百年の間に、文明だけでなく魔法の技術も進歩したということか。


 光球はダルトンの障壁に弾かれ、そのまま壁に激突する。

 大爆発が起こった。


 防御結界を貫通し、壁にまで大穴が空いてしまっている。


「あれは……!?」


 ふいに天空に向かってまばゆい光の柱が立ち上った。


 ぞくりと全身の肌が粟立つ。

 まるで体中を揺さぶるような悪寒と威圧感。

 彼女と──『魔』の属性を持つ者と、決して相容れない聖なる気配。


 立ち上った光は、翼を広げた竜のような紋様を青空に描き出す。


至高なる神の紋章ガレーザ・クレスト……!?」


 メリエルは驚きに目を見開いた。


    ※


 森の中を、人影が疾走している。


 野生の獣をもはるかに凌駕するスピード。

 超高速での移動にもかかわらず、密集した木々の間を瞬時に見極める反射神経。

 さらに、その速度を一時間以上も維持し続ける持久力。


 すべてが──人の運動能力をはるかに超えていた。


 まさしく、規格外。

 まさしく、超人。


「ふう」


 人影──ジャック・ジャーセは目的地まで到着すると、足を止めた。


 四十三歳という年齢相応の容姿。

 その顔立ちは、よく言えば精悍、悪く言えば愛想に欠けるといったところか。


「下手すりゃ一日かかる道も十分足らずか。本当に便利なもんだ」


 顎の無精ひげを指でさすりながら、にやりと笑った。


 半年ほど前、彼にスキルを授けてくれた神に感謝しなくてはならない。


 確か、あの神は自らのことをヴィム・フォルスと名乗っていた。

 傭兵たちの間で守り神として崇められている戦神の名だ。


「『強化する』スキルか……こいつがあれば、肉体労働でいくらでも稼げるからな」


 悦に浸ってつぶやいた、そのときだった。

 木立の向こうから突然光の柱が立ち上る。


「な、なんだ、ありゃ……!?」


 天空にまで伸びた光は、青い空に美しい紋様を描き出す。


 翼を広げた、竜のような紋様だった。

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