第134話 イヴの夜(2)

夏希はあまりの頭のぼんやりさに


これが現実なのか夢なのかの区別もつかなくなっていた。


「た、高宮さん・・」


ようやく言葉を発することができた。


「好きだ。 ほんっと・・会いたかった、」


高宮は彼女を抱きしめながら、狂おしいようにそう言った。



アイタカッタ?


あたしに・・?


「おれのことを思って・・ここまで来てくれたの?」


高宮はどうしても彼女の『ひとこと』が聞きたかった。


「え・・?」


「おれに、会いに来てくれたんだろ・・?」


泣きそうな声で言う彼の言葉に、もっともっと熱が上がってきたのではないかと思えるほど体中が熱くなってきた。



夏希の心の中のコップに水をいっぱい注がれて


どっと溢れてきた。


「ハイ…」


かすれた声でそう言った。


「あいたくて…」


水がコップの表面を伝わるように、静かに。


だけど


生まれて初めてこんなに激しい気持ちにかられて。


高宮はその彼女の言葉を聞いて、ものすごく安心したように


そっと体を離したあと、彼女の頬に手をやった。



え・・・?


えっ・・・!?


彼の顔が近づいてくる。


すんでのところで。



「目、つぶってよ…」


ちょっと不満そうに彼はそう言った。


「へ・・? め・・目を?」


言われるままに目をつぶったが。


必要以上につぶったために、口までぎゅっと力強く結んでしまった。



「気合。入れる訳じゃないんだからさ。」


高宮は情けない声でそう言った。


「え…」


夏希は目を開けた。


その瞬間


高宮は自分の唇を彼女の唇に重ねた。



-!!!!


キス???



もう、体中が緊張してしまった。


思わず彼の腕を掴んだ手にものすごい力を入れてしまった。


高宮はその痛みに耐え切れず、


「い、痛い、痛いっ!」


思わず離れてしまった。


無敵の握力で


爪が食い込むほど強く握られてしまった。



「は…」


夏希は漫画のように目を回して、その場にどっと倒れてしまった。


「か、加瀬さん!?」


彼の声も


100m先に聞こえるようだった。




「すみません、今日ちょっと午後から行きます。忙しいトコ悪いんですけど。」


高宮は翌朝理沙に電話をした。


「どうか、したんですか?」


珍しいことに理沙は理由が気になった。


「ん、ごめん。 何かあったら電話下さい。」


もちろん、理由は言えなかった。



夏希はなんとか起きて高宮にタクシーに乗せられた。


あの


『衝撃的事件』


のあと。


また懇々と眠り続けたのだった。


「まだすごい熱だよ。 大丈夫?」


隣で支えるようにしてくれている高宮が言った。


熱…。


そっか


あたし、熱があるんだ。



ようやく事態を把握することができた。


彼女が診察を受けている間、待合室で待っていると彼女のバッグから携帯の着信音が聞こえる。


病院なので慌てて切ろうとすると、その主が萌香であることを告げている。


そっか。


彼女はこの状態になっていることを、会社に言ってない。


時計は9時半だった。


「も、もしもし。」


高宮は思わず移動しながらその電話に出た。


いきなり夏希の電話に男が出たので、萌香は間違えたのかと思い驚いた。


「あっ、え?」


「ご、ごめん。 栗栖さん?」


「はい・・」


「高宮、です。」


「はっ・・・」


萌香はその状況がすぐに把握できずに、絶句した。


なぜ???


なんで?


夏希の携帯に


大阪にいる高宮が出るのか?


「た、高宮・・さん。 東京にいるんですか・・?」


一番あり得る状況を想像した。



「いや。大阪。」


「はあ??」


思わず大きな声を出してしまった。


萌香は会社にいるようで、自分の声にハッとして小声になり、


「大阪って。加瀬さん、大阪にいるんですか?」


驚いてそう言った。


「はあ。それで、ね・・」


高宮は言いづらそうに話を続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る