6 「十分に誇れることをしたのよ」

「もしかしたら──あなたは──」


 リリスが俺のほうを見て何かをつぶやいた。


 ただ、その言葉は風にまぎれて断片的にしか聞き取れない。

 やけに深刻な顔をしているけど、どうしたんだろう?


 怪訝に思った、そのときだった。


「まだ……だ……」


 目の前でDイーターが立ち上がる。


 こいつ、まだ生きてるのか……っ!


 さすがにリリスの魔法のダメージが大きかったらしく、ローブをまとった体はふらついていた。

 白い仮面はヒビだらけだし、全身から白煙が上がったままだ。


「……そこの人間どもを殺し、恐怖を食らえば……俺はまた回復する……!」


 苦しげにうめくDイーター。

 黒いローブ姿がぼんやりとかすんでいく。


 まずい、瞬間移動ってやつか!


 庁舎内に避難している人たちを殺して、エネルギー源である恐怖の感情を食らう──そういう目論見なんだろう。


「リリス、もう一発魔法を!」


 叫びつつ、俺は走って魔族との距離を詰める。


「だめ、さっきので魔力のほとんどを使ったから……次の呪文まで回復が間に合わない──」


 背後でリリスがうめいた。


「待っていろ……回復したら、今度こそ貴様らを殺しに行く──」


 さすがにダメージが大きいせいか、あるいはもともと時間のかかる術式なのか、瞬間移動が発動するまでにタイムラグがあるみたいだ。


 それでも、間に合うかどうか──。

 いや、間に合わせるんだ。


 ここまで追いつめたのに、結局町の人たちを守れないなんて──絶対に嫌だ!


 俺はDイーターとの距離をさらに詰める。


 目の前では、魔族の姿がどんどん薄れていく。

 瞬間移動の魔法が完成しようとしている──。


「──よくやったよ、ハルトくん、リリス」


 突然の声は、どこからともなく聞こえた。


「えっ……!?」


 一体いつの間に現れたのか。

 まるで野生の獣並みの速度で、魔族の背後から疾走する褐色の影。


「後はボクが始末する」


 サロメだ。


 紫の髪をはためかせながら、彼女はさらに加速する。

 とても人間とは思えないほどの超スピードである。


「き、貴様、いつの間に──」


 振り返り、うろたえるDイーター。

 直前まで彼女に気づかなかったのは、魔族も同じらしい。


「その速力……『因子』持ちか……!?」


「エルゼ式暗殺術隠密おんみつ歩法『がらし』──」


 静かに告げたサロメは、すでにDイーターに肉薄していた。

 それこそ瞬間移動を思わせる速度で。


「気配を消すのは、ボクの得意技なんだよ。そして……殺しの技もね」


 ささやいたサロメが、無造作にナイフを振るう。


 相手に断末魔を上げさせる暇さえ与えず──。

 放たれた一閃は銀の軌跡を残し、魔族の首を刎ね飛ばした。




 今度こそ魔族は絶命した。


 町の避難警報は解かれ、避難所になっていた庁舎から待ちかねたように住民たちが飛び出してくる。

 誰もが安堵や喜びの表情を浮かべていた。


「やったのか!」


「化け物を倒してくれたんだな、ありがとう!」


「ありがとう!」


 みんなからの感謝の声。賞賛の声。

 その中には俺の両親や近所の人たち、学校のクラスメイトもいた。


 夢中で戦っていたから、まだ実感が湧かないけれど……俺たちが魔族を倒したおかげで、この人たちを守ることができた、ってことだよな。


「あんたたちは町の英雄だ!」


「ああ、英雄だよ!」


 興奮したように叫んでいる人たちもいた。


「なんか照れるな」


 さすがに英雄とまで呼ばれると、くすぐったい気持ちになる。


「遠慮することないじゃない。魔族に勝てたのは、あなたのおかげよ」


 リリスが俺に寄り添い、微笑んだ。


「そうそう、Dイーターの空間歪曲は恐ろしい魔法だからね。まともに受ければ人間なんて一たまりもない」


 サロメがにっこり笑う。


「ボクとアリスが駆けつけたときには戦いはほとんど終わってたけど、少しだけ見たよ。キミが不思議な光で魔族の攻撃を防ぐところを」


「初めて見る防御魔法です~」


 と、これはアリス。


「キミが攻撃を防ぎ続けてくれたおかげで、リリスはフルパワーの魔法を叩きこむことができた。ボクも、弱った魔族の隙をついて倒すことができた」


「隙を突く……か」


 さっきの戦いで、彼女が気配もなく現れたことを思い出した。


「いつの間に来てたのか全然分からなかったよ」


「えへへ、ボクには暗殺技能スキルがあるからね」


 ……にこやかな顔で言ってるけど、かなり物騒なスキルだよな、それ。


「でも、それもリリスが合図してくれたおかげかな」


「リリスが?」


「最初の方であたしが雷の魔法を撃って、魔族に弾き飛ばされたでしょ? あれは攻撃目的もあるんだけど、一番の目的は上空で爆発させて、表門のサロメや姉さんに合図を送るためだったの。魔族はこっち側に現れたよ、って」


 へえ、そんな意図があったのか。


「私は何もできませんでした……」


 アリスは肩身が狭そうだ。

 駆けつけたサロメが速攻で魔族を倒しちゃったから、彼女の出番がなかったんだよな。


「今回はサロメと姉さんは戦場から離れてたんだし、そういうこともあるでしょ」


 と、リリスが慰めている。


「リリスちゃん、優しい……」


「よしよし」


 アリスの頭を撫でたリリスは、俺に向き直った。


「もう一度言うけど、あなたの力があったから勝てたの。だから胸を張って」


 優しい言葉が心に染み入るようだ。

 胸の芯がジンと熱くなる。


「ハルトは、十分に誇れることをしたのよ」


 町の人たちは相変わらず俺たちの名前を称えるように連呼していた。


 喜びの笑顔。

 安堵の顔。

 感動、興奮、驚き、そして賞賛──。


 ほとんどお祭り騒ぎだ。

 いつ果てるともなく続く喧騒の中で、感慨に耽る。


 この光景は──俺がリリスたちと一緒に守ったものなんだ。




 翌日──。


 俺はいつもよりも早く目が覚めた。

 戦いの興奮で目が冴えてしまったのだ。


 外に出ると、上りゆく朝日が目にまぶしい。

 通りにはまだ、ほとんど人の姿がない。


「うーん……さて、どうするかな」


 俺は大きく伸びをしながら自問自答した。


 今までのことを思い起こす。


 馬車に撥ねられて死んでしまったこと。

 女神さまに出会ってスキルを与えられたこと。

 竜と戦い、リリスやアリス、サロメと出会ったこと。


 そして昨日、町を守るために魔族と戦ったこと。


 前回は突然竜が現れて、半ば巻きこまれたような格好だった。

 もちろん自分の意志もあったんだけれど。


 でも今回は違う。

 逃げるという選択肢だってあった。


 だけど俺が選んだのは戦う道。

 町の人たちを守るために、リリスたちと一緒に。


 もし俺が冒険者になれば、今後もこういう日々が続くんだろう。

 魔獣や魔族に襲われる町を、人を守り、助け、戦う日々が──。


「おはよ、ハルト」


 前方から歩いてきたのは、リリスだった。

 朝日が照らす彼女の姿は、一段と美しく見えた。


「どうして、ここに……?」


 驚く俺の傍までやってくるリリス。


「えへへ、なんとなく。ハルトに会える気がして」


 はにかんだように笑った彼女は、俺に顔を近づけた。

 青く澄んだ瞳が、俺をまっすぐに見つめる。


「な、なんだよ」


 思わず照れてしまう。


「いい顔してる」


 リリスが微笑んだ。


「決意が固まった、って感じ」


 言われて、ハッと気づかされる。

 俺の中で、もうとっくに答えは出ていたんだ、って。


「ああ、決めたよ」


 だから俺は、微笑みを返してうなずいた。


「俺は──冒険者になる」

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