5 「いずれ世界に波乱を呼ぶ存在に」

 俺の眼前に浮かぶ、四枚の翼を広げた天使の紋様。

 そこからドーム状の輝きが広がっていく。


 今までと同じ現象だ。

 このドームに触れた攻撃は、どれほどの威力があっても完全に跳ね返される。


 ただ、今回は少し様子が違った。

 いつもなら俺の半径一メティル程度に展開されるドームが、どんどんと広がっていくのだ。


 普段の倍か、二倍。

 いや、まだ──止まらない。


 さらに広がっていき、やがて俺と魔族を中心に半径十メティルほどのドームが完成した。


「な、なんだこれはっ!?」


 魔族Dイーターがうろたえたように『圧縮』を放とうとする。

 薄紫色のモヤみたいな何かは、全開魔力での攻撃だ。


 それが、発動の直前に消失した。


「ありえん! 何かの間違いだ! 人間が、女神の力を──」


 次から次へと魔法を放とうとする。

 まるで、己の魔力の最後の一滴まで注ぎこもうとするかのような乱れ撃ちである。


 だけど薄紫のモヤは、発生した端から消滅した。

 空間歪曲魔法そのものが無効化キャンセルされている──!?


「人間ごときに、この俺が何もできないなど……あってたまるか……っ!」


 魔族としての意地か、プライドか。

 Dイーターは頑ななまでに圧縮を連発しようとする。


「消えろ」


 だけど俺が再度唱えたその一言だけで、魔族の攻撃は発動前にすべて霧散する。


 何度やっても結果は同じだった。


 そういえば、と前回の戦いを思い出す。

 竜の尾の一撃を受けたとき、単にダメージを受けなかっただけじゃなく、吹っ飛ばされることもなかった。


 絶対にダメージを受けないスキル──それは、単に体を頑強にするわけじゃない。


 あるときは攻撃を弾き返し、またあるときは攻撃そのものを消し去る──発現する現象にいくつかのバリエーションがあるみたいだ。


 そして今は、このドーム内で攻撃の消去か、あるいは無効化が発生している、のか?


 今までの、俺の体を包むだけだったドームを『鎧』に例えるなら、今のこれは範囲内のすべての攻撃を発生前に打ち消す『領域』。

 そう、名づけるならこの形態を──。




 不可侵領域バリアフェイズ──とでも呼ぼうか。




「リリス、撃て!」


 俺は背後に向かって叫んだ。


「え、でも……」


 返ってきたのは、戸惑い混じりの声。


 確かに魔族Dイーターは空間をねじ曲げ、攻撃魔法を防ぐことができる。

 だけど、その手はもう通じない。


 とはいえ、説明している時間はないし、説明していたら相手に対策されてしまうかもしれない。

 だから俺は一言だけ、こう告げる。


「俺を信じろ」


「……分かった!」


 リリスが呪文の詠唱に入った。


    ※


 リリスの眼前で展開されたのは、極彩色の輝きの乱舞だった。

 ここが戦いの場であることを一瞬忘れるほど美麗なきらめきだ。


「リリス、撃て!」


 前方でハルトが叫び、彼女は意識を戦いに戻す。


「え、でも……」


 戸惑いの声を返した。


 自分の魔法はすでに二度、魔族に跳ね返されている。

 空間ごとねじ曲げる防御術の前に、風も、雷も、いずれも届かなかった。


 おそらく何度やっても結果は同じだろう。


「俺を信じろ」


 振り返ったハルトが静かに告げた。


 その顔を見ていると、不思議なほど安心感が湧きあがる。

 やれる、という自信と勇気を与えてくれる。


「……分かった!」


 リリスは力強くうなずいた。

 銀の杖を頭上に掲げ、すべての魔力を込める。


「刃の翼、刃の爪、刃の嘴、六天に羽ばたく鷲よ。輝きより出でて、闇へと還る。虚無より這い出て、月へと翔ける──」


 杖の先端に黄金の輝きが宿った。

 バチッ、バチィッ、と空気が激しく帯電していくのが分かる。


 極限まで練り上げた魔力を、杖の先端という一点に注入。

 その魔力を収束。加速。増幅。燃焼。


 そして、解き放つ。


「薙ぎ払え──雷撃鷲刃爪ガルーダブレード!」


 掲げた杖の先から、ひときわ鮮烈な輝きを放った。


 撃ち出されたのは、天空を舞う鳥のような形をした雷の塊。

 リリスがもっとも得意とし、自身の手持ちの中で最強の威力を誇る雷撃魔法だ。


 雷撃の鳥はハルトや魔族を覆う極彩色のドームへと迫り──、


「無駄だ……お前の術は魔法を打ち消す……俺の魔法が消される代わりに、味方の魔法も……届かん……」


 Dイーターが笑う。


 確かに、魔族の魔法は発動すら満足にできていない。

 薄紫色のモヤが生まれても、一瞬にして霧散してしまう。

 文字通りの完全無効化。


 たとえランクSに属する魔法使いの冒険者や、大国の宮廷魔導師クラスでもここまでの防御呪文を操れるか、どうか。

 超絶的な防御能力だった。


 だが、それは諸刃の剣でもある。


 おそらく自分の魔法もあれに触れれば、同様に無効化されてしまう。相手の攻撃が通じない代わりに、味方の魔法も打ち消してしまうのだから──。


「少し違う」


 ハルトが静かに告げる。


「このドームは『魔法を無効化する』んじゃない。『魔法の発動』を無効化するんだ。つまり──」


 雷撃の鳥は、ドームを素通りした。


「ドームの外で発動した魔法が消滅することはない」


「し、しまっ──」


 Dイーターが痛恨の叫びを上げる。


 慌てたように空間歪曲で防御しようとするが、ハルトの言葉通りドーム内では魔法が発動しない。


 防御を封じられて無防備の魔族を、雷の鳥が撃ちすえた。


 弾ける黄金の輝き。

 腹に響くような爆音。

 吹き荒れる衝撃波。


「がは……ぁぁ……っ………………」


 小さな苦鳴を上げ、魔族が倒れ伏す。


 全身にまとったローブは無残に焼け焦げて白煙を上げていた。

 もはやピクリとも動かない。


「やったな、リリス!」


 ハルトがこちらを見て、微笑んだ。


 彼のおかげで敵を倒したのは、これで二度目だ。

 クラスAの魔族やクラスSの竜の攻撃さえ完封してしまう防御能力は、まさしく絶大の一言に尽きる。


 しかも、リリスが見たこともない魔法の術式だ。

 彼がオリジナルに開発した新型防御魔法、ということなのだろうか。

 それとも──。


「本当に……すごいね」


 つぶやいた表情が、わずかにこわばる。


 嬉しいはずなのに。

 喜ぶべきはずなのに。


 胸の奥に、かすかなざわめきが生じていた。


(仮に軍事利用できるとなれば、圧倒的な戦力になるでしょうね)


 脳裏に浮かんだのは、酷薄な男の顔だった。


(……お父様)


 もしも王国の軍事顧問を務める彼女の父──ラフィール伯爵がこれを知れば、どう思うだろうか。

 間違いなく、強い興味を示すだろう。


 この国を強大化させ、大陸の覇者へ導かんと野心を燃やす、あの父ならば。

 いや、父だけではない、あるいは他の国々も──。


「どうした、リリス……?」


 ハルトが怪訝そうにこちらを見ている。


「な、なんでもないの」


 リリスは小さく首を振った。

 言葉とは裏腹に、胸騒ぎは消えない。


「ハルト、あなたの力は強すぎる……」


 不吉な予感が、どうしても消せない。


「もしかしたら──あなたは、いずれ世界に波乱を呼ぶ存在に──」


 震える声が、風の中に溶け消えていった。

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