4 「監視しておけ」

 聖王国ルーディロウム──。


 大陸三強の一つに数えられる大国の中心地に、冒険者ギルド本部は位置していた。


「このたびは我が国を襲った強力な魔族討伐にお力をお貸しいただいたこと、アドニス王国を代表して感謝の意を表させてもらう」


 本部を訪れたベネディクト・ラフィール伯爵は、現れた女性に深々と頭を下げた。


「ふん、魔の者から人々を守るのは、冒険者ギルドの本分だからねぇ。それに十分な報酬を受け取っている。礼には及ばないよ」


 彼女──テオドラ・クリューエルが伝法な口調で答える。


 流麗な黒髪を腰のあたりまで伸ばした長身の女性だ。

 艶やかな化粧に彩られた美貌は二十代のようにも三十代のようにも見えるが、彼女が活動している年数から考えると、あるいはもっと上かもしれない。


 年齢不詳のこの美女こそ、大陸に勇名を馳せる冒険者ギルドの長である。


「魔将といえば伝説に登場する魔王の腹心。それを退けてしまうとは……いやはや、このラフィール、感服いたしました。さすがは最強のランクS冒険者だけのことはある」


「一人は死んじまったけどねぇ。いや、惜しい男を亡くしたよ」


 テオドラが物憂げなため息をついた。


 ──先の魔将ガイラスヴリム戦では、二人のランクS冒険者が派遣された。

 卓越した騎士である『ひょうじん』のルカと、世界最高峰の防御魔法の達人『金剛結界こんごうけっかい』のドクラティオ。


 そのドクラティオは魔将の前に命を落としていた。


「ただその仇を『氷刃』が取ってくれたのでありましょう?」


「……そうだね。まだ十五歳だっていうのに末恐ろしい騎士だよ、あの娘は」


 うなずくテオドラ。


 表向きは、魔将ガイラスヴリムを倒したのはルカということになっている。


 とはいえ、それは事実ではない。


 魔将戦に同行した騎士団には、ラフィールの手の者を潜りこませてあった。

 その者から戦況をすべて聞いていたのだ。


(ハルト・リーヴァ……だったか。魔将戦での勝利の立役者は)


 ギルドの象徴であり金看板でもあるランクSが二人がかりで敗れ、冒険者ですらない少年が魔将を封じたなど、ギルドとしては面白くないのだろう。

 そのため対外的な発表では、ルカが魔将を倒したことになっていた。


「さすがはランクSの冒険者ですな」


 ラフィールは真実を知っていることなどおくびにも出さず、テオドラに追従した。


「いや、冒険者の力だけじゃない。王国の騎士団も魔将の盾となり、よく戦線を維持したとか。諸国からも称える声が多いみたいだね。ルーディロウムもその噂で持ちきりさ」


「恐れ入ります」


「実質、この国の軍事を取り仕切っているあなたの株も上がっただろう」


「私はただの助言者ですゆえ。功績は軍務大臣に」


「どの口が言うんだい。大臣などあんたの傀儡じゃないか」


 相変わらずの歯に衣着せぬ舌鋒に、ラフィールは内心で苦笑した。


「ともあれ、今回は我々とギルドの連携で魔将クラスの敵を退けることができました。願わくば、今後もよい関係を築きたいものです」


「ああ、既定の報酬さえ払ってくれるならね。対価に見合う仕事はするし、対価がないなら自前の兵力で魔の者とやり合ってもらうしかないねぇ」


 にやりと笑うギルド長に対し、ラフィールはふたたび内心で苦笑した。




「まあ、ギルドとしても悪くない結果だろうな。魔王の腹心の一人を倒したのだから実績としては申し分がない。冒険者ギルドの勇名はさらに高鳴るだろう。虎の子のランクSを一人失った痛手を差し引いても、お釣りがくる戦績だ」


 アドニス王国までの帰路、魔導馬車の中でラフィールは口ひげをいじりながら笑う。


「同時に、我々にとっても悪くない結果だ。魔将を退けたアドニス王国の勇猛は諸外国にまで鳴り響いただろう」


「そして旦那様のお名前も」


 側に控える老執事のゴードンが恭しく告げた。


「ふむ……これでアドニスの軍事に対して今まで以上に口出ししやすくなるな。何せ私は魔将から国土を守り抜いた名参謀だ」


 冗談めかして言ったラフィールに対し、ゴードンはニコリともせず頭を下げた。

 相変わらず生真面目な男だ。


「そうそう、ハルト・リーヴァといったか……あの少年を監視しておけ」


「監視……ですか」


 内心でほくそ笑みつつ、魔将戦の報告をあらためて思い出す。


 といっても、周囲には破壊衝撃波が吹き荒れ、遠目では視界もままならなかったそうだが。


 ただハルトの発する防御魔法が、どうやら魔将を封じていたらしい、との証言だった。


 冒険者になったばかり──防衛戦当時はまだ素人だった──が、それほどの力を発揮したとは信じがたい話だ。

 魔将の攻撃力は、あのドクラティオの防御魔法さえ撃ち破るほどだというのに。


 だがもしも、本当に魔将すら抑えこむほどの絶対的な力を有しているとしたら……。


「世界に波乱を呼ぶ存在にすらなれるかもしれんな」


 ラフィールが喉の奥を鳴らすように笑う。


「アリスやリリスと近しい間柄だったな」


 ゴードンを通して、彼のことを簡単に調べさせた。


 クラスAのDイーターやクラスSの竜との戦闘において、アリスやリリスと共闘したらしいこと。

 その後、彼が冒険者ギルドへの入会審査を受ける際にも、色々と世話をしていたこと。

 そして審査に合格した後も、行動を共にしているらしいことなど。


 友好関係にあるのは間違いなさそうだ。

 年ごろの男女なのだし、それ以上の仲……ということも考えられる。


「いざとなれば、娘をあてがってもよい。冒険者としては二流でも、母親に似て見目だけはよいからな。ハルトとやらのご機嫌取りのために差しだすという手も……」


 娘など、しょせんは道具──自分の野心のために、使えるならば使うだけだ。

 使える手駒になりそうなら、今のうちに彼と友好的な関係を結んでおくのも悪くない。


 強大な力を持っているなら、遠からずランクAやSにまで上がるかもしれない。

 Bに留まっている不詳の娘たちと違って。


 アドニスの武力の一助となるか、ギルドとのパイプ役でも務めてもらうか……いずれにしろ使い勝手はよさそうだ。


 魔将を封じるほどの力の持ち主を手中にすれば、アドニスの武力をもっと大きく──列強ではなく一強になれるほどに大きな国に成長するかもしれない。


「せいぜい、よい手駒に育てよ。ハルト・リーヴァ──」


 野心はどこまでも膨らみ、ラフィールは心地のよい夢に浸った。

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