2 「初仕事か」

「こんな朝っぱらから破廉恥な連中ね。嫌がっている女性を無理やり誘うとするなんて」


 黄金の髪をツインテールにした少女が男たちを鋭い視線で見据えた。


「何ぃ? 俺らは天下の冒険者様だぞ? それを──」


「お、おい、よせ」


 一人が眉根を寄せるが、別の一人が慌てたように制止した。


「金髪と銀髪の双子……確か、あれってラフィール伯爵の娘だろ」


「バックに伯爵がいるんじゃヤバいぞ……」


「くそ、父親の威を借りやがって……」


 ひそひそと話しながら、彼らは逃げるように去っていく。


「ありがとう、助かりましたわ」


 メリエルはスカートの端をつまみ、優雅に礼をした。


 もちろん彼女が本気を出せば、彼らなど瞬きする間に消滅しているだろう。

 だが『人に対する害意』を可能なかぎり抑えたい今の状況では、彼女たちの助けがありがたかった。


「ああいう輩は放っておけないから。あいつらに変なことされてない? 大丈夫?」


 金髪の少女が心配そうにたずねた。


「いえ、指一本触れさせておりませんわ」


「よかったです~」


 銀髪の少女がホッとしたように微笑む。


「まったく、ああいう奴がいるから冒険者の評判が落ちるのよ。いやらしい、いかがわしいっ」


「そういう冒険者ばかりではありませんよ、リリスちゃん」


「分かってるけど」


「あ、ハルトさんのこと考えたでしょ~」


「ち、違うってば、何言ってるのよ、姉さんはっ。もうっ」


 からかうように微笑む少女と、顔を赤らめる少女。

 やはり二人は姉妹のようだった。


「失礼ですが、お二人も冒険者なのですか?」


 微笑ましいそのやり取りを見ながら、たずねるメリエル。


「あ、申し遅れました。わたくしはメリエル・ブラウニーと申します」


「あたしはリリス・ラフィールよ」


「姉のアリスです~」


 メリエルが名乗ると、二人が名乗り返した。


「ちょうどよかったですわ。実は、わたくしも冒険者を目指しているのです」


 ガイラスヴリムが残した断片的な戦いの映像によれば、神の力を持つ者は冒険者と呼ばれる職業のようだ。

 ならば、標的に近づくために、自分も冒険者になってしまえば手っ取り早い。


 百年ぶりの人間界で勝手が分からない部分も多いし、まずは彼らと同じ職に就いて情報を集めたい──。

 それがメリエルの立てた方針だった。


「よろしければ、冒険者になるための方法をお教えいただけませんか? 実は田舎から出て来たもので手続きが分からなくて……」


「じゃあ、その辺りで紅茶でも飲みながらお話しましょ。おすすめの喫茶店があるの」


 メリエルの正体が魔族だとは露ほども気づいていないのだろう、リリスが親切にそう提案した。


(ご苦労なことですわね。あなたたちは自分たち人間の敵に協力しようとしているのですよ……)


 内心でほくそ笑みつつ、メリエルは彼女たちについて行った。


    ※


 その日の朝、俺は王都のギルド支部にやって来た。


 昨日の説明によると、冒険者の仕事は基本的にギルドから斡旋されたものを受けるか、あるいは貴族や富豪などから個人的に受けるか、の二つのパターンがあるらしい。


 貴族や富豪にコネなんてないから、俺は前者のパターン一択だ。


 ……まあ、リリスやアリスは貴族令嬢だからコネがないわけじゃないんだけど、あの二人は複雑な家庭の事情がありそうだ。

 その辺りにはあまり触れないほうがいい気がする。


 だからコネを使うって線は却下だった。


「これが初仕事か」


 よし、気合入れていくぞ。


 俺はギルド支部の建物に入ると、一階の受付に向かった。


 六つの窓口があり、それぞれが簡単な仕切り板で区切られている。

 幸い、朝も早いせいか空いているみたいだ。


 俺は窓口カウンターの一つに座った。


 受付嬢は二十代半ばくらいの女性だった。

 黒髪をシニョンにした生真面目そうな人だ。

 リリスたちみたいな目を見張るような美貌ではないけれど、楚々として整った顔立ちをしている。


 胸に付けたネームプレートには『ジネット・サルード』と書いてあった。


「仕事の斡旋ですね。ギルドカードを拝見してもよろしいですか」


 受付嬢──ジネットさんに促され、俺は支給されたばかりのギルドカードを渡した。


 手のひらサイズの金属製カードで、俺の名前と生年月日、冒険者ランクなどが記録されている。


 ひと昔前は三十セルテ(約三十センチ)四方くらいの大きさだったらしいけど、最近は魔導技術も進歩して、このサイズになったんだとか。


「確認しました。ランクE冒険者、ハルト・リーヴァさまですね」


 微笑み、カードを返すジネットさん。


「どのような種類の仕事をご希望ですか。ダンジョン探索やアイテム採取から護衛や傭兵関連まで新着の依頼は一通り紹介できますよ」


「あの、実は俺……依頼を受けるのは初めてで」


 すらすらと説明する彼女に、俺は戸惑い気味に返した。

 正直、どういう仕事を受ければいいのか分からない。


「ではその辺りの基本的な部分も含めてご説明させていただきますね」


 ジネットさんの態度は丁寧だった。


 で、その説明によると──。


 まず、冒険者の仕事といっても色々とある。


 戦闘能力が高い中位以上──おおむねランクB以上を指すそうだ──の冒険者になると、魔獣や魔族退治が主な仕事になってくる。

 逆に戦闘能力の低いランクC~E辺りの冒険者は戦闘よりも探索などの仕事をこなす者が多いそうだ。


 とりあえずは直接戦闘みたいな依頼じゃなく、探索や採取みたいな仕事をやってみるか。


 俺はジネットさんに非戦闘系の依頼一覧を見せてもらった。


「アイテム採取の依頼は、野生のモンスターの群生地のような危険な場所から、通常の業者が採取できないようなものを代行して取ってくるものが多いですね。難易度のランクが高いほど危険や困難度が高い、とお考えください」


 説明を受けながら、俺はリストに目を通す。

 一番上にあったのは、こんな依頼だった。



 難易度:A(フリー)

 依頼内容:魔法結晶の採取

 報酬:一個につき銀貨1枚



「難易度のところにフリーって書いてあるのはなんですか?」


「通常の依頼はランク制限があります。たとえばランクAの依頼はランクA以上の冒険者しか受領できません。また、助手になれるのも一つ下のランクにいる冒険者までです」


 そういえば、魔の者との戦闘任務もそんな制限があるんだっけ。


「対して、フリーの依頼は基本的にどのランクの冒険者でも受けられます。もちろんハルトさんも」


「じゃあ、これにしようかな……」


「いえ、いくらフリーとはいえ、ランクAは難易度が高すぎます。ハルトさんは冒険者になったばかりですし、まずは難易度の低い依頼を地道にこなすほうがいいかと」


「そんなに難しい依頼なんですか、これ?」


 魔法結晶の採取としか書いてないから、今一つどういう内容なのか分からない。


「もちろんです。魔法結晶を手に入れるためには──」


 ジネットさんの説明を聞き、俺は内心でガッツポーズをした。


 確かに普通の冒険者には難易度の高い依頼かもしれない。

 ランクAだけあって、危険も相応にある。


 だけど、俺にとっては違う。


 これこそ俺向きの仕事じゃないか。


「やります、俺。この依頼を──」

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