3 「貴様が強者であることを願う」

 切り立った崖に左右を挟まれたクアドラ峡谷──。


 そのちょうど中間地点でルカたちは魔将を待ち受けていた。


 両隣には、彼女と同じランクSの冒険者ドクラティオやランクAのダルトンの姿もある。

 その背後には王立騎士団から選抜された精鋭一千が控えていた。


 さらに別働隊として、サロメや数名のランクA冒険者と騎士団や魔法使いたちを合わせた五百の軍勢が、峡谷を回りこんでいる。


 目標である魔族が迎撃地点まで到達したところで、サロメたちは峡谷の反対側まで移動し、挟み撃ちにする──作戦はいたってシンプルだ。


「伝説の六魔将、か。はてさて、どの程度のものやら」


 飄々とした口調でつぶやいたのは、ドクラティオだった。


 年齢は三十代前半。

 細面に丸縁の眼鏡、魔法使いというより学者のような外見をした男だ。


 強大な魔力を持ち、特に防御系統の魔法に関しては当代随一と誉れ高い。

金剛結界こんごうけっかい』の二つ名を持つ所以である。


 町一つを壊滅させるほどの攻撃力を持つガイラスヴリムとの戦いにおいては、これ以上頼もしい味方はなかった。


 そして──翌日の正午。


「来たぞ、あれだ──」


 ダルトンが叫んだ。

 まっすぐに伸びる狭い峡谷の前方から黒い影が歩いてくる。


「六魔将ガイラスヴリム……」


 ルカは表情を引き締め、愛用の長剣『戦神竜覇剣フォルスグリード』を抜いた。


 同時に精神集中に入る。

 彼女は因子持ち──人ならざる存在の血を受け継ぎ、人を越えた力を発揮できる特殊能力者だ。




『白兵』の『因子』を稼働。

 たぎる熱。

 灯る炎──。




 イメージを鮮明化させるためのキーワードを心中で唱え、因子を活性化させていく。


 ドクラティオとダルトンもそれぞれ魔法使いの杖を手に、呪文詠唱を始めていた。

 さらに、その後ろでは騎士団がいっせいに槍や弓を構える。


「……まだ。もう少し引きつけて」


 ルカは精神集中を続けつつ、一方で魔族への動きにも注意を払っていた。

 片手を上げて、騎士団の動きを制する。


 ガイラスヴリムはまるで散歩でもするかのように悠然と歩いている。

 相対距離を正確に計り、ルカは上げた手を振り下ろした。


「今よ。総員、放て──」


火獄炎葬フューネラルフレイム!」


 ダルトンが火炎魔法を撃つ。

 騎士団が投槍を、矢を、いっせいに放つ。


 それらはまさしく雨となり、黒き魔将に降り注いだ。


 轟音と爆音。

 爆炎と衝撃波。


 クラスA程度の魔の者なら跡形もなく消滅するレベルの攻撃だ。

 しかし、


「歓迎の挨拶にしては……あまりに弱いな……」


 物理と魔法、両面からの一斉集中爆撃を受けてなお、ガイラスヴリムは平然と歩いてくる。

 身にまとった漆黒の騎士甲冑には傷一つ、焦げ目一つなかった。


「待ち伏せか……」


 二十メティルほどの距離を置いて、ガイラスヴリムは歩みを止める。


「そういうことだよ。君を王都には近づけさせない」


 ドクラティオが眼鏡のブリッジ部を指先で上げながら、敢然と告げた。


「自信があるようだな……強者と戦うことは我が喜び……」


 つぶやくガイラスヴリム。


「貴様が強者であることを願う……まずは、三割程度だ……」


 右手に持った赤い巨剣を振り上げた。

 刀身の幅が異様に広く、剣というよりは鉄板に柄を接合したような形状だ。


「一振りで町を壊滅させるという斬撃か……だが、私を舐めてもらっては困るな」


 ドクラティオは静かに告げると、手にした杖を一振りした。


金色天鋼殻ヘヴンズシェル!」


 彼を中心にして黄金に輝く光のドームが出現する。

 ドームはみるみる広がり、味方全員を包みこんだ。


 次の瞬間、黒騎士が剣を振り下ろす。


 斬撃衝撃波がドクラティオの結界魔法に衝突し、爆音を響かせた。


 吹き荒れる、破壊エネルギー。

 左右の崖が削り取られ、無数の岩塊が雨のように降り注ぐ。


「ぐうっ、さすがに……重いっ……!」


 ドクラティオは杖を突き出した姿勢でうめいた。


 光のドームが激しく明滅する。

 魔族の斬撃衝撃波と、ドクラティオの結界エネルギーがせめぎ合っているのだ。


 さながら一流の剣士同士の鍔迫り合いのごとく──。


 互いに、押す。

 押し負ければ、衝撃波に全員が飲みこまれるだろう。


「くおおおおおおおおおっ!」


 ドクラティオが吠えた。

 ひときわまぶしく輝いた光のドームが衝撃波を吹き散らす。


「ほう……しのいだか」


 ガイラスヴリムの声の響きがわずかに変わった。


「人間の中にも……多少は使える者がいるらしいな……」


 その声には、歓喜の色がにじんでいる。


「防御魔法なら私は世界最高峰だと自負している。『金剛結界』の二つ名──伊達ではない」


 ドクラティオは眼鏡のブリッジ部を指先で上げながら微笑した。

 なおも防御フィールドを張ったまま、ルカの方を向く。


「奴の斬撃は私が防ぐ。攻撃面は君に任せるぞ、ルカくん」


「分かったわ。因子の力を今──」


 ルカはイメージの鮮明化の仕上げにかかろうとする。

 と、


「防ぐ? 笑わせるな……」


 ガイラスヴリムが低くうなった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 獣のような咆哮が響き渡る。

 右手一本で持っていた剣に左手も添え、両手で高々と抱え上げた。


 全身から黒い気力オーラがほとばしる。

 放出されるエネルギーが周囲を激しく振動させた。


 刀身にすさまじい気が集中しているのだ。


「六割だ……今度は、凌げるか……?」


 告げると同時に、魔将の赤い巨剣が振り下ろされた。


 ふたたび散る、激しい火花。

 ドクラティオの防御結界は先ほど以上に激しく明滅し──、


「がっ……!?」


 押し勝ったのは、ガイラスヴリムの斬撃だった。


 光のドームを切り裂いた赤い刃が、そのままドクラティオの体を両断する。

 どさり、と二つに分かたれた体が地面に倒れ伏した。


「ドクラティオ……!」


 さすがにルカも呆然となる。


「『金剛結界』とやらも、六割の威力の斬撃には耐えられなかったか……しょせん、それが人間の限界……いや、本来ならこの峡谷が消滅するほどの一撃をある程度抑えこんだだけでも……褒めてやるべきか……」


(ドクラティオの防御魔法でも防げないなんて)


 計算違いだった。


 同時に、後悔の念が湧きあがる。


 先ほどの模擬戦で彼女が戦った少年──ハルト・リーヴァなら、あるいは今の斬撃でも防げたのではないか?


 彼はまだ正式な冒険者ではない。

 ギルドの規則として素人に協力を依頼するわけにはいかない。

 今回のようなランクSが二人も出張るような任務なら、なおさらである。


 ギルドの上層部からはそう聞いている。


 だが規則や、あるいは『素人に頼るわけにはいかない』といったギルドの面子よりも、素直に戦力の高い人間に頼るべきではなかったのか。


「……今さら、ね」


 ルカは小さく首を振った。


「私はただ戦うべき相手と戦うだけ。命令や作戦が正しかったのかどうかは、私が決めることじゃない」


 と──、


「ひ、ひいっ……」


「ランクSがあっさり殺されるなんて……」


「だ、駄目だ、強すぎる……!」


 背後で無数の悲鳴が上がった。


 振り返れば、ずらりと並んだ騎士たちはいちように青ざめた顔をしていた。

 見るからにへっぴり腰で、とても前面に立って戦えそうには見えない。


「う、うろたえるな。俺たちは王都の防衛線なんだぞ。ここで崩れてどうする!」


 かろうじて闘志を失っていないのは、ダルトンくらいだった。

 必死で兵たちを叱咤するが、恐慌が収まる気配はなかった。


(今の攻防を見ただけで、心を折られたみたいね)


 怒るでもなく、失望するでもなく、ルカは淡々と分析する。


 彼らは基本的に敵国との──人間相手の戦闘訓練しかしていない。

 相手が魔の者では、おびえるのも無理はないのかもしれない。


 本来なら、そういった連中を倒すのは冒険者の役目なのだから。


「次は貴様か……女」


 ガイラスヴリムがルカをにらんだ。


「貴様は、他の惰弱な連中とは気配が違う……俺に対して臆さず、怯まず……」


「『氷刃』のルカ・アバスタ。相手をさせてもらうわ」


 美貌の少女騎士は凛と告げた。


「相手がどれほど強大でも、私は私の全力をぶつけるのみ」


 その『全力』が今、完成する。




 ──神経強化。

 反射強化。

 速力増幅。




 イメージの鮮明化が完了すると、四肢が燃えるように熱くなった。

 人の域を超えた運動能力が、全身に宿っているのを感じる。


「なるほど、因子持ちか……」


 ガイラスヴリムが赤い眼光をルカに浴びせる。


「貴様が強者であることを願う……先ほどの男は、期待外れだった……」


「そう。じゃあ、私が期待に応えるわ」


 淡々と告げて、ルカは剣を構え直す。


戦神竜覇剣フォルスグリード光双瞬滅形態ライトニングフォーム


 ヴン……と機械的な音を立てた長剣が、二本の剣へと分割される。

 身にまとっていた騎士鎧を外し、アンダーウェアだけの姿になった。


 防御力を捨て、速力に特化したルカの最終殲滅形態。


「あなたを、打ち倒す」

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