9 「終わりの、始まりの刻だ」

 魔導馬車での三時間ほどの道程を経て、俺は自分の町──タイラスシティまで戻ってきた。


 家に戻り、報酬の金貨を見せると、両親は呆然とした顔になった。

 もちろん報酬のことは伝えてあるんだけど、やっぱりこれだけの大金を実際に目にすると実感が湧かないんだろう。


 それでも段々とにやけ始め、最後には文字通り飛び跳ねて喜んでいた。


 家計の足しになるように大半を渡そうとしたら、ほとんど受け取ってくれなくて、俺に持つように言われた。

 俺が、自分の手で稼いだ金なのだから、と。


 本当は両親に何か買って贈ろうと思ったんだけど、いざ実行しようとするとめちゃくちゃ照れくさい。

 近いうちに何か買うなり、ちょっとした旅行なりをプレゼントすることにしよう。


 明日からは、また平穏な日常が戻ってくるんだろうか。

 毎日、決まった時刻に起き、学校へ通い、授業を受けて……。


 ──だけど、俺は予感していた。

 それももうすぐ終わるのだ、と。


 平凡で変化のない学生生活から、波乱に満ちた冒険者の生活へと──。

 俺はもう踏み出す覚悟を、決めつつあった。


    ※


 そこは純白に輝く空間だった。

 どこまでも、果てしなく──ただ白い光が広がっている。


 荘厳な静寂に包まれた、一つの星雲に匹敵するほど広大な空間。

 その中心に、七つの光の柱が等間隔に並んでいた。


「七つの魂がようやくそろったか」


 柱の一つから渋みのある男の声が聞こえる。

 正確には、柱の内部からだ。


 声の主は、ガレーザ。

 七柱の中でリーダー格──いわば主神ともいうべき存在だった。


「本来ならもっと早く始められたはず」


「まったく、随分と待たされた」


「それというのも、イルファリアが遅いからだ。他の六神はすでに半年も前に終えていたというのに」


 他の光柱からも次々と不満の声がもれた。


「あら、悠久の時を生きる我々にとって、半年など瞬きするほどの時間でしかありませんわ」


 批判にも平然と微笑み、女神イルファリアは光柱の中から告げた。


「ともあれ、私たちが選んだ魂にはすべて、しかるべきスキルが授けられました。準備は完了ですね」


 人間の魂には、すべて番号が刻まれている。

 いずれも神々がその魂を生み出したときに刻んだものだ。


 端的にいえば、魂の製造番号といったところだろうか。


 今回は、神々によってランダムに七つの番号が選ばれた。

 いずれも、本来なら半年以内に死ぬべき運命を負った魂たちだ。


 だが、神の力により、彼らの死はキャンセルされた。

 もう一度生きるチャンスを与えられ、同時に強大なスキルを授けられた。


 その中の一つ──祝福番号759066182の魂。

 名前は確かハルト・リーヴァといっただろうか。


 素直でまっすぐで、なかなか自分好みの少年だった。

 イルファリアは我知らず微笑む。


 彼に与えた絶対不可侵の防御スキルは、この戦いに大きな波乱を巻き起こすだろう。

 ただし彼が何を為すかは、イルファリアたちには関与できない。


 人が自らの意志で決め、進んでいくことに、神は手を差し伸べない。

 ただ見守るだけだ。


 たとえ、その先に希望があっても、あるいは絶望が待ち受けていても。


「彼が魔の者たちとどう立ち向かうのか、あるいは立ち向かわないのか……楽しみですね」


 イルファリアが笑みを深くした。


 神と魔が戦えば、相反する属性が強烈に作用し、力を削ぎ、互いにその存在を食い合ってしまう。

 待っているのは──お互いの消滅のみ。


 だが、そういった制限を受けない人ならば──いや、人だからこそ。

 魔獣や魔族、魔王をも打倒できるかもしれない。


 もちろん、万に一つの可能性の話である。

 魔の者たちは、人間などはるかに超越した力を持つのだから──。


「では、始めるとしよう」


 主神ガレーザが厳かに宣言した。


「終わりの、始まりの刻だ」

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