2 「これが選抜チームよ」

「終わった終わったー」


 俺は晴れやかな気分で一階のロビーに戻った。


 後は結果を待つだけだ。


 緊張と不安、期待と興奮。

 結果が出るまでの、独特の胸の高鳴りに落ち着かない気分だった。


「あ、ハルト。今日は一日おつかれさま」


「おつかれさまです~」


 リリスとアリスが俺の元に駆け寄ってきた。


「二人ともずっと待っててくれたのか」


 俺の顔は自然とほころんでいた。

 二人の顔を見ているだけで、今までの緊張が全部吹き飛んでいく。


「ハルトが気になって」


 リリスがにっこりと微笑んだ。


「気になって、って──そ、それはほとんど告白と同義ですよ!?」


 隣で、アリスがうろたえていた。


「リリスちゃん大胆です~」


 いや、告白って……それは飛躍しすぎだろ。


「あ、ち、ちがっ……そそそそういう意味じゃなくて、審査の結果が気になって、って言いたかったのっ」


 なぜかリリスは真っ赤になっていた。


「照れなくてもいいと思いますよ。最近は女性の方から積極的に告白してもおーけーな風潮になりつつある、って聞きました~」


 嬉しそうに微笑むアリス。


「だ、だから、違うってば、もう姉さんってばっ」


「反応が素直で可愛いですね~」


「じ、じゃあ、姉さんこそどうなのよ。この間、ハルトと二人でいて、ちょっといい雰囲気になったりとか……したんじゃない?」


 なぜかジト目になるリリス。


「な、ななななななな何を言い出すんですかっ!? わた、私は、別に、そんなっ……あわわわわわ……」


 今度はアリスが真っ赤になった。


 さっきから、なんで二人ともテンパってるんだ?


「ふふ、姉さんこそ素直になったら?」


「だ、だから違うんですってば~」


 きゃいきゃいと騒ぐ二人が、なんとも可愛らしい。

 見てるだけで癒される。


「──残念だけど、審査結果の発表は延期になったわ」


 淡々とした口調とともに現れたのは、騎士鎧を身に着けた青髪の美少女──ルカだった。


「延期?」


「あ、あなたは」


 訝る俺の隣でリリスが息を飲んだ。


「まさか、ランクSの──」


「氷刃のルカさん……っ! は、はじめましてぇ……」


 緊張した面持ちのリリスとアリス。


「敬語は苦手だから普通に話して。呼ぶときもルカでもアバスタでも好きなように」


 そっけなく告げるルカ。


「この人たちはハルトの友だち?」


「ああ、付き添いで来てもらったんだ」


 俺はルカにリリスたちのことを紹介する。


「……いつの間に仲良くなったの?」


 リリスが俺をジトッと見た。


「ルカさん……じゃなかった、ルカと」


「仲良くなったっていうか、模擬戦で戦っただけなんだけど」


「私はすべての強者に敬意を払う。それだけ」


 青いショートヘアを右手でかき上げながら、ルカが無表情に告げた。


「強者……じゃあ、ルカさんはハルトさんのことを認めてらっしゃるんですねっ」


 アリスが嬉しそうに微笑む。


「さっきも言ったでしょう。敬語は苦手」


 ルカは紫色の瞳をスッと細めて彼女を見た。


「すみません。私はこの話し方が普通で~」


「そう? じゃあ、そのままでいいわ」


 よく分からん基準だが、ルカは納得したらしい。


「でも、敬語は苦手なんですよね? うーん……せめて親しみをこめた感じでルカちゃんと呼んでもいいでしょうか」


「ルカちゃん……」


 つぶやいたルカが頬をわずかに赤らめた。


「いいかも……すごく」


 よく見ると、口元がかすかに緩んでいる。

 無表情がデフォの子だから分かりづらいけど、どうやら喜んでいるらしい。


「それで、審査発表が延期っていうのは?」


 彼女たちのやり取りにほっこりしつつ、俺は話題を戻した。


「強力な魔族が現れたの。討伐のためにここのギルドも臨戦態勢。審査をしている余力はないということよ」


「強力な魔族……?」


「アギーレシティに現れた魔族が同都市を壊滅させ、さらに近隣の都市も次々と破壊しながら王都に向かっているそうよ」


 無表情に告げるルカ。


「相手の脅威評価は推定でランクS。各都市のギルドにいる冒険者たちはほとんど皆殺しにされているそうよ。町の住民もね」


「み、皆殺し……」


 俺はごくりと息を飲んだ。


「このままでは王都も滅びるでしょうね」


「──って、他人事みたいに言ってるけど、めちゃくちゃ大事じゃないか!?」


「これでも焦っているのよ」


「いやいやいや、表情一緒だろ」


「あ、眉の角度が微妙に違いますね、ルカちゃん」


「アリス、鋭い」


「えへ、それほどでも~」


 ルカの言葉に、アリスが照れたようにはにかむ。


 美少女二人の微笑ましい情景──じゃなくって!


「とにかく大変な事態なんだろ。ルカも出動するのか」


「ランクSは私とドクラティオに出動要請がかかっているわ。間もなく迎撃用の人員がここに集まるから──」


「ボクにも……行かせて」


 突然の声は背後からだった。


 振り返ると、そこには紫のロングヘアに踊り子衣装の美少女が立っていた。


 立っていた、といっても苦しげな顔で、壁に寄りかかっている状況だ。

 しかも衣装のあちこちは擦り切れ、露出した肌のあちこちに血がにじんでいる。


「サロメ……!?」


「ひどい目に……あっちゃった……」


 サロメの顔は蒼白だった。

 おまけに右足を引きずっている。


「それ、折れてるじゃないですか! 私が治癒魔法をかけます」


 アリスが慌てた様子で駆け寄った。


風王治癒エルヒール


 かざした手から薄緑色の光があふれ、サロメの顔にみるみる血色が戻っていく。


「……ありがと。楽になったよ」


 ほどなくして、サロメは息をついた。


「もしかして、アギーレシティで魔族に襲われたの? 確かDイーター討伐の依頼って、そこのギルドから出たんでしょ」


 と、心配そうなリリス。


「そ。ボクはなんとか助かったけど、町は全滅……ひどいものだったよ」


 サロメはため息をついた。




 ──アギーレシティに魔族討伐報告をした後、サロメはそこに滞在していたそうだ。


 で、数時間前に突然現れた魔族ガイラスヴリムによって町は壊滅した。

 サロメだけは、かろうじてその攻撃から逃げ延びたということだった。


「ちょうどアギーレと近くの町との定期馬車が通ったからね。乗せてもらって、王都まで……ん、く」


 まだ痛みが残っているのか、説明しながらサロメは顔をしかめた。

 と、


「大変なことになったな」


 筋骨隆々とした大男の魔法使いがやって来た。

 最初の模擬戦で俺と戦った試験官──ダルトンさんだ。


「ルカ、お前にギルドから招集命令が出ているのは知っているな? 今回の相手は並じゃない。助手もできるだけ連れて行ったほうがいいだろう」


「ではダルトンにお願いするわ。他にもランクAで動ける冒険者がいたら声をかけて」


「じゃあ、ボクも行く」


 サロメが即座に手を挙げた。


「ランクAだから助手の資格はあるよね?」


「あの、俺は──」


「今回の魔族は暫定でクラスSの脅威評価。対応できるのはランクSの冒険者と助手扱いのランクAの冒険者だけ。まだ冒険者にもなっていないハルトは作戦の参加資格がないわ」


 俺も戦力になれるなら、と思って立候補しようとしたところで、ルカに止められた。


「あれ? でも俺、この間の魔族との戦いで、サロメに協力を依頼されて──」


「あわわわわわわわ」


 Dイーターとの戦いに参加したんだけど──と言いかけたところで、いきなりサロメが抱きついてきた。


 柔らかな体が密着してドキッとする。

 特に胸元に当たっている豊かな膨らみは、蕩けそうな柔らかさと瑞々しい弾力に満ちていて──。

 押しつけられているだけで、ドギマギしてくる。


 まずいぞ、下半身に熱い血潮がたぎって──。

 あ、いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。


 でも、気持ちい──。


「この間、ハルトくんが一緒に戦ってくれたことは内緒だから」


「へっ?」


「竜と戦ったときは『巻きこまれたから』って言いわけが通ったみたいだけど、Dイーターの場合はボクが依頼したからね。ギルドにバレたら大事なの」


「……規則違反だったのか、あれ」


「冒険者でもない初心者に依頼するのは、ホントはけっこうマズいんだよね……アリスとリリスから竜と戦ったときの話を聞いていたから、ハルトくんなら戦力的に大丈夫とは思ったんだけど。規則としては、ね」


 ぺろり、と舌を出すサロメ。


「ボクの立場も悪くなるし、お願い。何でも言うこと聞くから。ね?」


「な、なんでも?」


 ふうっと甘い息を吹きかけられて、背筋が粟立った。

 思わず彼女の豊かな胸の盛り上がりに視線を向けてしまう。


 サロメが瞳を爛々と輝かせた。


「あ、エッチなこと考えた? ねえ、考えた?」


「か、かかか考えてねーよ!?」


 ……考えたけど。




 ──ともあれ、魔族ガイラスヴリムを迎撃するメンバーは、ルカとサロメ、ダルトンさん、他に数名のランクA冒険者が選ばれた。

 迎撃予定地点で、ランクS冒険者のドクラティオって人と合流するそうだ。


「これが選抜チームよ。各自が役割を果たして魔族を迎撃すること」


 と、ルカがメンバーを見回す。


「当然」


「全員、気を引き締めろ」


 サロメやダルトンさん、その他の冒険者たちが全員うなずく。


 そして、ルカたちは出発した。


 俺はそれを見送りながら、胸のざわめきを抑えられなかった。


 嫌な予感がする。

 やっぱりついて行った方がいいんだろうか。


 だけど、ルカたちは強い。

 それに魔の者との戦いじゃ、俺よりもずっと経験を積んでいるはずだ。


 いわば百戦錬磨。


 信じて待つしかないか──。

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