5 「誇りにかけて」

 俺は次の模擬戦までの間、休憩するために一階まで降りた。


「おつかれさま、ハルト」


「おつかれさまです~」


 笑顔で駆け寄ってきたのは、金髪ツインテールと銀髪ショートボブの美少女コンビ。

 リリスとアリスだ。


「来てくれたのか、二人とも」


「午前中はギルドの用事があって見に来れなかったんだけどね。あ、これよかったら食べて」


「私もこれ、差し入れです~」


 二人がそれぞれパンや果汁で作ったジュースを差し出した。

 戦いの後のせいか小腹が空いていたし、助かる。


「ありがとう、二人とも」


 感謝しつつ栄養補給させてもらった。


「一回目の模擬戦は終わったんでしょ。手ごたえはどう?」


「ダルトンさんって人とやったよ。結果は上々……じゃないかな」


 俺は一戦目の内容を二人に話した。


「すごい……ダルトンさんってランクAの冒険者でも上位にいる人だよ」


 驚きと感嘆の混じった表情になるリリス。


「そうなのか」


「火炎系の攻撃魔法を得意とする一流の魔法使いです。その攻撃を完封するなんて」


 アリスも目を丸くしていた。


「感じのいい人だったよ。顔はちょっと怖いけど」


「見た目は荒くれ者って感じだからね。でも優しくて面倒見のいい性格よ」


「偏見もないですし、私たちにも公平に接してくれる数少ない冒険者です~」


 評判良いな、ダルトンさん。


「次の相手はルカって女の子らしい」


 そう言うと、とたんにリリスとアリスの顔がこわばった。


「えっ、ルカって──あの『氷刃』のルカ・アバスタ!?」


「よりによって、すごい人と当たりましたね……!」


 二人はチラリと俺を横目で見ると、


「ま、まあ、審査は今回だけじゃないし」


 ぎこちない笑顔のリリス。


「いや、なんでいきなり慰めモードになるんだよ!?」


「一度や二度落ちたっていいんですよ。結果が出なかったときは、私たちでせいいっぱい慰めさせていただきます~」


 切なげに微笑むアリス。


「だから、なんで俺が落ちる前提なんだよ!?」


「さすがにランクSの冒険者が相手だと……」


「審査は勝ち負けよりも内容を重視しますけど……相手が強すぎますぅ」


「そんなにすごいのか、ルカって?」


 いや、確かに暴れた志願者をあっさり無力化したときの剣術はすごかったけど。


「ランクS冒険者ルカ・アバスタ。大陸でも五指に入る剣の達人よ」


 リリスが説明する。


「ギルド内にたった七十七人しかいないランクSの一人ですから。とにかく、すごい人なんです~」


 ランクSってそんなに少ないのか。

 やっぱり選ばれた精鋭中の精鋭って感じなのかな……。


「でも、ハルトだってすごいよね。弱気なこと言っちゃったけど、あなたならランクSが相手でも何かを起こせるかも」


 リリスが微笑み混じりに言って、俺の両手を握った。


「弱気なこと言っちゃってごめんね。あたし、応援してるから」


「私もですぅ……って、なんでハルトさんの手を握るんですか、リリスちゃん」


「あ、ごめん、つい……」


 顔を赤くして両手を離すリリス。

 柔らかくて温かな彼女の手の感触が、まだ俺の手に残っていた。


「うう……リリスちゃんだけずるい」


「じ、じゃあ、姉さんにも……ね?」


 なぜか拗ねたようなアリスに、リリスが取りなす。


「ほら、ハルト」


「お、おう……?」


 よく分からん流れだ、と思いつつ、俺はアリスの手を握った。


「ふふ、これでおあいこですね」


 一転して満面の笑顔になるアリスと、


「むー……負けないから」


 反対に不満げに唇を尖らせるリリス。


「???????」


 コロコロと変わる二人の態度に、俺は戸惑いっ放しだった。




 第一闘技室に入ると、すでにルカが待っていた。


 ショートヘアにした髪は二つ名の通り、氷を思わせる蒼。

 涼しげな瞳は、神秘的な紫。

 そして、いっさいの感情が読み取れない、超然とした美貌。


 俺は彼女を、そして周囲を見回した。

 さっきの第三闘技室と似た作りの部屋だが、壁一面にレリーフがあるところが違う。


「申請書によると、あなたが得意とするのは防御魔法となっているけど、間違いはない?」


「ああ」


 本当は魔法じゃないんだけどな。

 でも真実を打ち明けて、またこの前みたいな謎の痛みが出たら嫌だし。


 俺の力は防御魔法ってことで、当分は押し通すことにしよう。


「じゃあ、まず私の剣術を見せるわ。防御するときの参考にして」


 ルカは淡々とした口調で剣を抜いた。


「参考にできれば、だけど」


 その言葉と同時に──彼女の姿が消えた。


「えっ!?」


 気が付いたときには、ルカは十メティルほど離れた壁際に出現していた。


 一体いつの間に──!?


 しかも、驚くべきはそれだけじゃない。

 ルカの側にある壁には、さっきまでは存在しなかったレリーフがある。


 まさか──今の一瞬で、彼女が壁に刻んだのか?


「この壁にあるレリーフは全部私が作ったの。志願者と対戦する前に、いつも私の動きを見せているから」


 チン、と鍔鳴りの音とともに、彼女は剣を鞘に納めた。


「結界で保護されているとはいえ、その防御を上回る威力で斬りつければ、傷つけることは可能。こうして壁にレリーフを刻むことも」


 文字通り瞬きする間の出来事──。

 俺には何も見えなかった。


 ルカがどうやって移動したのかも。

 瞬時に壁にレリーフを掘った剣の動きも。


 速い──なんてものじゃない。


「人間技じゃないぞ、それ……!」


「私は、『因子』持ち。これくらいは造作もないわ」


 告げるルカ。


 ……なるほど、そういうことか。


 因子──詳しくは知らないけど、噂で聞いたことがある。


 神や魔の血を引く者に、稀に発現する『何か』。

 そう、何かとしか言えない。


 数十数百万人に一人という割合で発現する、祝福とも呪いとも言われるそれは、人の持つ様々な能力を飛躍的に増大させる。

 ちなみに、前回の魔族との戦いでサロメも因子持ちだって言ってたな。


 サロメのほうはどんな種類の因子か分からないけど、ルカのそれは運動能力を強化するタイプなんだろう。


 それにしたって目にも止まらぬ速さ──いや、目にも映らない速さってところか。

 とにかく尋常じゃないスピードだった。


「相手が志願者だからといって手加減はしない。見下しもしない。驕りもしない。ただ全力を尽くすだけ。私の、誇りにかけて」


 ルカはふたたび鞘から剣を抜いた。


 模擬戦は勝ち負けのような結果よりも内容を重視する。

 実際、一戦目のダルトンさんは、最初は手加減してくれていた。


 だけどルカは違う方針らしい。

 最初から全力──それをある程度凌げるようでなければ、お話にもならない、と言わんばかりだ。


「ちゃんと峰打ちにするから死ぬ心配はない。怪我はするかもしれないけど、冒険者志望ならそれくらいの覚悟はしておいて──審査を始めましょうか」


 ごくりと息を呑む。


 ……果たして俺に、彼女の剣が防げるだろうか。


 俺のスキルは、常時展開することはできない。

 相手の攻撃に合わせて『発動』することで、その効果を発揮する。


 俺が認識するよりも早く襲いかかってくるルカの剣をどう防ぐか──。


 彼女の斬撃が届く前にスキルを発動すれば、俺の勝ち。

 認識できずに斬られれば、俺の負けだ。


「あなたの実力を試させてもらうわ」


 告げて、ルカの姿が消えた。


 目に映らないほどの速度の超速移動。

 そして、そこからの神速の打ちこみ。


 いずれも、俺の認識をはるかに超えたスピードで繰り出される攻撃だ。


 だけど、その攻撃が到達するよりも早く──、


 眼前に、まばゆい光があふれる。


 護りの障壁アーマーフェイズを発現させた俺は、視認できないルカの攻撃を待ち受ける──。

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