7 「取り消せ」

 二人の手続きが終わるまで、俺はギルド支部の中庭で待っていた。

 手持ち無沙汰な状態だ。


 ここは冒険者たちの憩いの場になっているのか、鎧を着た戦士風の男や魔法使いらしきローブ姿の女、あるいは神官っぽい人や盗賊風の人物などが談笑している。

 と、


「困るんだよなー、抜け駆けは」


 前方から数人の男たちが歩いてきた。


 いずれも筋骨隆々とした体に革鎧をまとっている。

 俺よりもはるかに体格がよかった。


「おいおい、お前に言ってるんだよ」


 先頭の男が俺をジロリと見た。


 ……そう言われても、抜け駆けってなんの話だろう。


「ラフィール姉妹の仲間だろ、お前」


「ラフィ……? ああ、リリスとアリスのことか」


「そうそう、大して強くないくせに、父親の権力を後ろ盾に好き勝手してるあの女たちのことだよ」


 男が不快げに鼻を鳴らした。


「好き勝手してる……?」


 さっきから癇に障る奴だ。

 リリスとアリスのことをそんな風に言われていい気はしない。


「竜退治なんてBランクの冒険者には戦闘許可が下りないのに、勝手に出撃してきたそうじゃねーか! それが好き勝手じゃなくてなんなんだよ!」


 男はいきなりキレた。


「でも他に戦える人はいなかったんだろ」


 俺は苛立ちを抑えて反論する。


「竜と戦えるような強い冒険者は出払ってたから、彼女たちは町の人たちが逃げる時間稼ぎだけでもしたい、って来てくれたんだぞ」


「はっ、いい子ぶってんじゃねーよ! 町の連中が死のうが生きようがどうでもいいだろうが!」


 俺もその町の住人だってことに気づいてないらしく、男ががなりたてた。


「俺たちだって竜退治をこなして、ランクを上げたいんだ! けどギルドの規則があるから我慢してたってのに、あいつらは──抜け駆け以外の何物でもねーよ。胸糞わりい」


「名声目当てだろ」


 他の男たちも、いずれも苦々しい表情だった。


「とりあえず竜に立ち向かった、って事実があれば、多少なりとも箔がつく。あーあ、やったもん勝ちだよな」


 ……こいつら。


 俺はケンカっ早いほうじゃないし、そもそも腕力もからっきしだ。

 だけど、さすがに今のはカチンときた。


 リリスやアリスとは出会ったばかりだけど、竜から俺の町を守るために必死で戦った姿を見ている。

 少なくとも町の人たちの生き死にをどうでもいいと言い放つ連中より、リリスとアリスがやったことのほうがずっと立派だろう。


「……おいおい、なんだその目は」


 男が顔をしかめた。


「俺らが間違ったことを言ったか? あいつらは規則に反した。名声目当てに抜け駆けした。全部事実だろうが」


「あの子たちが町の人たちを守ったのも、事実だ」


 俺はひるまずに言い返した。

 ケンカなんて柄じゃないけど、黙って引っこむことはできない。


「人助けなんてどうでもいいんだよ。俺ら冒険者の目的は金と名声。それが基本原則だろうが」


「さっさと詫びを入れろよ、雑魚が」


 残りの男たちが左右に分かれ、俺を包囲する。


 リリスたちへの不満を、とりあえず俺にぶつけようってことだろうか。


 じりじりと包囲網を縮める男たち。


 逃げ場はなさそうだ。

 もっとも──逃げる必要なんてないか。


「言っておくが、俺らを舐めるんじゃねーぞ。Aランク昇格間近、ただ今絶賛売出し中の『血だまりの花ブラッディフラワー』をな!」


 どうやら、こいつらのパーティ名らしい。

 興味ないけど。


「どうした、黙ってないでなんとか言えよ」


「……せ」


 俺が言うべきことは一つだった。


「あ?」


「取り消せ」


 リーダー格らしき先頭の男に、俺ははっきりと告げた。


「リリスとアリスを──ラフィール姉妹を馬鹿にした台詞全部を、取り消せ」


「舐めてんじゃねーぞ!」


 男は完全にキレたらしい。


 怒りの雄たけびを上げて、拳を俺に振り上げた。

 体重の乗った渾身の右ストレートが放たれる。


 俺はそれをまっすぐに見据えた。


 恐怖感は微塵もなかった。

 当然だろう。

 今の俺をこんなものが傷つけられるはずもない。


 がつんっ!

 金属を叩くような重い音が響く。


「えっ……あれ?」


 男はキョトンとした顔で俺を見ていた。

 頬の辺りにパンチを受けて、身じろぎひとつせずに立っている俺を。


「今──何かしたか?」


 にやりと笑ってみせる。


 もちろん『絶対にダメージを受けない』スキルの力だ。


 完全に発動のコツを飲みこめた。


 特別な身振りとか呪文みたいなものは一切不要。

 ただ念じるだけだ──シンプルに、『俺を守れ』と。


 それだけで、俺のスキルは効果を発揮する。


 ちょうどいいから、練習台になってもらうとするか。


「野郎!」


 今度は別の男が俺の腹にキックを見舞た。


 ──発動。

 俺の前に極彩色の光が弾け、蹴りを跳ね返す。


 当然、ノーダメージである。


「な、なんだ、こいつ!?」


「くそ、どうなってやがる!?」


 男たちはあっという間にパニック状態になった。

 全員で俺に拳や蹴りを繰り出す。


「だから効かないって」


 まさしく雨あられと降り注ぐパンチとキックを、俺は涼しい顔で受け止め、その場に立っていた。


 本当に、蚊に刺されたほども痛くない。

 つくづく便利なスキルをもらったと思う。


 男たちはさすがに疲れたのか、全員ハアハアと荒い息をついている。

 もはや俺に殴りかかる者は誰もいなかった。


「飽きたな」


 俺はぽつりとつぶやいた。


「そろそろ、俺から攻撃していいか?」


 わざとらしく、もう一度笑ってみせる。


 といっても、これはハッタリだ。

 防御力は無敵でも、俺は攻撃に関して並の人間の身体能力しかない。


 だけど──たぶん、男たちはそう考えないだろう。

 俺のことを、超人的な実力を持った戦士か魔法使いだと思っているはずだ。


 その俺が、攻撃に移ると宣言したのだから、恐怖を覚えないはずがない。

 だったら次にこいつらが取る行動は──。


「す、す、すみませんでしたぁっ」


 その場に這いつくばって、いっせいに頭を下げる男たち。

 見事なまでの平謝りだった。

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