3 「将来有望ね」

 俺は王都の西に広がる森林を進んでいた。


 魔法結晶が採取できる場所は、この先だという話だ。

 ジネットさんの話を聞く限り、採取には俺のスキルが役立ちそうだった。


「そういえば、このスキルって他にもバリエーションがあるんですか、女神さま?」


 心の中に呼びかけてみるが、反応はない。


 ──俺は魔将ガイラスヴリムとの戦いの最中、意識の世界インナースペースで幼女バージョンの女神さまと対面し、スキルについて教わった。

 あれ以来、何度も呼んでるんだけど、一度も反応がない。


 あのときは戦いの緊張とか気持ちの高ぶりとか、色々と極限状態だったし、よっぽどのテンションじゃないと交信できないってことなんだろうか。


「イルファリア……って言ってたよな」


 大陸で広く信仰されている神さまっていうと、至高神とも主神とも呼ばれるガレーザや、傭兵たちの守り神とされている戦神ヴィム・フォルスなんかが思い浮かぶけど、イルファリアなんて名前は聞いたことがない。


 そういえば、失われた古代の神、なんて名乗ってたような気がする。


 ……いや、今は女神さまのことより探索のことだ。

 しばらく進むと、目的の場所──爆炎弾樹ツリーボムの群生地にたどり着いた。


「なんだ、お前も採取か」


 目的地には先客がいた。


 数人の冒険者が俺のほうを見る。

 この人たちも魔法結晶の採取をしているらしい。


 といっても、木はたくさん生えているし、競合することはなさそうだ。


「今日の爆炎弾樹ツリーボムは特に反応が強烈だから気を付けたほうがいいぞ」


「ご忠告どうも」


 冒険者たちの助言に感謝し、俺はあらためて爆炎弾樹ツリーボムを見つめる。


 燃え盛る炎を連想させる花を咲かせた、高さ十メティルほどの木。

 枝の先には美しい宝石に似た果実がなっている。


 魔法結晶──その名の通り強い魔力が宿った結晶体だ。


 魔導技術を使った道具は、だいたいこれがエネルギー源になるんだけど、採取するのが大変で需要に供給が追い付いていない状態。

 そのため、けっこうな貴重品だった。


「引っこ抜けばいいんだよな……」


 とりあえず手近の実をつかむ。


「お、おい、よせ、危ないぞ! 先に防御呪文をかけろ!」


 冒険者たちがおびえた様子で警告した。


「ちょっと離れていてもらえますか」


 俺は彼らが巻き添えを食わないよう、注意を促した。


「いや、だから呪文を──」


「大丈夫です」


 自信たっぷりに言うと、冒険者たちは、


「どうなっても知らんぞ……」


「最近の若いのは命知らずだな……」


 などとブツブツ言いながら後ずさった。


 彼らが十分な距離を取ったことを確認し、俺はあらためて魔法結晶の実をつかみ直す。


 これを枝から取ると、爆炎弾樹ツリーボムから強烈な火炎魔法が発生し、同時に種子が矢のように浴びせられるはずだ。

 結晶を守るための、一種の防衛機構だと、受付嬢のジネットさんは言っていた。


 要するに魔法と物理、両属性の攻撃が一度に飛んでくるってわけだ。

 だから結晶を回収する際には、身を守るために上級魔法アンコモンスペルクラスの防御呪文が必須である。


 ただし防御呪文っていうのは、たとえば対物理なら魔法攻撃は防げないし、逆に対魔法なら物理は防げない──というふうにすべてを満遍なく防御することはできないそうだ。


 通常は対魔法と対物理、属性の異なる防御呪文を二重掛けしなければならない。

 ただ、それができるのはある程度ランクの高い魔法使いに限られる上に、かなりの手間だっていう話だった。


 まあ、だからこそ貴重品なわけだが。


 俺は、ぶちっ、と音が立てて、宝石みたいな実をもぎ取った。


「これが魔法結晶か……」


 木漏れ日を反射して美しく輝く結晶に見とれる俺。


 次の瞬間、視界が赤い炎に染まる。

 さらに、無数の種子が矢となって降り注いだ。


 炎と種子弾の同時攻撃──。


 俺の周囲で甲高い金属音が鳴り響いた。

 護りの障壁アーマーフェイズが炎と種子を弾き返した際の音である。


 神の絶対防御スキルの前には、物理と魔法の同時攻撃もまったくの無力だ。

 他の冒険者たちが巻き添えを食わないよう、誰もいない方向に全部反射しておいた。


「な、なんだ、お前、その魔法は……!?」


「いつの間に詠唱したんだ……!?」


「だいたい、二重掛けもしてないよな……何者だ、お前」


 冒険者たちがいっせいにざわめいた。


 俺は彼らに軽く会釈すると、次の実をもぎ取る。


 ふたたび弾ける炎と種子。

 もちろん俺は無傷である。


 さらにもう一個。

 またまた反撃が来るけど、俺は無傷。


 よし、この調子でどんどん行くか。


 スキルの効果時間切れにだけ気を付けて、俺は拍子抜けするくらい簡単に結晶を採取していった。




「すごい! こんなに取ってきたんですか!?」


 ギルドの受付まで戻ると、ジネットさんが目を丸くした。


「けっこうたくさんあったので、とりあえず持てる分だけ持ってきたんですけど」


「一つ採取するたびに防御魔法を二重掛けする必要がありますし、どうやってこんなに……普通は一日かけても数個しか取れないんですよ」


「防御魔法は得意分野なので」


 俺がとってきたのは、おおよそ三十個だ。


 しかも両手に抱えきれなかったので、その数で終わらせただけだった。

 持ち運びの手段があれば百でも二百でも採ってこられるだろう。


「……ランクAの依頼をこんなに鮮やかにやり遂げるなんて。将来有望ね。ちょっと年下だけど、顔も悪くないし。うん、がんばらないと……」


 なぜか俺の顔をジッと見つめるジネットさん。

 目が爛々と輝いていた。


「えっ?」


「あ、いえ、出会いもないし、でも結婚には憧れるし、できれば三十になる前にいい相手を見つけたいし……じゃなかった、えっとハルトさんが採取した魔法結晶はこちらで買い取らせていただいてよろしいですか? 規定の手数料がかかりますので、ハルトさんの取り分は──」


 と、すぐに元の表情に戻り、ジネットさんは事務的な説明を始める。


 だけど時折、俺の顔を見ては悩ましげなため息をついていた。

 一体どうしたんだろう?


 ──その後、俺は十回ほどギルドと森を往復して、合計で三百個の結晶を取ってくることができた。


 今日一日だけで銀貨三百枚、つまり金貨三十枚分の稼ぎだ。


 普通の家庭が一年暮らせるくらいの額である。

 はっきり言ってボロ儲けだった。


 とはいえ、魔法結晶が実る数にも限りがあるし、あまり乱獲するとまずいらしいので今後の採取はある程度セーブしたほうがいいみたいだ。


 今までは俺みたいに一日で百個単位の結晶を採取できる人間がいなかったから、乱獲問題なんて起きなかったわけだけど。


「一日にどれくらい採取していいのかは、上の者と相談しておきますね」


 と、ジネットさん。


 そんな感じで俺の初仕事は終わった。


 ギルドを出ると、すでに日が沈みかけていた。


「あ、そろそろ約束の時間か」


 今日の夜はリリスたちが、俺の冒険者合格祝いにちょっとしたパーティを開いてくれるんだとか。


 楽しみだ──。

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