第122話 2時間半(3)

そんな時


「よう、」


外出から戻ると、支社長室の隅の応接室の椅子で志藤がにっこり笑っていた。


「志藤、さん…」



高宮は彼の笑顔を見たとたん


何ともいいようのない


安堵の気持ちが沸いてきた。


「なんやねん、その顔は。」


志藤にそう指摘されて、


「え、」


自分でもどんな顔をしていたのか、意識していなかったので思わず顔を手で押さえた。


「泣きそうやったで、」


志藤はクスっと笑った。


「なっ、泣くわけないじゃないですか!」


少しドキっとして、抗議した。


「出張でな。 芦田さんとも話、あったし。」


「支社長は今、お食事に行ってらっしゃいます。 あと30分ほどで戻られます、」


秘書の顔に戻って時計を見た。


「そう。」


志藤は支社長のデスクの後ろにある、彼のものであろうデスクの上にものすごいたくさんのファイルや書類が詰まれているのを見やった。



そこに、


取締役の畠山が入ってくる、


「高宮、この契約書、目え通しといて。」


乱暴にその書類を彼のデスクの上に投げた。


彼はチラっと志藤を見る。


志藤は小さく会釈をするが、


「なんや、おまえ来てたんか。」


尖った言い方をして、彼はそのまま出て行った。


「あの人の仕事までしてるの、」


高宮に言うと、その書類に目を通しながら、


「たまに。 いろいろ頼まれます。」


小さなため息をついた。


「あの人にも秘書おるやん、」


「気が利かないって、いつもボヤいています。」


「…あの人、曲者やから。 気をつけたほうがええで。」


志藤はタバコに火をつけた。


「ほんま、とんでもないことしよる。」


少し怒りを込めたように煙を吐き出した。




「高宮さん、お電話です。」


理沙が呼びに来た。


「あ、はい。」


部屋を出ようとして、また志藤に振り向いた。


その顔が


何とも


頼りなさそうで


何かにすがりたいって


丸わかりで。


「夜、暇やから。 メシ、おごったろーか?」



彼の笑顔が。


こんなに胸にしみるなんて。



「どうぞ、」


理沙が志藤にコーヒーを淹れてきてくれた。


「すみません・・いらっしゃっていることに気づかなくて、」


申し訳なさそうに謝る彼女に、


「ああ、ええって。 黙ってここに直接来てしまったし。 芦田さんと打ち合わせせんとアカンかったから。」


笑顔でそう言った。


「どう? 落ち着いた?」


コーヒーに口をつける。


「あ、はい。 高宮さんの、おかげで。 ほんまに私一人で、もう、どうなってしまうんやろって、」


「あいつは頑張ってるの?」



「それは・・もう。 朝早くから夜遅くまで。 休みもほとんどなしに。 私がもっとしっかりしていればいいんですけど。 本当にご迷惑ばかりかけて。 でも、少しずつ秘書としてやっていけそうな気持ちになってきました。 今までは自信がなくて。 私なんかが支社長秘書だなんて。 高宮さんはそんな私に自信を持たせてくれようとしています。 あくまでも私が支社長秘書として前面に出るようにしてくださって。」


高宮のことを


少し恥ずかしそうに頬を染めながら、はにかんだ笑顔で話す彼女の横顔を見た。


「そう、」


小さく頷いて、微笑んだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る