3 「迎え撃つぞ」

 リリス、アリス、サロメの三人を招いた夕食会は、和気あいあいとした雰囲気で進んだ。


「長い移動で疲れたろう。ゆっくり休んでいきなさい」


「まさか、ハルトがこんな可愛い女の子を三人も連れてくるなんてねぇ」


 父さんも母さんもすっかり相好を崩している。


 考えてみれば、誰かを家に連れてくるなんて初等部のとき以来だ。

 中等部でも高等部でもそこまで親しい友だちなんて一人もいないしな。


 女の子を三人も連れてきている今の状況は、なんだか照れくさいような、甘酸っぱく胸が疼くような不思議な気持ちだった。


 食卓にはいつもよりも上質な肉やたっぷりの野菜、手の込んでそうなスープなどが並んでいた。


 貴族が食べるような豪華なメニューではないけれど、俺の家では最上級といってもいいご馳走である。


「ありがとうございます。美味しそうっ」


 サロメが目をキラキラさせていた。


「サロメさん、よだれよだれ」


「あ、いけない……じゅるり」


 アリスに指摘されて、サロメは慌てたように口元をぬぐう。


「でも、突然押しかけたみたいで……あたしたちにも食事代を出させてください」


 リリスが申し訳なさそうに申し出た。


「何を言ってるんだ。ハルトの友だちが来てくれたんだから、もてなしをさせてほしい」


「私たちが招いた立場なんだし、遠慮しないで食べてほしいんだよ」


 父さんと母さんがニコニコ顔でリリスの申し出を断る。


「ですが……」


「俺たちの気持ちだ。どうか受け取ってくれ」


「そうしてくれたほうが、私たちも嬉しいんだよ」


 父さんと母さんが重ねて言うと、


「……わかりました。では、ありがたくいただきます」


 リリスも納得したのか、丁寧に頭を下げた。


 アリスとサロメも同じように丁重に礼を言う。

 それから二人で顔を見合わせ、


「リリスちゃん、かしこまってますね~」


「ほら、あれじゃない。ハルトくんのご両親にちょっとでもいいイメージを持ってもらいたいっていう乙女心的な」


「リリスちゃんったら、すっかり恋する女の子に……」


 と、ささやき合っていた。


「……全部聞こえてるんだけど。勝手に飛躍しないでくれる?」


 リリスがジロリと二人をにらんだ。


 ──なんて会話を交えつつ、俺たちの懇親会的な夕食は進んだ。


「あなたたち冒険者が来た、ってことは、また魔獣が現れるってことかねぇ」


「……はい。無用な混乱を避けるためにまだ内密に願いたいんですが──正式には明日、町長から住民の皆さんに避難勧告を出してもらう予定です」


 心配そうな母さんに、リリスがうなずいた。


「魔獣か……やれやれ、この間も竜が出たっていうのに」


 父さんがため息をつく。


 厳密には魔獣じゃなくて魔族なんだけど、その辺はツッコまないでおく。

 俺もさっき知ったばかりだしな。


「心配しないでください。ボクたちが必ず食い止めます」


 サロメが真剣な顔で告げた。

 左右で、同じように真剣な顔でうなずくリリスとアリス。


 さっきまでの女の子らしい笑顔とは違う──きっと、いくつもの戦いでたくさんの人たちを守ってきたであろう『冒険者』の顔だった。


 俺も、もし冒険者になったら──こういう顔になるんだろうか。




 そして──三日が過ぎた。


 冒険者ギルドの虚無闇測盤ヴォイドレーダーが計測した魔族の出現予想時刻は今日。

 そして出現予想地点は町の郊外、南東数百メティル内だ。


 町の人たちの避難はすでに完了している。

 中央区にある町の庁舎内に全住人が入っていた。


 で、表門にはサロメとアリスが、裏門には俺とリリスがそれぞれ待機することになった。


「魔力を大量に消費する瞬間移動魔法は乱発できない。長距離の移動もできない。だから魔族はここまで歩いてくる可能性が高いと思う」


 サロメが作戦をおさらいする。


「この建物の入り口は表門と裏門の二つだけ。表門に魔族が現れたらアリスが、裏門ならリリスが、魔法を空に打ち上げて合図を送って。もう一方の組が現場に駆けつけて挟撃するから」


 ちなみに彼女は外套をつけておらず、初めて会ったときと同じく水着みたいな露出度の高い踊り子衣装だ。

 あらわな褐色の肌やグラマラスなボディラインには、戦いの緊張感すら忘れてドキッとしてしまう。


「そういえばサロメってどうやって戦うんだ? まさか踊りで?」


「そんなわけないじゃん。踊りで幻惑したりはできるけど、それはあくまでも補助。ボクのメイン戦闘技術は別にあるよ」


 にっこり笑ったサロメの胸元がぷるんと柔らかそうに揺れる。


 やっぱり、でかいな……なんて考えてる場合じゃないか、さすがに。


「じゃあ、魔族の出現予測時刻までもう少しだし、持ち場まで行こ。がんばろうねっ」


 言って、サロメとアリスは表門に移動していった。


 俺とリリスは裏門へ行き、そこで待機だ。


 魔族『空間食らいDイーター』の習性や能力については、すでにレクチャーを受けている。


 空間操作の魔法には、いくつものバリエーションがある。

 Dイーターが習得しているのは基本的に『瞬間移動』や空間ごとそこにいるものを潰す『圧縮』の二種。


 魔力消費量の関係で、瞬間移動は乱発できないそうだが、圧縮の方はある程度の数を撃てるらしい。

 おそらくこの圧縮を主体にして、魔族は攻めてくるだろう。


 空間ごと押し潰す攻撃には、普通の防具も盾も耐えられない。

 本来なら防御が難しい、おそるべき攻撃だ。


 だけど俺にはスキルがある。

 発動すれば、竜のブレスや尾や牙すら防ぐ──不可侵の防御力。


 圧縮を俺が防いで、リリスが隙を突いて魔法で攻撃する、というのが基本戦術になるだろう。


「いい人だったね、ハルトのお父さんとお母さん」


 リリスがぽつりとつぶやいた。

 待っている間の緊張をほぐそうというのか、俺に向かって微笑む。


「家族っていいね。温かくて。あたしはそういう家庭じゃなかったから……この間の夕食は楽しかったよ。ありがと」


 そういえば、以前に出会った荒くれ者の冒険者たちが『リリスとアリスは父親の権力を後ろ盾に好き勝手してる』なんて嫌味なことを言ってたっけ。


 もちろん彼女たちは、そんな人間じゃない。

 こうして接していれば、それは伝わってくる。


 複雑な家庭の事情でもあるのかもしれないな……。


「『普通で平凡な家庭』っていうのは、とても貴くて大切なものだと思うの。ご両親を大事にしてあげてね、ハルト。いつだって当たり前に傍にある──そんなものが突然崩れ去ることもあるから」


 寂しげに微笑む彼女を見ていると、無性に胸が切なくなった。


「リリス……?」


「あ、ごめんごめん。押しつけがましいこと言っちゃった」


 リリスが慌てたように両手を振った。


「とにかく、そういう人たちを守るために、がんばらなきゃなー、って。うん、あたしが言いたかったのは、それだけ」


「ああ、守りたい気持ちは俺も一緒だ」


 うなずく俺。


 時刻はちょうど正午を迎えた。

 普段ならそれを知らせる鐘が中央区の時計台で鳴るんだけど、今日はさすがに担当職員も避難しているから無音である。


 そのとき、上空に黒い何かが現れた。

 最初は黒い点に見えたそれは、染みのように広がっていく。


「あれは──!?」


 空を見上げる俺に、リリスがうなずいた。


「『黒幻洞サイレーガ』──魔界とこの世界を繋ぐ亜空間通路よ」


 その声は、緊張を孕んで硬い。


 いよいよ、魔族のお出ましってことか。


 黒い染みのような何かはさらに広がり、中央に穴のようなものが出現した。


 穴から黒い稲妻が城壁の向こう側に降り注ぐ。

 町の郊外南東に、魔族が降り立ったんだろう。


 ──ほどなくして、かつ、かつ、という足音が聞こえてきた。


 町を囲む城壁は、瞬間移動が使える魔族にとっては何の妨げにもならない。

 あっさりと町に侵入し、人間が集まっている気配をかぎつけ、近づいてきたんだろう。


 どっちから来る……!?


 サロメたちのいる表門か。

 俺たちのいる裏門か。


 緊張感がさらに高まった、そのとき。


「見つけたぞ……人間……我らの、糧……」


 重々しい声が響き、前方から黒い影が現れた。


 ボロキレのようなフードとローブをまとった、人間によく似たシルエット。

 フードをかぶった顔には、道化師を思わせる白い仮面をかぶっている。


 魔族『空間食らいDイーター』。


「こっち側に来たみたいね……!」


 うめくリリス。

 あるいは避難所の中に直接瞬間移動してくるパターンも想定していたんだけど、幸いこれなら迎え撃てるポジションだ。


「ハルト、心の準備はいい?」


 たずねるリリスに俺は力強くうなずいた。


「ああ、迎え撃つぞ」

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