7 「来たるべき神と魔の大戦の」

 冒険者になりたい──。


 家に戻って自分の決心を告げると、両親は何も反対しなかった。

 俺がその道に進むことを予想していたみたいだ。


 危険な職業だし、もうちょっと反対されるかと思ったんだけど、拍子抜けするくらいにあっさりと、


「がんばってこい」


 二人ともそれだけだった。


 実家に戻るときはお土産よろしく、とも言われたっけ。

 いや、旅行に行くわけじゃないんだが……。


 なんて思いつつも、話している最中に父さんも母さんもわずかに涙ぐんでいるように見えたので、ツッコむのはやめた。


 やっぱり不安や心配はあるんだ。

 それでも俺の意志を尊重してくれてるんだな、って伝わったから。

 ありがとう、父さん、母さん。


 ──で、翌日。

 俺は両親や近所の人たち、学校のみんなに別れを告げて、リリスたちと旅立った。


 冒険者になるには、まずギルド本部で入会審査を受ける必要があるそうだ。

 俺は彼女たちとともに、魔導馬車で本部のある王都へと向かった。


 ちなみに魔導馬車っていうのは、魔法で生み出された人造魔馬が引っ張る馬車のことだ。


 普通の馬車に比べて速度は段違いだし、休息もほとんど必要としない。

 また車体部分にも最先端の魔法技術がふんだんに使われていて、振動がほとんどない。


 料金はめちゃくちゃ高いんだけど、冒険者であるリリスたちにとっては、そこまでの金額でもないのかもしれない。


 馬車の座席は四人掛けになっていて、俺とリリスが隣り合わせ、対面にはサロメ、その隣がアリスという席順である。


「おべんと、おべんと~♪」


 朗らかに歌いながら、対面のサロメが昼食のサンドイッチを食べている。

 昼食用の弁当は両親が作ってくれたものだ。


「そういえば、ハルトくんはどうやって魔法を身に着けたの?」


 サロメがもぐもぐとサンドイッチを食べる合間にたずねた。


 ……口元にマヨネーズついてるぞ、サロメ。

 内心でツッコむ俺。


「私も気になります~。クラスAの魔族や竜の攻撃まで立て続けに防ぐほどの防御魔法なんて、私にもとても無理ですし」


 アリスも興味深げに俺を見つめた。


 えーっと、どう説明すればいいかな。

 俺が困り気味に思案していると、


「ま、まあ、いいじゃない。そのことは、あまり追求しなくても」


 なぜかリリスが助け船を出してくれた。

 サロメが訝しむようにスッと目を細めた。


「んー……? もしかして、ボクたちがハルトくんと話すとまずいことでも?」


「ま、まずいっていうか、あんまり詮索するものじゃないかなー、って思ったというか……ハルトの力は、その……」


 もごもごと口ごもるリリス。


「わかった、ヤキモチ焼いてるんでしょ」


「や、や、焼いてないってば!」


 リリスの顔はなぜか赤い。


「少なくとも気になり始めてる感じだよね」


「リリスちゃんにもとうとう春が……初恋の芽生えです~」


「二人とも、だから、あたしは、そのっ……あわわ」


 あたふたしながら、リリスの顔はどんどん顔を赤くなっていった。




 ──それから、さらに数時間が過ぎた。


 出発したのは昼前だったから、そろそろ夕方が近い。

 アリスとサロメは肩を寄せ合い、すやすやと寝ていた。


 車体は魔法技術のおかげでほとんど揺れないんだけど、そのわずかな振動が妙に眠気を誘うんだよな。

 俺もだんだんウトウトしてきた。


「……ハルト、一つ聞きたいことがあるの」


 ふいにリリスが寄り添ってくる。


 腕に触れる柔らかな感触やさらさらした髪の質感。

 そして、かすかに吹きつける吐息にドキッとして、眠気なんて一撃で吹き飛んでしまった。


「な、なんだ?」


 答える声も、つい震えてしまう。


「あなたは竜と戦ったときに突然防御魔法に目覚めた、って言ったけれど……」


 あ、そういえばそんな説明をしたような。

 俺が持っているスキルのことをどこまで話していいのか──他人に明かしてもいいのか、分からなかったからだ。


「そ、そうだな」


 あいまいにうなずく俺。


 リリスはさらに顔を近づけてきた。

 底の見えない深い蒼──その瞳の色合いに、視線を引きこまれる。


 どくん、と胸が高鳴る。


「あなたの力は、もしかして魔法じゃなくて──」


 むにっ、むにっ。


 というか、さっきから柔らかくて弾力豊かなものが俺の二の腕に当たりまくってるんだけど。

 馬車のかすかな振動によって、心地よい感触が伝わってくる。


 まさしく至福──。

 これじゃ、全然話に集中できない。


「もう。聞いてるの、ハルト?」


 リリスがぷうっと頬を膨らませた。


「あ、悪い」


「ねえ、見て見て~」


 ふいにサロメが叫び、俺たちの会話は中断された。

 いつの間にか起きていたらしい。


 俺たちは車体の窓に視線を向ける。


 彼女が指差す前方には、巨大な城壁があった。

 そして天を衝くようないくつもの尖塔も。


「あれが──」


 俺の、目的の場所。

 王都グランアドニスだ。


    ※


 そこには、漆黒だけが広がっていた。


 すべてが黒一色で構成された城。

 その最上部にある壮麗な広間。


 玉座には、この世界──魔界の王が座している。


「そろったか、ろくしょう。我が腹心たち」


 魔王は朗々とした声で告げた。


 足元に傅くのは、六つの影。

 いずれも魔界で最強の力を持つ魔族たちである。


「我らを緊急に集めるとは何用ですか、王よ」


「人の世界で感じたのだ。かすかにだが、神の力の波動を」


 魔王は重々しく告げた。


「どうやら護りの女神イルファリアの力のようだ。竜と魔族の気配が続けざまに消えた」


 古の神魔大戦で、多くの魔軍を苦しめた忌々しい女神の名だ。


「神が魔を倒すために直接力を振るうことは禁じられているはずですわ」


「人に力を与えた、ということでしょうか」


「我らへの牽制か、あるいは挑発か」


「どちらにせよ小賢しいこと」


「放置してはおけませんね」


 騒ぐ魔将たちに、魔王が断固たる意志を込めて告げる。


「はっ」


 即座に彼らは姿勢を正した。

 この魔界において、王の意志は絶対である。


「王よ、私にお命じください。その者を討て、と」


 立ち上がったのは六人の中でひときわ巨大な影だった。

 全身に黒い甲冑をまとった武人だ。


「頼めるか、ガイラスヴリムよ。我が直接魔力を使えば、魔将を人の世界に送ることもできよう……ただし、それほど長くは持たんぞ」


 百年ほど前、封鎖されていた魔界と人間界の通路──『黒幻洞サイレーガ』がふたたび開かれた。


 以来、魔族や魔獣たちは人間界との行き来が可能になったわけだが──。

 力の強い者ほど人間界での行動に制限を受けてしまう。


 かつての大戦の終結時に定められた、忌々しい制約だ。


 魔王に次ぐ力を持つ魔将クラスともなれば、この百年で人間界に降り立ったのは数えるほど、ほんのわずかな時間だけだった。

 それでも国が二つ三つ滅びる程度の災厄はもたらしたが──。


「ご安心を、王よ。長くはかかりませぬ」


 ガイラスヴリムの言葉は自信にあふれていた。


「我が剣にてすべてを打ち砕いてみせましょう」


 魔将最強の攻撃力を持つと名高い彼の宣言に、魔王は満足げにうなずいた。


「では、汝に任せるとしよう。神の思惑が何であれ──すべてを叩き潰せ」


「必ずや」


 がちゃり、と甲冑を鳴らし、ガイラスヴリムは深々と頭を下げた。


 玉座から彼を見下ろしつつ、魔王は戦略を練る。


 行動は慎重にする必要がある。

 忌々しいあの存在が定めた『制約』の範囲で──。


 人の恐怖を食らい、力を蓄えるのだ。

 そして、いずれは神々をも滅ぼす。


 はるか古の戦いで為しえなかった魔界の悲願だった。


 今度こそ魔軍に勝利をもたらすために、一手一手──確実に進めなければならない。


「刻んでくるがよい、ガイラスヴリム」


 魔王が悠然と告げる。


「来たるべき神と魔の大戦の、その第一歩を」

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